「夏の夜空に咲く花の絵」 4 遊戯の準備
その出会い以来、千慧は毎年夏になると『なっちゃん』と神社の境内で遊ぶことが恒例になった。
何度も顔を合わせて遊んでいる内に、段々と彼女の態度が柔らかくなっていくのがわかって、千慧は嬉しかったことを覚えている。
そして、初めて会ってから何度目かの夏に彼女の名前が『水穂』であることを教えてくれた。
しかし、長年『なっちゃん』と呼んでいた癖がどうにも抜けず、そのまま呼ばせてもらうことにしている。
そのため、出会った頃より大人に近い年齢となった今でも彼女を『なっちゃん』と呼んでいるのだ。
こうして彼女と遊ぶようになって久しいが、いつを思い出しても、私は笑顔でいた気がする。
それほどに、彼女と一緒に遊ぶのは楽しかった。
思い出しながら楽しくなってしまった私は、口角が知らず知らずのうちに上がっていたらしく、不思議そうな顔をしたなっちゃんに「大丈夫?」と心配されてしまった。
私が大丈夫だと伝えると、彼女は小さく微笑んだ。
「ちょっと早いかもしれないけど、必要なものが全部揃っているか確認しましょう」
水穂の提案に、千慧は頷き肯定の意を示す。
「じゃあ、行こうか」
千慧の言葉を合図にどちらからともなく歩み始め、二人並んで目的地へと向かった。
*
千慧と水穂が向かった先は、境内の端に設けられた社務所の一室。
今年最初の“遊び“に必要な道具が置かれている。
畳の上に大量に並べられているのは、手持ち花火。
私たちは夏に神社の境内に集合し、夏ならではの遊びをすることを毎年の恒例行事としている。
もうずっと前からの恒例行事になっているため、いつからこの行事を始めたのか、どうして始めることになったのかは、残念ながら覚えていなかった。
各年の一番最初の遊びについては、毎年夏休み最後の日、つまり八月三十一日には必ず神社の境内に集合し、遊びを決定してから別れる。
今年水穂とともに遊ぶのは初めてだったが、去年の八月三十一日に『来年は一番最初に花火をしよう』と約束していたので、水穂が花火を用意してくれたのだ。
もちろん、毎年彼女に用意してもらっているわけではなく、二人で順番に必要なものを用意している。
ちなみに、なぜ今年になってから決めないのかと言うと、彼女とは夏にしか会うことができないから。
理由はわからないが、他の季節に神社に足を運んでも、水穂と遭遇することはない。
それが、夏になると絶対に会うことがきるようになるのだから不思議だと思ってはいるが、その理由については大方予想がついている。
きっと彼女は普段別の地域に住んでおり、夏の休暇期間にだけこちらに来ているのだろう。
そうすれば普段会えない理由にも、季節限定の理由にも辻褄が合う。
「一応、大きいのを5つほど用意したのだけれど、足りそう?」
少し不安そうに水穂が千慧を見た。
「全然心配ないよ!というか、むしろ二人でやるのには多いくらい」
「あら、ごめんなさい。まだ慣れなくって、たまに量を間違えてしまうの」
千慧は内心、水穂が何について慣れないと言っているのか気になったが、『二人で遊ぶことか』と合点がいき、特に突っ込むことはしなかった。
きっと、彼女は複数人と遊ぶことが多いのだろう。
もしくは、一人でいることの方が多いということなのかもしれない。
「ところで千慧、あなた荷物が多いようだけれど、何を持ってきたの?」
水穂に声をかけられたところで、自分が手に持っていた荷物のことを思い出した。
「忘れてた!花火は去年なっちゃんが用意してくれるって話だったから、私はその間に楽しめる別のものを用意してきたの」
「別のもの……?」
水穂は不思議そうに千慧の手元の手提げ袋を見つめている。
「本当は後で出そうと思ってたんだけど、なっちゃんも気になってそうだし、今ここで出しちゃうね」
そう言って、私は袋の中をゴソゴソと漁り始めた。