「水面に浮かぶ大輪の花の絵」 16 終焉の合図
そこには、水穂同様に眉目秀麗な男女が二人、木陰に佇んでいた。
オーラも含め、お互いがお互いの美しさを際立たせるような、そんなお似合いの組み合わせに、思わず見つめてしまう。
彼らは千慧の視線を感じ取ると、同じように千慧に視線を向け、ふっと微笑んだ。その慈愛に満ちた笑みを、千慧は遠い過去に見たことがあるような気がした。
「今の人、どこかで……」
口について出た千慧の言葉に、水穂が目を見開いた。
『まさか』
声にして発することはなかったが、水穂の唇の動きは、確かに“まさか“という言葉を示していた。
そのまま沈黙してしまった水穂に、千慧はどんな言葉をかけていいか分からず、黙っているしかなかった。
暫くの後、水穂が顔を上げた。
「ごめんなさいね。ここに居るはずのない、本来であれば居てはいけない存在を見かけて、少し動揺してしまったの。もう大丈夫よ」
普段の調子を取り戻したことが分かった千慧は、安堵の息を吐いた。
「そっか、なっちゃんが大丈夫ならよかった」
「ありがとう。それじゃあ、戻りましょうか」
そう言った水穂の白く細い指に、黒い蝶が止まった。
水穂の周囲にはよく蝶がいるが、彼女の持つ浮世離れした独特な雰囲気とよく合っている。
彼女と蝶のコラボレーションに目を奪われていた千慧は、あることに気がついた。
『あれ……?いつも見る蝶じゃない……?』
神社の境内で水穂と会う時に千慧がよく見かけるのは、黒に映える水色が美しい蝶だった。全身が黒い蝶といるところは、見た記憶がない。
千慧が内心首を傾げていると、その蝶に視線を落とした水穂が、ふっと微笑んだ。
と思うと、指の上で翅を休める蝶に向かって、ふーっと優しく息を吹きかけた。
その瞬間、蝶が霧散し、代わりに出現した夥しい数の黒い紙吹雪によって、千慧の視界が奪われた。
咄嗟に腕で顔を覆った千慧が悲鳴を上げる。
「何これ……!!」
凄まじい風と紙吹雪が舞う音で、視覚も聴覚も役に立たなくなった。
水穂は大丈夫かと千慧は心配したが、自身の腕と腕の隙間から見た彼女は、平然とそこに立っていた。
「ごめんなさいね、千慧。この夜の記憶を持ったまま彼方の世界に返すことができなくて」
水穂は懺悔の言葉を紡ぐが、千慧には届かない。喋っていることにすら気が付かなかった。
時間の経過とともに、黒い紙吹雪が千慧の身体に張り付き、積もっていく。
『溺れそう……!!』
段々と薄れていく意識の中で、千慧は懸命に争った。
しかし、自身の意に反して瞼はどんどん降りていく。
『なっちゃん!!!』
自分でも無意識のうちに、千慧は親友に向かって手を伸ばした。
凄まじい風と黒い紙吹雪の中で、縋るかのように。
______もう意識が落ちる。
そう思った千慧の手に、柔らかく、冷んやりとしたものが触れた。
それに触れた瞬間、千慧は安心感に包まれながら、意識を手放した。