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繰り上げ魔王様は、まだまだ殉職したくない

作者: 睦月はる
掲載日:2025/12/31



 つたない文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。








 迷宮の奥深く、そこは激しい戦場と化していた。


 生命誕生より前に存在し不可思議な力で存在する迷宮も、人類の救済と平和を目指す勇者一行と、魔族こそが至高の生命体と謳う魔王の懐刀四天王の戦闘に、あちこちの壁は抉れ、地面には大穴が空いていた。


 「これで最後だ―――!」


 勇者の痛恨の一撃が四天王を穿った。


 凄まじい衝撃波と光が迷宮内に轟く。それが落ち着く頃には、跡形も無く消え去った四天王の黒焦げた影と、満身創痍ながらも日本の脚で立つ勇者達の姿があった。


 四天王を完全に倒したと確信すると、勇者達は警戒を解き、その顔は歓喜に染まった。


 お互いを讃え合い労い、涙を拭い負傷するその体を労う。


 「みんなのお陰で四天王のひとりを倒せた。でもまだ四天王は三人残っているし、諸悪の根源の魔王もいる。四天王ひとりでこの強さだったんだ、油断せずにみんなで力を合わせて人々に平和を齎そう!」


 勇者の一言に、仲間達は力強く頷き、彼の仲間になれた事を心から光栄に思い、決意を新たに、次の戦いへと踏み出したのだ―――。










 その頃、魔王城。


 おどろおどろしい暗い城内。幹部が集う円卓の間には、邪悪な魔力が満ちていた。

 四天王が集っている。


 「あいつがやられたか」

 「まあなんて無様な」

 「魔族の恥さらしが」


 拳を円卓に叩き付ける者。しどけなく肘をつく者。憤りの魔力でグラスを割る者。

 仲間が倒されたと言うのに悲しむ素振りもみせず、三者三様の反応を示していた。


 ははは、うふふ、くつくつ。笑い声が響く。


 「油断せずにみんなで力を合わせて人々に平和を齎そう…か、勇者様は言う事が違う」

 「あらあら。誰一人欠けることなく、迷宮の深層部まで辿り着いて、四天王まで倒すなんてね」


 割れたグラスの欠片を摘まみ上げ、そこに映った自分と、仲間ふたりの姿を眺め、ふっと笑う。


 「だがしかしヤツは、我ら四天王の中でも………最強!何なら次期魔王就任目前だったのだぞ⁈どうするんだこれ‼」


 グラスが散らばっているのも構わず、掌を卓上に叩き付けた。


 「どうするのよ!私達の実力なんてどっこいどっこいよ!志も士気もカンストしてる勇者なんて相手できないわよ!」


 「あの脳筋クソ野郎!大将が一騎で特攻かましてんじゃねーよ!策も無しに突っ込んで、案の定ヤられてるじゃねーか!」


 魔力だけは現在の魔族中で一番な男だった。得意な戦法は、有り余る魔力を広範囲に放出して、敵っぽいものはとりあえず殺しとくと言うもの。

 完全に力押しで、小技を使おうと言う考えすらない。

 だが圧倒的な力は、象徴としてトップに据えるには丁度良かった。


 「前任の魔王陛下が倒されてまだ百年だぞ!そんなホイホイ魔王なんてみつかる訳ねーだろ!」


 そう、魔王はとっくの昔に倒されていた。


 人類史では、第一次人魔戦争と記録されている。


 領土問題から発展し、小さないざこざがブレンドされ、両民族は徹底抗戦。

 人類は『勇者』を筆頭に少数精鋭で魔族に戦いを挑み、魔族は人類よりも圧倒的に優れた身体能力と魔力で、一瞬で人類を屈服させる―――そんな筋書きになるはずだった。


 人類、強かった。


 魔族に能力で劣る分、それを補う為の知識と技術は、魔族のそれより惑星ひとつ分は上だった。


 順調に魔王軍幹部は倒され、そして人魔戦争十年が過ぎた頃、魔王は勇者によって倒される。


 ヤバイと、魔王は今際の際に考えた。どうすれば魔族を守れるかと。


 「くっくっく…愚かな人間よ。我は魔王軍幹部四天王の中でも最弱。この先お前達には想像を絶する地獄が待っている事だろう…」


 それを言い残し、先代の魔王は倒された。


 勇者は愕然とした。まだこいつよりも強敵がいるだと?


