「水面に浮かぶ大輪の花の絵」 11 闘いの準備
「こっちよ」
水穂に浴衣の袖を引かれるがまま数メートル移動した先には、確かに“金魚掬い“と大きく書かれた屋台があり、暖簾の下のミニプールでは無数の金魚が泳いでいた。
「なんだかんだ言って、金魚掬いやるのは久しぶりかも。なっちゃんはやったことある?」
「無いわ。“金魚掬い“という名を冠しているのだから、内容は予想できるのだけれど……」
そこで言葉を切った水穂は、少し不思議そうに水色のミニプールの中を覗き込んだ。
彼女の視線の先には、黒や橙といった色の金魚が自由に泳ぎ回っている。
どうやら水穂は金魚掬いのことをちゃんとは知らないようだったので、それなら手本を見せよう、と千慧は意気込んだ。
「私が先にやってみせるね。すみません、二人分お願いしたいんですけど、料金はいくらですか?」
千慧がプールを挟んで座っていた狐面の男性__この屋台の店主だろう__に声をかけると、一度首を横に振ってから、ポイと器のセットを二つ手渡してくれた。
お金はいいのかな、と千慧が首を傾げていると、水穂が口を開いた。
「ああ、料金のことは気にしないで。私と千慧は全て無料でできるから」
水穂の発言に、千慧は目を剥いた。
「無料!?大丈夫なの?」
千慧のリアクションが面白かったのか、水穂がふふっと笑う。
「ええ。主催は私ですもの。心配しなくても、あとで上手くやるから大丈夫よ」
「そ、そっか……」
千慧は手元の金魚掬いセットを見つめながら、『なっちゃんが言うなら大丈夫だよね』と自分に言い聞かせた。
気を取り直して、横にいる水穂に金魚掬いセットを差し出す。
「はい、一つはなっちゃんの分だよ」
「ありがとう」
受け取った水穂が、金魚掬いセット__特にポイを右手で翳すように持ったと思うと、まじまじと見つめた。
「……なるほど、理解したわ。この和紙が張られているもので金魚を掬って、器に入れるってことね」
「その通りだよ!流石なっちゃん!もしかしたらもう必要ないかもしれないけど、一応、お手本として私が先にやってみせるね」
腕まくりをしつつ、千慧は臨戦体制に入った。
腰を折り、ミニプールの縁に少しだけ膝が触れるくらいまで近づいてから、ポイをしっかりと利き手で持った。
「じゃあ、やりたいと思います!!」
元気よく宣言した千慧だったが、金魚と千慧を隔てるかのように、スッと白い腕が割って入った。
「待って千慧。袖が水溜まりの中に入りそうだわ。気をつけて」
「あ、ありがとう」
水穂の指摘に、千慧は慌てて浴衣の袖を太ももの上にまとめて仕舞い込んだ。
「よし、これで大丈夫。行きます!」
喧騒の中で一際大きな声を響かせ、戦いの火蓋が切って落とされた。