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1話

自分のやりたい事ってなんだろう。 将来について考えた時、思考はいつも分厚い壁の前で停止する。



 僕には趣味と呼べるものはないし、夢中できるなにかもない。仮に興味を持ったとしても、すぐに飽きて手放してしまう。

 何事にも執着できない僕には、人生の取っかかりとなるフックがない。自分のやりたい事を見つけるなんて、晃大な砂漠に落ちた一本の針を、磁石もなしに探し出すようなものだ。



 日本には、一万七千もの職があるようだけれど、無限にも等しい人の数と比べれば、才能の受け皿としては狭いと言わざるを得ない。

 もし仮に、僕に才能があるとして、その才能の受け皿がこの世界に用意されているのだろうか。



 そんな青臭い自問自答でさえ、最近ではすっかり錆び付いてしまった。 僕はただ、厳格な父が敷いたレールから逸脱し、東京という名の砂漠を彷徨う亡霊だった。地に足も着かず、誰でもない透明な存在だった。




§



「ふぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」



 西日が差し込む店内で、レジを任されている墓億は、ふと眠気から欠伸を漏らしてしまう。



「おやおや、勤務中にそんな大きな欠伸をするとは何事かね」



 すると、注意を促す声が聞こえる。それは凜として大人びた声で、僕は振り返ると、そこには金剛先輩が二十歳の余裕を湛えて首を傾げていた。 金剛先輩は音大に通うアルバイト仲間だ。朝から夕方まで働く僕とは、少ししか勤務時間は被らないが、週五で毎日顔を合わせる。

 上京してまともな会話を交わす唯一の存在でもある。



「すみません、つい」



 僕は軽く謝ると、金剛先輩ははにかむ。



「あはは、冗談。いいよ、今はお客さんいないし。でも歩夢くん、最近ずっと寝不足じゃない? 深夜にエッチな動画でも見てるのかな?」


「ち、違いますよ!」

「あはは、隠さなくていいのにー」



 リアクションする僕を見て、金剛先輩は楽しそうに笑う。

 違うって言ってるのに・・・・・・そんなベタなからかい方はやめて下さい。 金剛先輩はひとしきり笑った後、真面目なトーンで続けた。



「で、本当のところはどうなの? 目の下にクマ付けるくらい寝不足だけど」



 そう言って切り替える先輩に、僕は答える。



「・・・・・・悩みっていうか。最近、帰りに誰かに付けられている気がするんですよね」

「・・・・・・え。それってストーカーって事?」



 驚いた様子で金剛先輩が言う。

 改めて言葉にされると、自分が自意識過剰になってるような気がして、少し居心地が悪い。僕はすぐに取り繕った。



「いえ、もしかしたら勘違いかもしれないですけど。・・・・・・でも、視線を感じる事が多くて。それで怖くて眠れないんですよね」


「勘違いって言っても、不安で眠れないのは事実だもんね。そっかぁ、男の子でもそういう事ってあるんだね」



 さっきは冗談を言って僕の反応を楽しんでいた金剛先輩だが、メリハリが利いて、ちゃんと親身に寄り添ってくれる。



「あ、そう言えば」



 不意に、金剛先輩は思い出したように言った。



「怪しい人いるよね、うちの常連で。いつも帽子とマスクとメガネをしてる女の人。いっつも歩夢くんがレジにいるのを見計らってるからね」


「そうでしたっけ?」


「そうだよ。だって私、あの女の人とレジで接客した事ないもん」



 そう言えば、応対してるのはいつも僕だったか?



「なんか見るからに怪しいしさ、もしかして歩夢くんの事、狙ってたりして」



 決して確証がある訳ではないので、金剛先輩のそれは偏見だけれど、しかし改めてその常連の女の人を頭の中で思い浮かべてみると、そこにいたのはフルフェイスをした、見るからに怪しい人だった。

 僕は笑ってやり過ごしたが、その時、背中に冷たい予感が走った。


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