自称前世の記憶がある舎弟が付き纏ってくるんだがお呼びでない
治田、千穂。
私はごく一般的な人間だ。
父はリーマン、母はパート。中学2年生の妹が1人いる。私?私は高校3年生。妹とは年が4つ離れてる。つい最近、飼っていたハムスターが脱走してちょっと寂しかったりする。白川さん……(ハムスターの名前)。
夏生まれの身長158センチ、体重ハムスター10匹分。血液型は輸血に困らないAだ。まあなんというか、普通。特筆すべきことはない只者である。
しかし最近、そんな私にある異常が起きた。
「姉さん!お荷物お持ちしやす!」
自称舎弟の後輩が出来たのである…。
「ハハハ、いらんよ。どうしてもと言うなら、私から奪ってみなさい」
「!ハイッ」
おい止めんか。本当に来るな、お弁当が崩れる。
自称舎弟との出会いは、新入生の歓迎会だった。
生徒会が中心となって行う、内部生視点の学校紹介や部活紹介なんかだ。最初は新入生が体育館に入ると、上級生が出迎えて掃除が大変な紙吹雪を投げつけたりする。私はその係だった。
新入生がノコノコ近づいて来るのを、紙吹雪を持ってスタンバイ。私の他にも9人がニヤついて待機している。新入生は入り口で左右から紙吹雪の歓待を受け、その他の上級生が待ち構える座席の中央を歩き、やっとステージ前の席に着ける、という流れである。
紙吹雪をがっつり掴んで待機していると、ドカドカ足音が近づいて来るのがわかった。まだ少し時間には早いが、このくらいは誤差の範囲内だろう。早く投げたい。
「……」
だいぶ近づいたが、ふと違和感を覚える。あれ?なんか静か過ぎないか?新入生は大体、列を成してはしゃいで喋りながら歩いてくる。そんな油断した彼らに、突然襲いかかる紙吹雪を想定していたこっちとしては、少々拍子抜けである。
とか考えてたら、入り口に掛けられたのれんみたいなのの下から足が見えた。あと1歩踏み出せば、先頭の紙吹雪隊が紙吹雪を投げつける。あ、来た。
「新入生の皆さんの入場です。在校生は、盛大にな拍手をお願いします!」
桜色の紙吹雪が舞うのを合図に、ステージからマイクが聞こえる。わっと挙がる拍手、「入学おめでとう」の声。
「……ぅるせえええぇぇぇえええええ!!」
バキッ
紙吹雪投げ隊の先頭が吹っ飛んだ。体育教師顔負けの大音声。広がる困惑。静まり返る体育館。
えーと。殴った?新入生が?突然のことにどうしたものかと考えていると、紙吹雪隊の女子が悲鳴を挙げた。紙吹雪隊は新入生から逃げようと総崩れになる。私もみんなと一緒に壁際に向かった。
「オレはこのガッコーの頂点に立つ!!文句があるヤツはかかってこい!!」
ど派手な金髪が見えた。着崩した制服に、威嚇するようにジャラつくシルバーのアクセサリー。すごい。絵に描いたような不良像だ。
体育館はざわついてる。大半は本気なのかコイツ、という正気を疑う目をしている。あ、脇に控えていた体育教師達が出てきた。
「オマエなあ……まあ落ち着け。言いたいことは生徒指導室で聞くから」
私のクラスも指導を受けている、中年の体育教師だ。他の教員2人と不良君を囲む形で近づき、やや呆れた顔で腕を伸ばす。その優しいとも言える対応は、教員に聖人性を求めるモンスターペアレントによって育まれたのだろうか。
「うるせえ。テメーらは後だ」
ドッ
不良君は問答無用で体育教師を殴りつけた。躊躇いとか一切ない。みぞおちにきれいに入った拳によって、体育教師は崩れ落ちた。周りの教員達が動揺する。不良君は間髪を入れずに右横の教員に足払いをかけ、倒れる彼を尻目に今度は左横の教員に低い位置からのアッパーカット。うまく脳を揺らして、一瞬で意識を刈り取る。足がくるっと回って、倒れただけだった教員の頭を蹴って気絶させる。あっという間だった。
残った教員はまだ壁際で様子を伺っていたおじいちゃん校長、痩せたおばさん数学教師、新人の若いお姉さん養護教諭だけだった。戦力にはならないだろう。
「次は誰だ!?」
ざわつく体育館。誰も出る気はなさそうだ。
「じゃ、私が出ようかな」
たまたま隣にいた女の子が、エッという顔になる。だって、ほら。このままじゃ長く掛かりそうだろう?女の子にウインクをして、任せて、とつぶやく。
ちなみに私、こういう場の膠着が嫌いだ。ここで固まっててもしょうがないだろう、とにかく打てる手で攻めて、物事を進めないと時間がもったいないとか考えてしまう。ほぼ確実に、新入生歓迎会は後日やり直しになる。準備は無駄になった。なら片付けだけでもとっとと終わらせたい。時間の無駄だ。
