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「夏の夜空に咲く花の絵」 8 女神の加護

『あなた、もしかして私の目の前にいるものが見えるの?』


水穂(みずほ)が驚きを孕んだ表情を浮かべながら、千慧(ちひろ)に視線を向けた。


『見えるよ?普通でしょ?』


千慧が不思議に思い尋ねてみると、水穂は押し黙ったまま地面に視線を向けている。


何かを考え込んでいるようだった。



『……千慧は、『視ること』ができるから、こちら側のものに遭遇しやすい性質を持っているのね。

『深淵を覗いている時、深淵もこちらを覗いている』____視ることができる人は、それだけ引きずり込まれやすいの。気をつけなさい。』

『えっと……』


千慧は、水穂のいうことの意味が分からず狼狽えることしかできなかった。

ただ、あまりにも彼女の目が真剣だったから、千慧はしばらく経った後に首を縦に振った。





当時は意味が分からなくて、彼女の言葉にただ頷くことしかできなかったが、歳を重ねるにつれ段々と理解できるようになっていった。


この神社に訪れているときや、神社の神様が守護すると言われている家周辺では特に何もなかった。

しかし、一歩でもその外に出ると、時々変なモノを見ることがあった。


大体は黒い影のようなモノだったが、たまに実体を持って見えるモノもいた。


それは動物の時もあれば、人の姿をとっていることもあった。

世の中には存在しないものだろうと、一見してわかるような不思議な形状のものも見た。

そして、残念なことに見ていて良い気のするものではなかった。



ある夏の暑い日に、神社の境内で水穂に相談したことがある。


『私の見ている世界は、どこか他人と違う気がする』、と。


彼女はキョトンとして『今更?』と言った。

きっと、私がそういう体質であることはわかっていたのだろう。



相談を持ちかけた私に、彼女はこう教えてくれた。



『影のようなものは、魂だけの純粋に近い存在だから、特に気にする必要はないわ。こちらが何もしなければ、ただそこに留まっているだけだから。でも____』


そこで一度、言葉を切った。真っ直ぐ先を見据えた彼女の瞳に、翳りがあるような気がした。



『形を持っているものは、絶対に目を合わせてはいけないわ。こちらが“視える“ということを悟られてもご法度。__彼らは、生に執着した存在だから。』


『生に、執着……』


『ええ。全部が全部そうとは限らないけれど、あなたの目に恐ろしく映っているものは、生に執着している。だから、あなたから奪おうとするでしょうね』


水穂の言葉に、心臓が驚くほど大きく跳ねた。夏なのに、自分たちの周囲だけ温度が下がっていくように感じられた。



『……何を』

声を絞り出して、尋ねるのが精一杯だった。



『千尋も、もうわかっているでしょう。それでも聞くのね』


私は、ただ壊れた機械のようにゆっくりと上下に頭を揺り動かした。

それを合図に、彼女は小ぶりで瑞々しい唇を動かし、ありのままの事実を告げた。



『命、よ。あなたの魂を、彼らは狙っているの。だから、彼らには極力近づかず、絶対に視線を向けては駄目よ。わかった?』


水穂の声に力がこもっていることが感じられ、千慧は身が引き締まる思いがした。


『わ、わかった。気をつけます』

何度も頷きながらそう告げると、水穂は張り詰めた雰囲気を緩めるように、少しだけ口角をあげた。


『神と深い縁を持つ私がいる間は、あちらが怖がって近寄ってこないから大丈夫よ。

それ以外の場所には________』


そこで話を切り、スカートのポケットに手を入れた。

何が出てくるのだろう、と思いながら様子を見守っていると、掌を握りしめた形でその手をポケットから出した。


『これを持っているといいわ。』


そう言って、彼女はこちらに手を差し出した。

覗き込んでみると、その上にはネックレスが載せられていた。

中心には、紺青色の石がキラキラと輝いている。

一目見ただけで、それが大変価値のあるものだという事はすぐにわかった。


千慧がどうすれば良いかわからないで呆然としていると、水穂は小さく笑って話し始めた。


『その石には、水の神の加護が付されているの。

水は、不浄なものを浄化する作用を持っていると言われているから、絶対にあなたを守ってくれる。』


『こんな高価そうなもの貰ってもいいの?』


『千慧は人がいいわね。

あげると言っているのだから、何も言わずに受け取って仕舞えばいいのに。

でも、それがあなたの魅力でもあるわ。そのまま、真っ直ぐに生きなさい。』



水穂は千慧を真っ直ぐ見つめながら微笑んだ。彼女の表情と言葉に、思わず笑みが溢れる。



『なっちゃんはいつも私を見守りながら、手を引いて導いてくれるよね。ありがとう。

なっちゃんのお言葉に甘えて、これは肌身離さず身につけるようにする!』


『ええ。そうしてちょうだい』


そう口にしながら、水穂は思わず見惚れてしまうほど美しい笑みを浮かべた。


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