 魔王軍も愕然とした。え?そんなのいないよ???


 勇者は十年の激戦で体は限界に達していた。仲間達も限界だった。だが、まだこれ以上の強敵が魔王軍には控えている。

 勇者は一線から退き、後身を育成する事に心血を注いだ。

 人類に真の平和を届ける為に。

 幸いな事に、魔王軍の損害も小さくはないようで、今の所大きな進行の様子は見られず、この間に力を付け、魔王を今度こそ倒す、と。


 一方魔王軍はこの世の終わりだとお通夜状態だった。


 魔王の方便で人類は警戒し一旦退いたが、実の所魔王軍にはこれ以上の戦力はない。


 魔族は、人類よりも長命で身体能力も高いがその分成長も遅く、体制を整えるのに時間がかかる。そもそも時間感覚が違うのだ。

 人間の十年は魔族では一年ぐらい。あっと言う間にコテンパンにされて、魔族の心はもう真っ白に燃え尽きていた。


 「まだだ!人間どもが勘違いしているうちに我々も力を付けるのだ!」


 立つんだ魔族!のスローガンのもと、魔族は頑張った。

 とりあえず四天王は再編成されたが、魔王となるとそう簡単にはいかない。

 マジのマジのマジのヤバくなった時、最終的な魔族の運命を背負うのは魔王なのである。中途半端な人選ではダメなのだ。


 だから吟味した。検討した。候補者は鍛錬を重ねた。


 その間に、人類は新しい勇者を見出し、んで、魔族に王手をかけた。


 「人間の成長速度半端ねーって!後ろに仕掛けたトラップも簡単に突破するし!まだ百年しか経ってねーよ!魔人の赤子が、う〇こチ〇コで喜ぶクソガキになったぐらいじゃねーか!」

