「水面に浮かぶ大輪の花の絵」 4 遊戯の顛末
「そこ!!」
水穂の力強く芯のある声が耳元でしたと思った瞬間、千慧は思いっきり棒を振り上げて、重力に任せたまま振り下ろした。
が、棒に何かが当たったような感覚が一向に来ない。
千慧は不思議に思って首を傾げていると、水穂の足音が近づいてきた。
「もういいわよ」
言いながら、水穂は千慧がしている目隠しの結び目を解いた。
はらりと目隠しの布が落ちると、千慧の目に入ったのは、中央から亀裂が入り、まるで刃物で丁寧に切り分けられたように赤い身を見せているスイカだった。
「えっ、なっちゃんこれどう言うこと!?私の振った棒何にも当たった感触なかったよ!?っていうか、なっちゃんスイカ割りまだしてないよ!?良かったの!!!?」
混乱する千慧とは対照的に、水穂は千慧に「落ち着いて」と言いながら、クスクスと上品に笑った。
「言っておくけれど、私は何もしていないわよ?ただ千慧に舞ってもらっていただけ。貴方は棒は当たらなかったと言ったけれど、私にはしっかりと芯に入ったように見えたわ。それと、私は元から指示役を楽しませてもらうつもりだったから、大丈夫よ。お陰様で十分楽しんだわ」
そう言った水穂は本当に楽しそうで、彼女の様子を見た千慧は次第に落ち着きを取り戻した。
「____そっか、なっちゃんが、そう言うなら」
まだ腑に落ちないこともあったが、千慧はひとまず飲み込むことにした。
「ええ、そうよ。さあ、スイカも割れたことだし、早く食べてしまいましょう」
「そうだね、食べよっか!」
不思議とスイカの汁ひとつ飛び散っていないブルーシートや綺麗なままの棒を片付けてから、スイカを大きなお皿に移して社務所の一角へ移動した。
*
クーラーの効いた社務所は、汗ばんでいた千慧の身体を瞬時に冷やしてくれた。
「うわー涼しいね!!なっちゃんがつけておいてくれたの?」
千慧が振り返りながら水穂に問うと、彼女は何も言わずに赤い瞳を細めて微笑んだ。
その笑みが意図するのは否定か肯定か千慧にはわからなかったが、「ありがとう」とお礼を述べた。
「さあ、早くスイカを机に置きなさいな。重いでしょう?」
「重さは大丈夫だけど、落としたりしたら嫌だから置いちゃうね。この机に置いちゃって良い?」
「ええ、問題ないわ。私は座布団を出してくるから、千慧は少しそこで待っていて」
「了解!ありがとう」
千慧がお皿を置くと同時に、視界から水穂の姿が見えなくなる。
社務所の出入り口の扉から出ていく彼女の黒の浴衣の上の赤い金魚が、千慧の目には一瞬彼岸花のように見えた気がした。