17 地の民は妖精か?
「ボンゴ王は生まれつき、魔力器に奇形を持っていたようだ」
「奇形? どんなものだ、それは」
「魔力器に穴が開いていた。実は僕も同じなんだけど、僕の場合は穴のお陰で魔力を外から吸収出来るんだ。だけど王は吸収出来ないで逆に穴から漏れ出ていた」
「君の魔力器はとんでもないものだったのか。外から幾らでも吸収出来たなんて知らなかった。大きな魔力があるとばかり思っていたよ」
「僕の生まれ持った魔力はクリステルの半分もないよ、多分」
クリステルは、与えられた柱の住居に転位陣を敷き、キノコの栽培地に残してきた魔法兵達と合流した。
「地下の都市があったのですか?」
サムエルが勢い込んで訊ねる。
「ああ、面白い所だった。また牢に転移するから、君達もいずれ見る事が出来るだろうけど、暫くは異空間でゆっくりしていて欲しい。私達が自由に出入り出来ると知られたら、地の民を怒らせてしまうからね」
クリステルが転移で戻ると、ルシオは地ベタに毛皮を敷きすやすやと眠りこけていた。
「なんとも……こんな処でよく寝られるなルシオ」
「ん? ああ、お帰り。みんなを連れてきた?」
地べたにはもう一つ毛皮が敷かれ、人が眠って居るような偽装工作がしてあった。いつ何時、地の民が入ってきても気付かれないための工作なのだ。
「異空間で暫くゆっくりしてもらう。サムエルは早くこの地下都市を見たいだろうがな」
ここでは時間の経過が全く見当が付かない。何時も同じ明るさなのだ。
クリステルは魔法袋に果物を大量に入れてきた。彼等に約束していたものだ。
牢には、トイレ用として一角が設けられている。壁が其処だけ切り取られ目隠しになるように細工されていた。
「排泄物はどうやって処理するんだろうな、ここでは」
ルシオの異空間の屋敷では、用を足した後は自分達でそれぞれ浄化していた。湖の街では獣人達のために上下水道の施設をクリステルが作ってくれたし、妖精達はそもそも排泄するのか分からない。ハーフリング達やケットシーなどは獣人族と一緒だが。
ここの地の民は、ハーフリングと同じだと思うが、この牢に捕らわれたものが暫くいなかったのか、匂いは全くない。
そう言えば、クリステルの異空間にも似たような感じで各部屋にトイレがあったが、アレはどう処理されていたのか?
「クリステルの異空間のトイレの排泄物はどうなるの?」
「異空間が勝手に処理している様だ。今まで気にしていなかったのか?」
「全く。今気が付いた。随分便利な異空間だね。羨ましいよ」
「ソフィアのことで頭がいっぱいで、ボンヤリしていたものな君は」
「……もう吹っ切れたさ……そうだ、連絡しなきゃ」
「何時も君の方から連絡しているのか?」
「そうさ、友達なら普通だ。問題ないだろう?」
「君はアレハンドロにも毎日連絡するのか?」
「まさか!……そうか、僕はまるでストーカーだな……」
「すと?……よく分からないけど。しつこいと返って友達として嫌われてしまうぞ。友達に徹するなら用もないのに毎日連絡するのはどうかと思う」
「……そうだな……これからは、自分からは連絡はしない」
ルシオは未練タラタラだった自分が恥ずかしくなった。もうソフィアは、妻ではない。彼女は自分の道を歩き出したのだ。自分も踏み出すべきだ。
そう決心して居ると珍しくアレハンドロからの通信が入った。
『そっちへ行く、状況を知りたい』
素っ気ない一言だった。ルシオは自分の寝床に偽装をし直し、異空間に入る。
「よう、暫くぶりだなルシオ。地の民との接触はどうだった?」
「今その最中だ。牢に監禁されている」
「監禁って……何かやらかしたのかお前?」
「ボンゴ王の治療をしただけだ。王が回復するまでの様子見期間だ」
「そうか、一応神殿長からの言づてだ。『好戦的な種属なら、無理しないで欲しい』だそうだ」
「分かった。交流が出来ないならこのままにしておくよ。それだけなら通信だけで良かったのに。態々ここに来ることないよ」
「……お前、ソフィアと別れたんだろう?」
「そうだけど、喧嘩別れしたわけじゃない。お互い進む道が変わっただけだ」
「まあな、女って言うのは吹っ切れるのが早い。俺の恋人達もそれぞれ別の道を探して出て行った。スッキリ別れたよ」
「……へえ、似たタイミングだね。それで? 君も落ち込んでいるの?」
「まさか! 今までだってそうだったんだ。次が直ぐに見付かるさ」
「そうだね、君なら直ぐに見付けられるさ」
「じゃぁな」
アレハンドロは転移して戻っていった。
――心配して来てくれたんだな、アレハンドロは。自虐ネタまで話してくれて。
それからのルシオはきっぱりとソフィアに対して諦めが付いた。ソフィアのことは今でも好きだが、べったり張り付いている必要は無いのだと思い直した。
家族を心配する感覚だろうか?