 「またまたまたまたよ!二人目よ!強敵倒したなら喜びなさいよ!油断しなさいよ!魔王倒せる実力あるなら事前に言っときなさいよ!」

 「あれは絶対全勇者名鑑入るな。はっ、誰か握手してこいよ。サインもか?こりゃ勇者を応援する魔族も現れるんじゃないか?」


 人間にとって百年もあったら数世代が入れ替わり、文明も進化し、あらゆるものが変化する。

 だがしかし、魔族にとってはやっとこさ進歩が見られるくらいになった程度だ。


 魔王を就任させてから本格的な施策を始める筈だった。その魔王候補がこのザマだ。


 しんと、四天王の三人は沈黙した。


 魔王城は膨大な軍事費を捻出する為に、節電中でいつでも薄暗い。

 電球は半分取り外され、光量は中を厳守。水道は出しっぱなしにしない。冷房は二十七度。窓は新聞紙で磨く…。と涙ぐましい努力の日々が。


 「どうするんだよ。勇者のヤツ順調に魔王城目指してるぞ。凶暴な魔獣がいる迷宮を近道感覚で進んでるぞ」

 「早急に魔王様を決めないと。魔王軍の指揮もクソもないわ。とりあえず象徴がいないと、纏まるものも纏まらないのよ」

 「だがどうする。倒されたあの馬鹿が分かり易く強かったから、議会も納得して就任する所だったのだ。我々誰かが代わりに就任するとしても、納得はしないだろう」


 それ以前に、魔王なんてブラックジョブに就きたくないが。


 「ねえ、“アレ”は?」

 「アレと言うと…」

 「新魔王就任で空く四天王の席を埋める、新しい四天王候補のアレか…」


 アレの魔力は魔人の中でも特殊だった。もしかしたら、どうにかなるかもしれない。


 四天王就任は主に、在任中四天王が推薦し、それを魔王が承認する。現在は魔王が居ないので、決定権は四天王に一任されている。


 僕魔王、お前らコロス。で追い返せ。


 「こうなったら魔王としての云々かんぬん言ってられない。アレには倒される時、先代の魔王陛下に倣って『私は最弱』で散ってもらえばいい」

 「少しでも時間稼ぎをして、勇者を足止めするのよ。その間に魔王に相応しい者を見い出せばいいのだわ」

 「人間は十年かそこらで一気に老いる。今の勇者が老いれば、次代の勇者が誕生するまでに、こちらの体勢を整える」


 うんと、三人は頷いた。


 こうして、とある四天王候補の魔人ひとりが、色々段階をすっ飛ばして魔王になる事が決定したのだった。













 「そんなのってあり⁈」




 ビバーナムは荒野でひとり絶望していた。


 一族の中では魔力に恵まれ、派手な功績は無いが堅実に実績を重ね、ついに四天王候補に名を連ねるまでに出世した。


 両親と幼い弟妹は大喜び。いや一族中で大喜び。


 候補になっただけでこれ程喜んでもらえたのだ、本当に四天王になれたら。

ビバーナムは日々の研鑽に勤しんだ。


 噂では、長らく空席だった玉座の主が決まるらしい。順当に考えれば、現職の四天王から選ばれるだろう。


 そうなれば、四天王の席も空く。そして、候補者から新四天王が選ばれる。


 四天王になった自分の姿が脳裏に過り、ビバーナムは興奮で体を震わせた。


 (私…本当に四天王になれる…かも?他に強い魔人はいるけど、でも、でも、もしかして…)


 「から魔王てなに⁈」


 ビバーナムは荒野でグスグス泣いていた。


 何か耳障りが良く、美談で、パワハラをかまされて、ビバーナムはあれよあれよと魔王になっていた。

 威厳も何も無いのでせめて女を出せとセクハラまでされて、極端に面積が少ない衣装を着せられ、じゃあと宜しくと、ひとり荒野に放置された。


 恥ずかしいし情けない。

 魔族が強化するのは武力じゃなくて知力じゃないかと、絶望しながら走馬灯まで見始めた頃、回転草が転がる向うから勇者一行がやって来たではないいか。


 もういかにもだ。正義感に燃える救世主様感半端ない。


 「ん?みんな注意しろ!前方に誰かいるぞ!」


 見つかった。


 ええい、もうままよ!


 「来たな!愚かな人間よ!」

 「誰だお前は!」


 勇者一行が警戒の体勢を取る。魔法バチバチさせないで、それ一発当たっただけで私殉職するから。


 「我の魔力すら感じ取れぬ雑魚が。我は魔王。お前達の死と絶望だ」

 「は?魔王?どうして魔王が出てくるのよ!大将が単身前線に出てくるなんて聞いた事ないわ!」

 「きゃんきゃん煩い小娘だ。最弱とは言え四天王が倒されるとは。すっかり腑抜けた我が配下の気を引き締める為に、我自ら出て来たのよ」


 震える口角を無理やり上げて、意味深に腕を上げる。


 「お前達の生首に、我の勅令でも貼り付けて晒すとしよう」


 勇者一行が息を飲んだのが、空気から伝わる。


 (お願い―――!このはったりで引き返して!じゃないと私、歴代最速殉職魔王になっちゃう!)


 幸か不幸か恐怖に引き攣った笑顔は、魔王の不気味さを増大させていた。

 布面積が少ない衣装も人間感覚で言えば、年頃の少女にも関わらず、娼婦でも避ける様な煽情的なもので、それが理解の範疇を大きく超えさせている。


 「みんなは、引き返せ」

 「おい!」

 「どうみても何かある!危険だわ!」

 「戦うのなら全員でいかないと!」


 勇者が伏せていた顔を上げた。決意に輝く瞳は金剛石の様に美しい。


 「魔王にとって、俺達の命なんて暇潰し程度なんだろう。でも、だからって逃げるわけにはいかない。俺は勇者なんだ、人類の希望で、それは俺の誇りだ。ここで魔王から逃げたら、一体どれだけの犠牲がこの先出るのか…ここで俺が終わらせる。俺がこの戦いを終わらせるんだ!」


 雲間から光が差して勇者を照らす。拳を胸の前で握り、此方を向くその顔は、全ての覚悟を決めた英雄のそれだった。


 「それなら、俺達も一緒じゃなきゃ意味ねーだろ?」

 「同じ運命を背負ってきた仲間じゃない。ここでさよならなんて、寂しい事言わないでよ」

 「私達もあなたと同じ気持ちです。どうか最後までお供させて下さい」

 「みんな…」


 勇者一行は何かいい雰囲気で見つめ合い、頷き合い、ビバーナムへ向き直ると武器を構えた。


 (退かんのかい!)


