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29 肉体改造

 クリステルが、思いのほか早くルシオの異空間へ戻ってきた。

 当初数ヶ月はかかると覚悟していたルシオだが、一ヶ月足らずで問題が解決したようだ。

「結局ソフィアの思い過ごしだったよ」

「ソフィアの? 一体何があったんだ」


「ソフィアの生徒が錬金術士に監禁されている、若しくは無理矢理恋人にされていると勘違いしていたようだ」

 魔導師達の性に関する考え方はいたって自由だ。ソフィアがそう思うのも無理からぬものがある。


 ルシオも以前からそれは危惧していたことだった。一般の人達と魔道師とは男女関係に対して、考え方に隔たりがある。

 ソフィアの場合、一般の社会で育ったので其処が何時も引っかかっているようだった。

 ルシオにはこの世界自体の習慣にも少なからず違和感を持っている。例えば女性の婚姻年齢の低さだ。ソフィアの最初の結婚は十三歳で嫁いでいるのだ。


 そして極めつけは魔道師達の習慣だ。ブルゴは最近まで閉鎖された世界だった。彼処は男性が主流だ。

 近頃は女性の魔法使いがちらほら認められているようだが、ブルホは、基本男性社会なのだ。性に関して女性には受入れられない部分も多いことだろう。


 同性同士のカップルが受入れられるというのもブルホ特有の考え方からくるようだ。

 幼い頃から魔法使い達の中で育てばそれは、その世界では常識となってしまうのだ。


 ルシオは自分とソフィアの常識や価値観に大きな隔たりがあったことを知った。


 あの時、ソフィアの涙を自己犠牲だと思ったのはルシオの方でも考え方に偏りがあって、ソフィアの本当の苦悩を分かってやれなかったためなのではないのか?

 

 ましてやソフィアは、子供が出来ないことで、以前いた生活から排除されたと思っている。

 彼女にとってはとても大きな問題なのだ。ルシオには考えられないほどの心の傷となっていたに違いない。


 その後、ルシオはクリステルの話を聞き、バルス魔道師が以前預かっていた見習いは、セレステ魔道師達だとピンときた。


「その魔力の相性を見いだしたのはセレステだよ。世間は狭いな」

「魔力の相性とは私も初めて聞いたよ。私の場合、見習いのときは師匠と魔力が通じずに苦労した経験があったんだ。そのせいで魔力が成長するのに時間が掛かった。ガルシアとは直ぐに通じたので驚いたんだ」


 そうだったのか。養い子達は直ぐにルシオ達の手を離れてしまってそう言う経験はなかったルシオだ。

 自分の場合はルーカスと魔力を通じ合うことが出来て、誰でもそう言うモノだと思っていたが、それは滅多にない幸運だったと今知ることとなった。


 ――あの時ルーカスは、皆こうして成長するから気にするなと言っていたけど、僕に気を遣わせないための方便だったのか?