兎に角彼女は大人だ。過剰な思いやりや心配は返って煩わしかっただろうと、今なら思えるようになれたのだ。
そうこうしているうちに牢から出して貰えるようになった。
ボンゴ王が快癒したのだ。
王の御前に通され、お礼を言われた。
「此度は、其方に助けられた。人族には思うところはあるが、其方等に関しては別待遇とする」
ルシオ達だけなら交流すると言うことだろう。思い切ってルシオは切出す。
「王よ、実は僕達は不思議な異空間を持っています。この献上品の果物も、その異空間で出来たものです」
「異空間……もしやエルフとか言う種属が開発したと言われるモノと同じものか?」
「……はい。似ています」
「人族とは……またとんでもないものを作り出しのか? 確かサンティシマ・ロペスとか言う魔法使いが作り出した転移や魔法鞄があったと、幼い頃教育係から習った。過去この国にも沢山あったが、今は魔の効力が無くなって使えなくなっている。それを其方等も作れるのだな」
「はい、出来ます。この間地の民に差し上げましたが。交流できれば取引できるようになります。また、転移があるお陰で南の地下都市も見つけ出せました。地底人とは今、良好な関係を築いております。彼等も北の探索に同行して居ます。今ここに出てきて貰えますが如何でしょう。彼等はまだ精霊語が片言しか話せませんので僕が通訳することになりますが」
「……うむ。赦そう、地底人とやらを見て見たい」
「ボンゴ王! 危険です」
側近らしき地の民が反対したが王は、
「何を今更。転移や異空間があるとなれば、もうここは知られて仕舞っている。隠れ住むことは不可能になっておるのだぞ。それならば、良好な関係を結んだ方が良いではないか」
王らしい即断即決で、ルシオ達は交流出来ると言う事になった。
地底人の養い子達を見、そしてルシオの通訳を通して話を聞きボンゴ王は異空間に興味を示した。自分から、入ってみたいと仰せになった。
ルシオの異空間には妖精がいるため、王を案内するのはクリステルの異空間だ。
「あの森にいる獣人達との交流は今では途絶えておる」
熊獣人達がいた森の話を聞くと、ボンゴ王はそう教えてくれた。
以前は人族の難民を逃がす為頻繁に交流していたが、人族に地の民が攫われるという事案が頻発して地の民の街を封鎖した。鎖国状態にしてしまったのだ。だからその後の獣人達のことは全く分からないそうだ。
「この街の食糧はどうしているのですか? もし良かったら農場を作れますが」
ルシオがそう切出すと、王は喜び是非作って欲しいと言った。
やはり地下では食糧の調達は大変そうだ。
南の地底都市では地上が熱帯だったため、いくらでも調達できていたが、ここは氷に閉ざされた北国だ。各地に耕作地を作ってはいるが、度々獣に襲われてしまうそうだ。
ルシオが助けたあの地の民も、待ち構えていた獣に岩からしみ出した途端に捕まって仕舞ったのだという。
彼等の魔法は偏っていた。
彼等の身体の魔力器は、土属性や金属魔法だけに特化して魔力を精製しているようだ。然も攻撃手段となる魔法は皆無だった。
魔力は生まれつき皆持っていて自然と使えるようになるという。魔力の多寡に違いはあるが、全員が自然と使えるようになれるとは凄いことだ。
だけど攻撃魔法が使えないのは不利だ。その為に人族に簡単に捕まって仕舞ったのだろう。
身を守るためには、彼等が作った不思議な形の剣で戦うそうだ。先に行くほど広がってギザギザに分かれている。何となく使いにくそうな形だ。
彼等地の民は金属の加工が得意なのだという。ルシオには王の治療の対価としてその剣を渡された。
「この剣の素材は見たことも無い物です。一体なんですか?」
ルシオは剣を抜きじっくりと見る。鉄よりも重いが金ほどではない。その剣は赤く輝いていて、炎が揺らめいているように見える。だが、触ると冷たく氷のようだ。
「ヒヒイロガネと言うものだ。この北の土地にしかない希少金属だ。人族が使う魔法をこの剣で切る事が可能だ」
「魔法を無効に出来るのですか! それは凄い……」
友好の証として地下都市に農場の塔を作ることになった。
浄化済みの魔水晶は、沢山作って持っている。クリステルと手分けして数十本の魔水晶に魔法陣を描き上げた。
これは神官でないと同調が叶わない知識だが、クリステルは以前ルバレロに教わっている。サムエルは、その魔法陣をじっくり見てこの機会に知ることになった。
別に秘密でも何でも無い。力が見合えば、サムエルにも作る事は可能なのだ。知識だけでは無理だが魔力と力が有れば出来るだろう。
「ボンゴ王、出来上がりましたが、この農場は二百年くらいしか持ちません。その時はまた新たに作ることになります」
「そうか、では、人族とは友好関係を保たねばな」
「ところで、王様。ここにはあなた方以外の種属はいないのですか?」
「ここにはもういないだろう。北の地は精霊の統べる地であったが精霊はいなくなってしまった。精霊樹頼みの、か弱き妖精達は総て消えて仕舞った。西に生き残りの妖精達が住む精霊国があるはずだが……今はどうなったか」
彼等地の民は、正確には妖精では無いという。人族に近い種属だそうだ。
「我らは始め、妖精と近い種属であったそうだが、地下に住むようになって一万年以上経つ。その間にだんだん環境に適応して、強く変化したのだ」
魔素の水は農耕に使ったり生活用水に使用しているが、普通の水でも生きていけるそうだ。
――妖精とは儚い種属なんだな。
寿命は確かに長い妖精達だが、環境に対して適応能力が無い。あっという間に死に絶えてしまう。
今妖精は、精霊国とルシオの異空間にだけしか生存していないようだった。