 ビバーナムは何度目かの絶望をした。

 殉職への階段を着実に登っている。


 「馬鹿な人間共だ。その愚かさに敬意を表して我が力の片鱗を披露してやろう」


 内心涙目である。

 でが、大人しく死ぬつもりはない。

これでも四天王を目指し、日夜鍛錬を重ね、切磋琢磨して来たのだ。


 「勝負の方法は…」


 ゴクリ…。


 「利きバタークッキーだ!」


 ……………。


 「はい?」


 バタークッキー バターを豊富に使用し、その風味とコクを活かして焼き上げたクッキー。美味しい。


 「何だ小僧。バタークッキーも食べた事ないのか。人間は貧しいな」

 「バタークッキーくらい食べた事あるわ!違うそう言う事じゃない!利きバタークッキーてなんだよ!」


 ふふふと、ビバーナムは不敵に笑う。冗談やお遊びでなく本気だ。


 ビバーナムの魔力は『契約』。

 例えば、じゃんけんに負けた方は腕立て十回する、と言う契約をしたとする。負けた方はどんなに抵抗しようが、強制的に腕立てを十回させられる。

 走って逃げようが、何かに体を縛り付けようが無駄た。

 契約はお互い心臓の鼓動に連動されるので、死ねば解放されるが。


 では、負けた方は死ねと言う契約だったら?

 契約の履行には、ビバーナム自身の魔力が使用される。死と言う、生命を有無を言わせず奪うとなれば、ビバーナムの魔力も相応に奪われ、相手も死ぬがビバーナムも魔力切れで死ぬ。


 それを補う膨大な魔力があれば良かったのだが、ビバーナムは種族的にもこれ以上魔力を増大させるのは難しい。魔力増強アイテムは、多用すれば依存症になり廃人になる。

 使い方によっては強力な魔力であり、残念な能力にもなる。


 『契約』の内容も明確な基準がない。術者の感覚でここまでなら安全圏だ、と言う感覚があってそれを説明するのは難しい。マニュアル化なんて無理だ。


 なんとまあ、面倒な魔力だ。


 「バタークッキーを食べて、どちらがどのようなものか判別できたら、お前達の相手をしてやろう。だができなかったら、もう一度ママのおっぱいからやり直してこい。つまらんから立ち去れ」

 「なんでそんな事俺達がしなきゃなんねーんだよ!」

 「あからさまな罠じゃない!毒やら呪いやら盛ってるんでしょ!」

 「人類を舐めすぎです。それが驕りとなって身を滅ぼすのです」


 勇者当人もだが、それ以上に仲間が猛反発をする。

 想定内だ。


 「くっくっく…。お前達はこの申し出は決して断れない…」


 なっ、と勇者一行が息を飲む。

 緊張感が漂う中、ビバーナムは言い放つ。


 「このバタークッキーは、ホームランド(ステファニーおばさん)マアム(の真心)だ!人類の救世主が、人類の真心が判別できんとは、これ如何にだな?」


 ななっ!と、勇者一行は再び息を飲んだ。


 イナカー村出身のステファニーおばさん。彼女の素朴だが、一度食べたら忘れられないその味は、人類の魂にまで刻み込まれている。


 「かたや、我が作った敵意満載悪意クッキー。分からない訳ないよな?分かって当然だな?」


 卑怯なと、勇者一行は歯噛みする。


 これで断れば、勇者はホームランド(ステファニーおばさん)マアム(の真心)から逃げた事になり、人々は彼らに猜疑心を向けるだろう。

 人々の、友情愛情人情信頼が力の糧となる勇者としてはそれは致命的であり、存在意義自体の危機である。


 つまり、勝負を避ける事も、勝負内容の変更は不可能だ。


 「分かった、その勝負乗ろう。でもするのは俺ひとりだけだ。もし俺が利きバタークッキーに失敗しても全責任は俺が負う。そして一旦ここは退くが、もし勝ったら今度こそ真剣勝負だ!」


