18 ソフィアの思惑
ルシオと一緒にグランデ大陸の探索をしていたとき、ソフィアの研究は暗礁に乗り上げていた。
彼女が最も重きを置いていた研究は『魔力が多い人間に、何故子が出来ないか』『魔素が身体に及ぼす影響』
始めパブロ魔導師達にこの研究の一部を明かし、褒められたことを思い出す。
あの頃ソフィアは、直ぐにでも解明できると高を括っていたが、今では先が見えず、自信を無くしている。
今、妖精達と過ごすようになり彼等の魔力の鑑定をさせて貰っているのも研究の一環だ。
妖精達の身体は殆ど魔素で出来ていると言っても過言ではない。ただ、妖精によって大きな違いがあった。
特に子孫を残せる妖精は少し事情が異なる。彼等の魔素は魔力器に変化し身体の中心に固まっていた。人族ととても似ている。だが、彼等の使う魔法は偏っていた。
人族の魔力器は、魔素を取り込み純粋な魔力に変えその後属性魔法に変化させて魔法を使う。この時必要なのが魔力操作だ。
しかし魔力器がある妖精達は、初めから土属性魔法に偏って魔力が出来上がっているようなのだ。その為使える魔法は土属性や植物に関するものだけと言うのが殆どだった。
例えば、ハーフリング達も魔力器があるが、植物を育てたり農耕の土起こしをするとき以外は魔法は使わない。
ケットシーと言う猫の妖精もコボルトという犬の妖精も皆土属性だった。彼等は素早い動きで戦うことが出来、礫のようなものを作り出して、相手にダメージを与えることが出来る。多分役割分担として、戦闘要員も兼ねた妖精なのだろう。
だが、彼等は魔力が大きくても、子孫を残していた。
『妖精は人族とは違うからなのかしら』
光魔法に特化する十センチほどの小さな妖精もいるが、彼等とは余り意思の疎通が出来ない。まるで自然界にいる虫みたいな位置付けだ。彼等は妖精の原種だそうだ。彼等は精霊樹が生み出すという。
光魔法は治癒に使われる魔法だ。治癒を使えるのはエルフという妖精で、彼等の身体を鑑定すると、魔素だけで出来上がっている。
エルフには光の他に風や水、偶に火を持っている者がいた。属性が生まれつき決まっているのは他の妖精と同じだ。
魔力はとてつもなく大きいが、滅多に魔法は使わない。彼等が魔法を使うと生命力が若干下がるようだ。そして魔法を使った後は、魔素を多く含む水を大量に飲んでいる。
彼等の食事は殆どが魔素を含む水で、偶に果物や植物をおやつ代わりに食す。
ルシオは忙しくあちこち飛び回り、ソフィアもそれに付いていくため落ち着いて研究は出来ない。そのため、研究は一向にはかどっていなかった。
そんな日々を過ごしていたが、あるとき地底人の子供の面倒を見ることになった。彼等は可哀想な生い立ちの子供だ。彼等の面倒を見ているソフィアは、彼等の鑑定もしている。
彼等の魔力はそれほど大きくない。実は、ルシオの魔力もそれほど変わらないのだ。
ルシオの場合、魔力器に穴が開いていて、そこから魔素を取り込めるため殆どの人は、ルシオには大きな魔力があると思い込んでいる。そしてルシオ自身も勘違いしている。
『研究は全く進んでいないけど、ルシオのことは分かってきた。彼には子供が持てるはず……。私と一緒になったばかりに子供に恵まれなくなったんだわ』
人知れず悩む日々が続いたが、その内子供の世話に忙殺され、そして子育てがとてつもなく愉しかった。
ルシオも、父親の威厳を見せて威張って見せたりしている。きっと彼も愉しいのだ。そして子供をこよなく愛する人なのだ。
ソフィアは、魔道師となったとき、魔水晶によって、将来の可能性を見せられた。
人を教え導く自分の姿が其処にあった。多くの女性の魔道師が彼女のお陰で見いだされ、彼女達が世界に羽ばたいていく姿だった。
【お前が望めば、ペニーニョはこうなる】
そう言われたが、それはルシオとの決別も示唆されていた。ルシオと一緒にいればグランデ大陸に行くことになる。ペニーニョ島の女性達を導くことは出来ない。
ソフィアは、ルシオと共に生きる道を選択したのだ。
『あの時、ルシオと決別しいたら、ルシオには別の道が広がったはず……』
だが、ソフィアは、ルシオにくっ付いていく道を選んだのだ。それは自分のエゴだった。そのせいでルシオの将来の姿も変えてしまったかも知れないのだ。
「ルシオが子供に囲まれて、幸せな家庭を持てたかも知れない未来を、私のせいで潰して仕舞ったの?」
ルシオに会う以前のソフィアは、夫が死んで路頭に迷いかけていた。十三歳から五年間大きな商店主の後添いとして贅沢もさせてもらったが子は出来ず、結局夫が死んだ後は嫁ぎ先を追い出されてしまった。
あの最初の結婚はソフィアの意思ではなかった。
年の離れた夫に半ば売られるように嫁いできたのに、夫が死んで、ゴミのように追い出され、捨てられてしまった。
「子供さえいればこんな目に遭わなかったのでは?」
ソフィアが一所懸命働いたお陰で店も大きく出来たはずなのに、ソフィアには何も残されず、先妻の子に総て受け継がれて追い出されてしまったのだ。
その後実家に帰ったが、兄の妻が切り盛りしていて、自分の居る場所はなくなっていた。
「ここにも居場所がないの?」
これからどうやって暮らしていけば良いのだろう? 女が一人で生きて行くには、娼婦になるしか道はないのでは?
