「水面に浮かぶ大輪の花の絵」 8 水面に浮かぶ大輪の花の絵
社務所から渡り廊下を通り抜け、拝殿へと戻ってきた。
先ほどスイカ割りをしていた時よりも、大分境内が暗くなっている。
蜩の物悲しい鳴き声に、山へと戻った鴉の鳴き声が混ざり、耳に届いた。
ドタドタと木の板の上を響かせながら進むと、千慧の手を引いていた水穂の足が止まり、くるりと後ろを振り向いた。
「千慧に見せたかったのは、この絵なの」
水穂の前には、一つの額縁があった。
簡素な木造の拝殿の中にひっそりと飾られているその額の中には、湖上に浮かぶ花火の絵が飾られていた。
空に向かって開く光の花が、夜空と同じ色に染まった湖一面に映っている華やかさと迫力に、千慧は目を奪われた。
「うわあ……素敵な絵……」
思わず感嘆の声を漏らした千慧を見た水穂が、くすりと笑った。
「今回は、打ち上げ花火の絵にしてみたの」
水穂に話かけられて我に返った千慧だったが、少し気になることがあった。
「今回は……?この拝殿、普段から写真が飾ってあるんだっけ?」
千慧が聞き返すと、一瞬だけ水穂が寂しそうな表情を浮かべたように見えた。
「言葉のあやよ。忘れてちょうだい。それよりも、素敵な絵だと思わない?」
「え、あ、そうだね。本当に綺麗な絵……!思わず魅入っちゃった!私、毎年家族と花火大会に行くのが恒例行事だから打ち上げ花火は見慣れているはずなのに、またすぐにでも見たくなったよ!」
千慧の言葉を聞いた水穂の口角が上がっていく。
いつにも増して妖艶な笑みを浮かべた彼女は、こう言った。
「それはよかったわ。こちらとしても用意をした甲斐があったというもの。それじゃあ、いきましょうか」
「えっ?」
どこに行くの____
水穂の発言の意図が分からず、千慧は聞き返そうと思ったが、疑問を口にすることは叶わなかった。
瑞穂が手を差し出してきたかと思うと、浴衣に描かれた金魚が一匹、また一匹と空中へ飛び出す。
と思えば、どこからともなく出現した水柱の中に姿を消していった。
幻想的で美しいが、現実離れしている光景。
千慧は今自身が目にしているものが信じられず、ただ茫然と立ちすくんでいたが、いつの間にか手を握っていた水穂が、繋いだままの手を彼女の顔前へと持っていったところで、やっと動けるようになった。
千慧が水穂に視線を送ると、彼女は安心させるかのように優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫。全部、夢だと思えばいいわ。貴方はただそれを楽しめば良いだけ。____準備もできたことだから、一緒にいきましょう」
言うが早いか、水穂が身体を反転させながら千慧の手をぐいと引っ張った。
「わあ!」
不意打ちを喰らった千慧は、水穂の手に引かれるがままの方向へと身体を投げ出した。
二人の少女の姿が、水柱の中へと消え去る。
そして何事もなかったかのように水柱も霧散した。