 え、断って貰って全然いいのに。こんなバカげた事やってられるかって!それで帰って欲しいのに。


 しかしここが落とし所だ。永遠に攻めてくるな何て『契約』をしたら、それこそ全ての魔力が失われ、あっと言う間に犬死だ。

 我は魔王軍最弱…云々言う暇も無いだろう。


 「それでは勝負開始だ!」


 物言いが入る前に魔力を展開する。双方が了承すれば、如何なる者も能力発動中は邪魔ができない。術者のビバーナムでさえ、相手の了承が無ければ契約内容の変更はできないのだから。


 どこからともなく黒子が現れ、机と皿に乗ったバタークッキーを用意して去って行く。


 荒野で向き合った魔王と勇者。その間にはバタークッキー。魔族人類両種族史上初の絵面だ。


 勇者はバタークッキーに向き合った。

 赤と青の小皿に、二枚ずつバタークッキーが置かれている。


 見た目は同じ。危惧していた細工も無いようだ。

 順番に皿を持ち上げて匂いも嗅ぐが、それも違いが分からない。


 「ちなみに、使った材料も環境も同じだ。レシピもステファニーおばさんのものだ」

 「環境?レシピ?まるでステファニーおばさん直伝みたいな言い方だな」

 「くっくっく。その通りだ」

 「はあ⁈」


 手土産持参でイナカー村へ行き、ステファニーおばさんと世間話をしながら、キャッキャウフフしながら焼いたバタークッキーを、真空パックして美味しさはそのままにお届けしているのだ。


 (そんな…魔王を、最大の脅威を、人間領に侵入を許しただと…⁈しかもそれが全く騒ぎになっていない。ステファニーおばさんになにかあれば、俺達の耳に入らない訳が無い。そんな、そんな事が…!)


 勇者一行は戦慄した。

 魔族からの侵攻は、ここ百年落ち着いているとばかり思っていた。


 一体、何を根拠に?


 魔族はこうして、虎視眈々と静かに、着実に人の世界を脅かしているというのに。


 (俺達は、目の前の敵にしか意識がなくて、背後の脅威のことなんて、すっかりおざなりになってて…)


 前進あるのみの精神が、こんな事態になるなんて。


 勇者一行が愕然としている中、ビバーナムは表面上は不敵に笑ったままだ。

内心は勇者一行がなにやらダメージを負っている様だがよく分からないまま、今日が命日は嫌だ、まだ殉職はしたくない、役員報酬貰ってないと膝を抱えていた。


 「後悔するのはあとだ!まずは目の前の敵だ!」

 「…………(やだ急に大きい声出さないでよ、ビックリするじゃない!)」


 勇者はまず、赤い皿のバタークッキーを手に取った。


 「いただきます」


 歯を立てるとさっくりと生地が割れる。ホロホロと崩れると、バターの風味が口内に広がり、ひと噛みふた噛みとすれば、芳醇なバターと小麦の香りに満たされる。


 美味い。


 次に青い皿だ。


 歯を立てるとさっくりと生地が割れる。ホロホロと崩れると、バターの風味が口内に広がり……


 (どっちも美味しいじゃん!)


 勇者は激昂した。


 (え?どっちも美味しいよ?どっちもホームランド(ステファニーおばさん)マアム(の真心)じゃないの?)


 思えば、人生でバタークッキーと真剣に向き合った事があっただろうか。人類の運命をかけて噛み締めたことがあっただろうか。


 ない。つーか普通ない。


 バタークッキーなんてあれば食べるけど、絶対にこれが食べたくて買うって事がない。隣にチョコチップクッキーがあったらそっちを食べる。

 これだけをオヤツに出されたら味気なく感じてしまう。


 (考えるな!雑念はいい。今はバタークッキーから、ステファニーおばさんの優しさを感じる事に集中しろ。人類を美味しいで幸せにしたいって言う優しさを!)


