「水面に浮かぶ大輪の花の絵」 12 金魚との対峙
最初に、千慧はプールの様子を確認した。
比較的動きが遅く、身体が小さい子を探す。正直、そういった金魚は弱っている可能性が高いのだが、それでも元気で俊敏な動きを見せる金魚よりは捕獲しやすい。
『この子ならいけそう』
プールの端の方でゆったりと泳いでいる金魚に狙いを定め、千慧は水面ギリギリまでポイを進ませた。
屋台の電気に照らされた水面に影ができても、その金魚はみじろぎ一つしなかった。
そして少しの間、千慧は動きを止める。
タイミングを見計らうのと、ポイを水中に入れてから金魚を掬い上げるまでの流れを何度か頭の中で思い描く。
『全然動かないな』
狙っている金魚を観察しているが、先ほどから同じ場所に留まり、ヒレを動かしている。
ここまで動かないのであれば、あとは自分の好きなタイミングで掬いに行っても大丈夫だろう。
そう判断した千慧は、狙い定めた金魚の前をもう一匹の金魚が通るタイミングを見計らって、ポイを斜めにしながら水面へと侵入させた。
破れないように、そして少しでも強い箇所で金魚を持ち上げられるように、なるべく端の方だけ入れるように配慮をしながら。
すると千慧の思い描いた通り、二匹の金魚がポイの上にのった。
それを逃さないように、手早く左手の器で出迎える。
ピシャン、パシャン
小さな水音が鳴ったと同時に、掬った金魚たちが器の中に入った____
と思ったのだが。
「あれ、一匹しかいない」
水が入った手元の器を覗き込みながら、千慧は思わず呟いた。
何事もなかったかのように泳いでいる金魚は、特徴からして最初に目をつけた金魚だろう。
首を傾げる千慧を見て、水穂が口を開いた。
「ポイを水面に入れて掬うところまではちゃんと二匹いたわよ。ただ、器へと導く過程で、元気に泳いでいた一匹がポイを突き破って逃げたの。ほら」
水穂が千慧の手元を指差す。
その指先に従って千慧が視線を下げると、そこには水に濡れて大きく破れたポイがあった。
「ありゃ、最後の最後に欲張った結果かなあ」
「それでも、一匹掬えているわ。凄いわね、千慧」
水穂に褒められ、千慧は自分が上機嫌になるのを感じた。
「ありがとう!次、なっちゃんの番だよ。頑張って!」
「ええ」
千慧が応援の意味を込めてガッツポーズを作ってみせると、水穂の表情が少し緩んだ気がした。
水穂は姿勢良く膝を折ると、静かに視線を金魚へとむけた。
千慧と同じく狙う金魚を定めようとしているのだろうが、その視線は一点で止まっている。
千慧の時と同様、すでにどの子を狙うのか見当をつけているのだろうか。
そんな想像をしながら、千慧は水穂の様子を見守っていた。