 クリステルは、ガルシアの魔力は随分大きくなったことに驚いている。

「どうやったんだ? 君達は魔力が通じなかったんだろう」

「ルシオ魔道師が結界で保護してくれて、僕が総て魔物を倒すことにしたんです」

「そうか、魔力譲渡と言っても倒した魔物の十パーセントくらいだと聞く。やはり自分で魔物を狩る方が伸びると言うことか」


 その話も初耳のルシオだった。成長期にしか増えない魔力を大きくするには魔力上とは危険が少ない分、余り効率は良くないようだ。

 ガルシアの成長期はもう終わる。これ以上の魔力の成長は無理なようだ。


「異空間収納はまだ教えていないんだ。クリステル、ガルシアに指導してやってくれ」

「ああ」


 ガルシアの異空間収納は七メートル四方という一般的な大きさで出来上がった。

 戦闘魔導師としては、中くらいだと言うことだろう。

 異空間は作る事は出来なかった。

 作れるものは稀だと言われている異空間だ。仕方がないことだろう。


「魔法鞄はそのまま持っていれば良い。もっと大きな容量が欲しいなら作ってやれる」

「いえ、十分です。ありがとうございます」


 クリステルにルシオは戦闘魔導師の技術を教えて欲しいと頼み込む。

「ここの迷宮に潜るには今の僕では無理のようなんだ」

「そうなのか?」


 神が作りあげた迷宮には三段階があった。一から4番目は初級、五から八番目は中級、九から十二番目は上級とそれぞれ四ずつで難易度が分けられているようだった。

 階層の深さも、初級で三十階層、中級で四十階層、上級で五十階層となっているそうだ。


 ルシオとガルシアは初級を制覇したが、中級では魔物が強くて無理だった。

 一度中級の迷宮へ入ってみたのだが、魔物のレベルが格段に上がっていた。結界を張っているため怪我はしなかったが、ガルシアは一体も魔物を倒す事が出来なかった。

 諦めて初級の迷宮を廻るしかなかったのだ。


「セレステ達が言うには、瀕死の重傷を負えば迷宮から強制的に転移させられて、出されてしまうそうだ」

「そうか、もう一度鍛え直して修行してこいと言うわけだな。流石、神が作り出した迷宮だ」


 ルシオも、当初、片手落ちな作りだと思っていたが、そうでは無いようだ。この迷宮は魔道師を鍛えるための特別なものだ。

 ルシオが配置した転位陣は暫くすると消えて仕舞うのだ。これは神の意志なのだろう。


 だが、十三番目の迷宮だけ様子が違う。誰も一階層より先へは進めないという難易度の高い迷宮で、そこは最上級の迷宮と位置付けられた。階層の深さも不明だ。

「案外浅いかも。今までなかったフィールド型かも知れない」

 ルシオにはそんな予感がある。入り口の洞窟はどの迷宮も同じだが、その先は総て石の壁で囲われた迷宮だったが、ソコソコ広い空間があったとしてもフィールド型はお目に掛かっていないのだ。


「今、十三番目の迷宮は入ってはいけないことになっているんだ。一階層で瞬殺されれば、死ぬことになるから。危険だそうだ」

 十三番目に入るためには十二番目の迷宮を制覇した者だけと決まりが設けられたのだ。


 それからの日々は、クリステルから戦闘魔導師の技術を学ぶ事になった。

 戦闘魔導師が初めに習うものは、身体強化だった。

 魔力を身体全体に廻らして、身体を堅く強くする。

 身体強化を掛ければ、傷つきにくく、筋力が上がる。


 個人差は勿論ある。魔力が大きければそれだけ強化されるが、元の筋力や、自力も大いに関係するそうだ。 なので、今は専ら筋力を鍛えたり走り込んだりと、只管自分を追い込む訓練をしているルシオだ。


「こんな事を普段欠かさずやっていたのか。クリステルの身体が凄いのは分かる気がする」


 以前も思ったが、クリステルは彫刻のような素晴らしい身体なのだ。

 無駄な筋肉は一切なく、鍛え上げられた筋肉と筋が縄のように身体全体を被っている。


 ガルシアは種属特性のせいで筋肉は付かないようだが、ルシオは違った。

 鍛えれば鍛えるほど筋肉が付き、首まで太くなってきた。ちょっと見、別人になって仕舞ったのだ。

 以前は痩せ気味のひょろりとした体格だったが、今はボディービルダーのようになって仕舞った。


――まるでゴリラみたいだ。こんな僕を見たらソフィアはドン引くだろうな。クリステルみたいな細マッチョな身体になるにはどうすれば良いんだ?


「随分筋肉が付くのが早いな。どうなっている君の身体は」

「僕にも分からないよ。一ヶ月でこうなるなんて……どう考えても普通じゃないよな」


 ――若しかしてこの異空間にいるせいなのか?

 神は一体ルシオに何をさせたいのか……また、新たな使命が下されるのだろうか? 嫌な予感に不安になるルシオだった。


 一つだけ分かったことがある。身体が変わったことで、結界が更に強く結界に使う魔力も効率よくなったことだ。

 ――若しかして僕をタンクとして作りあげようとしている?

【そうだな、この先タンク役は必須になるからな】

 ――仕方がない。僕はこの先も皆を守るタンク役に徹しよう。


 体強化の次は、気配察知や、認識阻害、飛行魔法と学ぶ。今までも少しは使えているので問題ない。

 その他には攻撃魔法として、「豪炎」の上位互換で「インフェルノ」というのがあったが、魔力を極端に消費するため使う戦闘魔導師は少ないそうだ。


 知識としては知っていたルシオだが、威力を落して試しに海に向かって放つと、自分を中心に半径十メートル総て焼き尽くしてしまう。海だから被害は少なかったが、広範囲に広がる恐ろしい魔法だった。

