第二話「水面に浮かぶ大輪の花の絵」 1 夏の夕方の約束
カナカナカナカナカナ…………とヒグラシの悲しい音色が響く夏の夕方、千慧の姿は家の近くの神社の中にあった。
相変わらず急な階段を、少し息を切らしながら上り切ると、千慧の頬を涼やかな風が掠めた。
心地よい風に、千慧は少しの間瞳を閉じた。
ざわざわと木の葉が身を寄せ合う音の間に、蝉の鳴き声が混ざっている。
自然が奏でる音に耳を澄ませながら、束の間の涼を感じていると、近くに何かの気配を感じたような気がした。
その気配に、ようやく千慧が瞼を上げると、目の前には見慣れた少女の姿があった。
「あれ、なっちゃんだ!いつの間に……」
目を閉じる前にはいなかったなっちゃん__本名は水穂という__の姿が突然現れたことに驚きながら話しかけると、彼女はクスクスと上品に笑った。
「上から千慧が階段を昇ってくる姿が見えたから、すぐに私のところまで来るかと思っていたのに、一向に姿を見せないんだもの。少し心配になったから、こうしてお迎えに来たのよ」
「お迎えに来てくれてありがとう!ごめんね、心配かけちゃって」
「いいのよ。気にしないで。__それよりお願いした通りに髪の毛、お団子にまとめて来てくれたのね。ありがとう。とても似合っているわ」
「ありがとう!そう言うなっちゃんもとても素敵だよ……!思わず見惚れちゃうくらい綺麗」
千慧はただポニーテールを三つ編みにして丸めただけだったが、水穂は左右を編み込んだ上でお団子にまとめていた。普段長く艶やかな黒髪を下ろしている姿しか見ていないので、またいつもとは違う水穂の艶めかしい雰囲気に、千慧は知らず知らずのうちにドキドキしていた。
今回二人で髪型を揃えたのは、水穂のいう通り、以前遊んだ際に、彼女からお願いされたからだ。
『次に会うときは、お団子にしてみない?』と。
普段千慧はハーフアップにしている一方で、水穂は見るたびその艶やかな美しい黒髪を下ろしていた。なので、同じ髪型になることはほぼない。
そんな中、“お揃いの髪型にしよう“なんてお誘いを受けたら頷いてしまうだろう。
こうした経緯で、今日千慧と水穂は同じ髪型__厳密には違うが__をしているのだった。
ただ、どうして水穂が同じ髪型にしようと提案したかは、今のいままで千慧にはわかっていない。
一度尋ねてみたものの、美しく妖艶とも言える笑みではぐらかされてしまったので、もう千慧から理由を尋ねることはないだろう。
千慧が水穂に見惚れていると、彼女が不意に視線を外へと逸らした。
「……もう、わかったから。全く……。千慧といると調子が狂ってしまうわね」
そう言って笑った水穂の頬は、夕日に照らされているから、普段よりも色づいていた。
「さあ、行きましょう千慧。早くしないと日が暮れてしまうわ」
「そうだね。早く準備しなくちゃ!」
千慧は返事を口にしつつ差し出された水穂の手を取り、木々に覆われた境内へと足を進めた。