「夏の夜空に咲く花の絵」 3 少女たちの出会い
木々の間を抜けると、千慧の目の前には、ひっそりとした自然の中で寂しげに立つ鳥居と、広い空間が現れた。
正面には、木造で簡素な、しかしひどく品の良い社殿が構えている。
そしてその縁側に、千慧以外の者の姿を見出した。
少女は、ただそこに座っているだけであった。
にも関わらず、千慧は一目見た瞬間、呼吸を忘れた。
『本当にきれいなものを見たら、そこからはなれられなくなっちゃうんだ。』
そんな感想を幼心に抱くほどに、少女は美しかった。
長く艶やかな黒髪は、彼女の纏っている白のワンピースによく合っていた。白が黒を、黒が白をより一層際立てて見せている。
数分間微動だにせずただ佇んでる千慧を不思議に思ったのか、俯いていた顔を真っ直ぐ千慧へと向けた。
そこで初めて、少女の瞳が柘榴のように赤いことに気がついた。
『なんてきれいなんだろう。』
先程あんなに驚いたというのに、それと同じ程度でまた驚かされた。
千慧は、ただその場で立ちすくんでいることしかできなかった。
その間も、赤い瞳の少女は千慧に視線を向けている。
しばらくは、静寂が辺りに流れた。
千慧も少女も、ひたすらに互いの視線を交差させるという、なんとも不思議な時間だった。
風が吹き、鬱蒼と生い茂る木々がざわめく。
刻一刻と変わっていく自然とは対照的に、二人の少女は停止したまま微動だにしなかった。
どうすれば良いか分からず泣き出しそうになっていた時、どこかへいってしまったと思っていた蝶がどこからともなく現れ、千慧の横を通り過ぎていった。
ふわふわと飛ぶ姿はどこか不安定で所在なさげなのに、真っ直ぐと迷うことなく前に進んでいった。
そして、座っている少女の白く繊細な指の先に止まったかと思うと、そのまま羽根を閉じた。
彼女は何も言わずに、指先の蝶を見つめている。
必死になって蝶を追いかけていた時は気がつかなかったが、その羽根は真っ黒ではなく、中心に向かって青みがかっていた。
その姿は、いつか絵本で見た宝石のようだ。
儚げに見える蝶は、赤い瞳の少女の持ち合わせる雰囲気とよく調和しており、陶器でできた芸術品なのではないかとさえ思わせる。
そこで、ある考えが千慧の脳を支配した。
『せっかく出会えたから、お友達になりたい。』
胸に出て湧いた気持ちを抑えることはできず、逡巡したのちに意を決して話しかけてみることにした。
「あなた、このちかくにすんでるの?」
千慧が女の子に問いかけると、蝶に向けていた視線をゆったりとこちらへ向けた。
くりくりとした大きな瞳が、まっすぐ千慧をとらえ、その姿を瞳に映し出す。
「そう」
その口から発せられた言葉は端的で素っ気ないものであったが、千慧は反応を返してくれたことが嬉しくて、女の子に近づいていった。
「そうなんだ!わたしは千慧っていうの!!あなたのおなまえは?」
「……内緒」
「ないしょ?そっか……。それなら、『なっちゃん』ってよんでいい?」
「…………まさかそう返されるなんて思ってもみなかったわ。やっぱり、子どもって面白いのね。私の本当の名前とは全く違うけれど……貴方が呼びやすいのであれば、そう呼んでくれて構わないわ。」
千慧にはあまり彼女の発した言葉の意味が理解できなかったが、それでも彼女の表情がほんの少しだけでも柔らかくなったように感じて、何だかとても嬉しかった。
「うん!!!ありがとう、なっちゃん!!!!これからよろしくね」
そう言いながら彼女に向かって飛びつくと、少し驚いたような表情を浮かべて千慧の顔を見つめたが、ため息をついてから千慧を抱きしめ返した。