私は掴んだままだった紙吹雪を投げた。
「君。入学、おめでとう」
紙吹雪が晴れた時、不良君は口を半開きにしてとこちらを見ていた。私は晴れやかに笑いかける。
「君がどういう経験を積んできたのか知らないが、我が校に番長みたいなものは存在しない。学校の頂点は君で構わないよ。今日から君が初代番長だ」
不良君のこととかどうでもいい。初代番長でもなんでも好きにやってくれ。
笑いながらスタスタ不良君に近づいた。
「あらら。先生方は完全に伸びてしまってるね。初代番長、養護室に運ぶの手伝ってくれないか?」
かがんで足元で倒れていた体育教師を覗き込んだ。
「な」
不良君は何故かぷるぷる震えていた。
「すきあり」
ガツッ
絶好のチャンスだったので、遠慮なく下から手刀で股間を殴ってみた。潰れて女の子になっちゃえ。思わず前かがみになったところに渾身の頭突きをお見舞いする。おでことおでこがゴッツンコだ。地味にいたーい。私は反動で立ち上がっていた。で、今度は後ろに倒れた不良君の股間を、サッカーの下手な女子みたいにつま先で蹴る。男性の急所って言ったらここじゃないか。めりこめっとばかりに全力でいった。もう1つオマケであげちゃうぞ。
不良君は口から泡を吹いて、白目剥いて動かなくなっていた。
私は壁際で固まっていた在校生に目を向ける。
「うん。そこの君達。先生方と初代番長を運ぶの手伝ってくれないか?」
いや、そんな怯えなくていいよ。襲わないから。
「ふむ」
「どうかしやしたか、姉さん」
「いや、君と始めて会った時のことを思い出していた」
「あー……さっせんした。あの時はちょっと、おかしかったんすよ」
「今でも十分おかしいが?どうして初対面で股間をボコってきた人間を尊ぶんだ。君の思考回路が理解できない」
「あははは、ほんと勘弁してくださいっす。姉さんと会ったのが久しぶりなもんで、すぐにわかんなかったんすよ。もうそんなヘマはしやせん」
「いや、だからあれが初対面だ。久しぶりじゃないぞ」
「姉さんは覚えてないかもしれないすけど、前世でお世話になったんすよ。オレがオレである限り、姉さんに着いてくって誓ったんす」
「うーん…君、やはり頭を強く打ちすぎたんだ。すまん。私が手加減しなかったばかりに、こんなことになってしまった」
「ハイ。久しぶりの姉さんの本気、シビレたっす」
不良君は金髪の上に包帯を巻いている。私とお揃いだ。例の頭突きでお互いの額がぱっくり割れたためである。私はそんな不良君を気の毒そうに見た。不良君は私と目が合って嬉しそうにしている。
そう、不良君はあの後養護室に運ばれた。私も額から血が流れていることで親を呼ばれ、病院に向かった。翌日親同伴で生徒指導室へ。なんとも言えない顔の校長先生、体育教師、担任の先生、学年主任と対談し、反省文の提出と、1ヶ月、毎朝の校内清掃をすることになった。不良君の怪我については向こうの親御さんが不問としたそうだ。その日はそれだけで終わった。
問題は次の日。不良君が校門前で待ち伏せしていた。しかし今度は私も催涙スプレーを持っている。周りには他の生徒もいるが、一応血を流すことなく事を納められるだろうと思って挨拶すると、土下座された。舎弟にしてくれ、だそうだ。意味がわからない。理由を尋ねると、前世がどうこう言ってくる。キッパリ断ったのだが、付きまとってくるようになった。
「姉さん、今日お昼ご一緒してもいっすか?」
「ハッハッハ、ダメだ。君がいるとクラスメイトが緊張する」
「そんな…!お願いしやす、ちょっとでもご一緒したいんす」
「同じことを2度も言わせないでくれ」
「ハイッすいませんありがとうございます!」
割と冷たく言ったつもりだったんだが……ありがとうございます?
私はその辺にいる普通の女子高生だったというのに、どうしてこんなことになったのか……。
「姉さん!お荷物お持ちしやす!」
「やあ、放課後も元気そうでなにより」
「まじ元気あり余ってるんで、お荷物お持ちしやす!」
「その有り余る元気、鞄持ちより、部活で発散するといいよ。新入生は部活見学の時期だろう?」
「姉さんは何部っすか」
「書道部だよ。興味ある?」
「……っす。姉さんと一緒にいられんなら……」
「大変興味の薄そうなお返事だ。私も君は運動部系統の方が合ってると思う」
…………
………
……
細かい事は気にしない、学校イチ風変わりな彼女と、
学校の頂点を目指していた、前世の記憶があると言う波な彼の、青春の始まり。