 最大出力で放てばどう言うことになるか、想像に難くない。


「これは迷宮では使えないな。広い空間以外は危険過ぎるよ」

「戦争などには活躍するんだ。以前ロマゴの戦争で、戦闘魔導師の一人がこれを使った。そのお陰で、相手は戦意を無くしてあっという間に降参したと聞いた」


 他には「かまいたち」の上位互換「竜巻」や、水魔法の変化の「氷の矢」「極寒」がありこれも戦争に使えば相手の戦力を削ぐのだという。「雷撃」もそうだ。


「これ程の戦力がブルホにはあったと言うことか。世界を牛耳ろうと思えば簡単にできてしまうな」

「そうだ。だが、私達は神に仕えるものだ。この力は利己心から使ってはいけないものなのだ。養い子達にはそう言って聞かせているが、彼等はどういう風に生きていくか……凄く心配だ」


 力を持てば、人は傲慢になる。

 己の力を過信したり、他人に対して不寛容にもなるだろう。

 己を律し、気を付けなければあっという間に闇に落ちてしまうのだ。


「まあ、ルシオのように使える者は数人だがな」

「ミゲル魔道師と、アレハンドロ、そしてクリステルくらいか?」

「今のところはな。神官達も使えるだろうが、練度が違う。魔力が大きいだけでは威力が出ないからな、攻撃魔法は。だが、神官には神の鉄槌がある。魔導師達が道を踏み外せば、神によって裁かれるだろう」


 クリステルは、ガルシアが持っている剣に興味を示した。そして魔法の補助のための宝玉の指輪にも。


「これは良いな。杖は使いやすいが殺傷力に劣る。私にも作ってくれないか?」

「良いよ。クリステルの剣は以前スブムンドからもらった僕のをやる。アレは僕には使いこなせないようだ」

「良いのか? 今ブルホではヒヒイロガネは凄いことになっているぞ。何せ魔法を切ることが出来る素材だからな。悪用されないように君が持ってきた物はブルホで監理しているそうだ」


 ルシオには以前作った魔鉄鉱の剣がある。今まで使う機会がなくて死蔵していた物だ。

 今筋力が上がって、振ってみると、余りにも軽くて心許なく感じてしまう。

「これはもう少し大きく作り直した方が良いな。スブムンドへ持って行って作り直したらどうだ?」


 クリステルの助言に従いルシオはスブムンドへ飛んだ。

 地の民は魔鉄鉱を見て、「これでは材料が足りない。素材は持っていないか」と聞く。

 ルシオは、魔鉄鉱は総て売ってしまっていたので、ロマゴから加工済みの魔鉄を取り寄せることにした。


 東海岸沿いの都市でも安く取り扱っていたが、ロマゴの方が融通が利く。値段は倍になるが伝手がないため取引に面倒な手続がいる。早く用意できる方を選んだ。


 剣が出来上がるまで少し時間が掛かる。暫く異空間でゆっくりすることにした。

「そう言えば、アレハンドロはどうしているかな。彼も迷宮に来たがっていたのだが」

「呼び出すか? スブムンドからもらった酒が数樽持っているんだ」


 酒と聞き、アレハンドロは直ぐにやってきた。

「良い酒があるんだって?」

 その話を聞きつけた獣人達も一緒になって酒盛りが、また始まる。


 屋敷には入らず、以前のように外での酒盛りが始まった。小さな遠浅の砂浜に、簡易の小屋を造り、そこで数十人がワイワイがやがやと賑やかに酒を呑んだ。


 ――海の家みたいだな。

 前世では海の家など行ったことは無かった。

 ルシオの前世、連の親は彼のことは放ったらかしで、家族のふれあいは殆どなかった。

 だから、海の家はテレビで見る事でしか知らなかったが、愉しそうだなと思った記憶があったのだ。


「迷宮か。俺も一度入ってみたかったんだ。俺の任されている神殿にも転位陣を動かせる魔導師達が来るそうだ。それからなら、纏った時間が取れるんだが……今はダメだな」


 アレハンドロの任されている範囲は広い。シュバリスの神殿だけではなく、東沿岸都市総てを任されているのだ。

 こう見えてアレハンドロは忙しい身の上だった。


「確か、レオ戦闘魔導師が見習を連れて迷宮へ行きたいと申請を出していた。彼がもう直ぐ来るはずだ」

 ――レオ魔道師か。随分長く会っていない。彼も見習いを取るようになったのか……。


 グランデ大陸に来て長い年月が経ったのだと、今更ながら感慨にふけるルシオだった。


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