 もぐもぐサクサク……。


 「…とっちもホームランド(ステファニーおばさん)マアム(の真心)って事は」

 「そんな小細工してない事は貴様の魔力で見抜けるのでは?片方は我の手製のバタークッキーだ。どうした勇者?片方は人類の味覚のふるさと、片方は人類の宿敵の手製。判別できない訳がないだろう?」


 ビバーナムの挑発に、勇者は食べきって空になった皿を見下ろした。口拭いた方がいいぞ。


 美味しかったおかわり……じゃない。

 一体どちらがホームランド(ステファニーおばさん)マアム(の真心)か分からない。


 何もかも同じ条件で作られ、しかもステファニーおばさん直伝である。

 難易度なら今までの戦いの中でも最難関だろう。

 さすが魔王だ。


 そもそも、ド田舎ヘンピー村出身の庶民中の庶民である自分は、利きなんちゃらができる舌など持ち合わせていないのだ。

 仲間は由緒正しい貴族の出身なのに。


 勇者は、正義感で動いた自分の行動の浅はかさを後悔した。


 「さあ勇者!答えろ!」


 ぐっと、勇者は魔王を睨んだ。

 魔王の料理の腕を恨んだ。


 仲間達の視線を背中に感じる。

 これは仲間達だけでない、人類皆の期待の視線だ。


 今までの激闘の日々が思い起こされる。


 姫君を攫った亀の魔物を退治し、尻尾で生体エキスを吸収する昆虫型人造魔人を倒し、

先日は四天王をみんなの力で撃破した。


 「うおおおおおおおおおおお!」

 ※バタークッキーの感想を言おうとしています。


 「この赤い皿のバタークッキーが、ホームランド(ステファニーおばさん)マアム(の真心)だあああああ!ごちそうさまでしたあああああああ!」


 勇者は赤い皿をビバーナムへ突き付けた。


 暫しの間、沈黙が流れる。


 勇者一行が、固唾を飲んでビバーナムの反応を待っている。


 無表情なビバーナム。しかし次の瞬間、勇者一行を蔑む様に破願した。


 「残念!青い皿がホームランド(ステファニーおばさん)マアム(の真心)だ!」

 「なっ……!」


 不正だと真っ先に疑ったが、勇者一行の優れた魔力がそれは真実だと告げている。

 ビバーナムとて、不正をすれば自身の魔力が暴発し、比喩でも無く木端微塵となるだろう。


 (良かったあああああああ!助かったあああああああ!ステファニーおばさんにちゃんと教わってきて良かったあああああああ!日頃から節約で自炊してて良かったあああああああ!)


 小さな弟妹の喜ぶ顔見たさで、お菓子作りしてて良かったあああああああ!