そんな時、友達に魔道師が住み込みの店番を探していると聞き、直ぐに飛びついたのだ。
魔道師は好色だと聞く。だが、そんなことは平気だ。
不特定多数を相手にしなければならない娼婦になるよりよっぽど増しだ。おぼこではないのだソフィアは。
そう覚悟して面接に向かったが、紹介された魔道師は、若かく美しい男性だった。
『彼ならそんなに嫌ではないわ。寧ろこれは、素敵な出会いかも』そう思った。
だが、ルシオは一向に手を出してこない。ソフィアに店を任せきりで、自分は異空間に入って錬金の仕事に没頭してしまう。寝るときも異空間だった。
ルシオの店なのに、いつの間にかソフィアの店のようになってしまった。衣食住は足りた。そして給金も十分貰えた。ソフィアは、何不自由なく暮らせて、好きなように店を切り盛りも出来た、夢のようだった。
ルシオの指導のお陰で、女性初の魔導師にもなれた。ルシオはソフィアにとって救世主だった。
「私が一方的に迫ってルシオと恋仲になったのだ。彼はそれまで私の事を只の従業員としてしか見ていなかったのだから。ルシオは生真面目だから、私と結婚までしてしまった」
ソフィアには、無理矢理自分からルシオに迫ったと言う負い目があり、不安を拭いきれないでいた。
「自分は初めから大きな間違いを犯している。ルシオは私に関心は無かった。それを……私は……なんて自己中心的な女だったの!」
この頃、養い子達は帰りたいと泣く。特にフリアは地底の探索から戻ると「私孤児院に戻る」とハッキリ宣言した。
それを見た子供達もまた次々と帰りたいと言いだしたのだ。今までは宥めすがめつしていたがもう無理だった。
ルシオにも言われてしまった。
「ここは子供達には明るすぎて辛いそうだ。子供達を自由にしてやろう。魔道師が来たんだ。養い親候補は地底都市にもいるんだよ。良い養い親を選んでやれるんだ、僕は心が読めるのだから」
ソフィアは、その言葉を聞き、恐れた。
『そうだった、彼は普段は使っていなかったけど確かにその力を持っていた。私の心も読めるの?!』
一人、自分の異空間に入り、ボンヤリと広大な海原を眺める。
海辺にはルシオが作った魔水晶があり、浄化している。
海辺は薄らと穢れに染まってピンク色の筋が出来ている。そしてその穢れは海に攫われていく。
「穢れは海に流れ、波に揉まれ、時間を掛けて細かくされ、その内に綺麗な魔素に生れ変わるはず」
そう考えていたとき、ソフィアは、天啓を受けたようなショックを覚えた。
「穢れは魔素に含まれている。ペニーニョの魔素もだ。穢れによって魔人化する人も見た。魔力がある人間は穢れを身体の何処かで浄化している。多分それは生殖器で行っているのではないのか? 魔力器が大きければそれだけ穢れを除去しなければならない。だから子種が犠牲になっているのでは?」
だけど、ルシオの場合は皆とは違う。彼の魔力器は特別製だ。他に類を見ない物だった。未だにルシオと同じ魔力器は見たことが無い。彼は特別な浄化作業をしている。
「やはり私は、ルシオの人生にとって邪魔だったんだわ!」
神に逆らって自分のエゴを優先した結果だ。ルシオに何と言うことをしたのだろう。
ソフィアは、決心した。軌道修正をしなければならない。神に言われたことをこれから実行する。そしてルシオとは距離を置こう。
初めは頻繁にルシオが異空間に来てくれていた。嬉しかったが、このままではダメだ。もっと素っ気なくしなければ、自分の心に負けて、またなし崩しになって仕舞いそうだ。
――自分だけが強く彼を愛している。この気持ちを知られてはいけない。彼とは離れていなければ、彼を自由にしてやらなければ……。
その内、段々と通信だけの中になり、今では連絡が来なくなった。
――少しだけなら、連絡しても良いのでは? 友達になったのだから。不自然ではないはずよ。
「ルシオ、可愛い地の民の彼女でも出来た?」
『まあね』
――これで良かったのよ。私は間違っていなかった。彼は私の事はそれほど好きでは無かったのだ。その内彼には素敵な家庭が出来る。可愛い子供が沢山出来て、そしてルシオに似た子供が……。
その日ソフィアは、泣き明かした。