 精一杯悪役顔をしながら、ビバーナムの中は歓喜の大嵐が吹き荒れ、それにのまれないように必死になっていた。


 その様子が、勇者一行の恐怖を煽っているなど知らずに。


 「ああ、つまらん。雑魚なりに面白く踊ってくれるかと思ったがこの程度か。もう百年は修行し直してくるんだな」


 ビバーナムが胸の前で掌を交差させる様に合わせると、瞳が翠色に怪しく輝いた。

 すると勇者一行の体は、不可視の力で魔族領の反対へ進んで行く。


 「何だこれ⁈」

 「魔力制御が効かない⁈」

 「これが魔王の力…抗えない!」


 魔力が正常に作動している事にほっとする。

 しかしそれでも、勇者の瞳からは戦意が消える事は無かった。


 「魔王!俺は必ずお前を倒す為に戻ってくる!その時こそ真剣勝負だ!」


 いや、今も命懸けの真剣勝負だったのだが。


 「くっくっく……。気が向いたらな」


 もう来るな。少なくともお前が生きているうちはもう来るな。


 生き残れた事に安堵しながら、ビバーナムは勇者一行の小さな背に手を振った。















 その頃、魔王城。


 おどろおどろしい暗い城内。幹部が集う円卓の間には、邪悪な魔力が満ちていた。

 四天王が集っている。


「まさか生き残るとはな」

「あっさり死ぬと思ってたわ」

「この魔王(仮)候補一覧無駄になったな」



 ビバーナムの実家へ送るはずだった香典をそっと隅に追いやって、三人は話を続ける。


 「どうする。てっきりさっさと死ぬと思ってたから、なーんも考えてなかったぞ」

 「どうしましょ。国民に公表しなきゃいけないの?百年振りの魔王よ。大騒ぎになるわよ」

 「アレを魔王に戴いて人間共と戦えと?アレに魔王軍の指揮が執れると?」


 しいんと、場が静まった。


 面倒な事になった。

 取あえずの繋ぎの代役で据えた魔王が、勇者一行を退散させると言う実績を作ってしまった。


 いや、何とかして欲しいとは思っていたが、でも功績を積まれて魔王の地位を確立されても困る。


 四天王はお互いの顔を見合わせて、ふっと遠くを見やった。




 まあアイツが、なんとかするんじゃね?














 「今回は一時撤退をする事になりましたが、我々に致命的なダメージはありません」

 「いきなり魔王なんて準備が足りなかったのよ。次は体勢を整えて、万全の状態で挑みましょう」

 「俺達がこんな所で立ち止まるわけ無いんだぜ!魔王を倒して人類を守る。その日まで俺達は立ち止まらねー!」


 勇者一行はイナカー村でステファニーおばさんの無事を確認し、再び決意を固めていた。

 ステファニーおばさんが焼いた、バタークッキーを食べながら。


 「ステファニーおばさん、魔王に何かされませんでしたか?」

 「まあまあ、勇者様に心配して貰えるなんて光栄だわ。魔王かどうかは分からないけど、バーナムちゃんはとっても良くしてくれたわよ。一緒にクッキーを作って、とっても楽しかったわ」


 そうでしたかと、勇者はほっとしながら疑問を浮かべる。


 ここまで人間社会に入り込める魔王が、ただバタークッキーを作っただけなんて考えられない。

 しかし、他に工作した形跡は見られない。

 つまり本当に、バタークッキーの作り方を教わりに来ただけだと?


 (ホームランド(ステファニーおばさん)マアム(の真心)と遜色のないバタークッキーを作れるまで?)


 俺に食べさせる為に?


 ドクン。


 魔王の魔力で体が勝手に後退する中、振り返った荒野には手を振る魔王の姿があった。

 見間違いだろう。魔力を振るっていたに違いない。

 笑顔も、醜悪なものだったに違いない。


 初めて感じる甘い鼓動に戸惑いながら、勇者は荒野の向こうに思いを馳せるのだった。








 おどろおどろしい暗い城内。家臣一同が集う玉座の間には、邪悪な魔力が満ちていた。

 四天王が集っている。

 魔王軍の幹部級は悉く集っていた。


 「魔王陛下に忠誠を。魔族に繁栄を」


 玉座の最前で四天王が膝を折り首を垂れる。その後方でもずらっと魔人が控えていた。


 「…………………。」


 玉座に鎮座したビバーナムは、それを真っ白に燃え尽きた状態で眺める。


 (お前の働きを認め、今回は魔王(臨時)としてやる。他に相応しい者が現れるまでな。その時は四天王の末席に加えてやるから安心しろ。それまでは、魔王として座し、勇者と戦える栄誉を与えてやる)


 四天王との会話が何度も何度も脳内で繰り返され、自分で自分のライフポイントを削っていた。それが堂々とした魔王の風格だと周囲に見えていた。


 「………今から入れる保険ってあるかな…」


 こうして百年ぶりの新魔王は即位したのだった。


 頑張れビバーナム。


 平穏な譲位のその日まで、生き残るんだビバーナム。




 ちなみに。魔王軍に殉職手当はない。





                おわり


 


 ここまで読んで下さってありがとうございました。

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