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「夏の夜空に咲く花の絵」 14 記憶の底に



『ち__ろ、おき__、千慧(ちひろ)、起きてちょうだい』



誰かの優しい声が遠くで聞こえた。

その声はだんだん近く、明瞭になっていく。


「千慧」



名前を呼ばれたと認識した時、千慧はバッと勢いよく目を開いた。


視界に映ったのは、水穂(みずほ)の整った顔と、拝殿に備え付けられた障子だった。


「____あれ?私今まで何してたんだっけ」


そう呟いてから、千慧はふわふわとした感覚から次第に意識が明瞭になって行くのを感じた。


横を向くと、相変わらず綺麗な、それでいて少し妖艶さを感じる微笑を浮かべた水穂の姿があった。



「あなたと私の間を見たら、わからないかしら。」



彼女の視線の先に目を向けると、器の底に少しだけ水が溜まったかき氷が置かれている。



そうだ、思い出した。


結局雨で花火ができなかったから、せめて夏らしい経験をしようということで、水穂がわざわざ用意してくれたのだった。


何故忘れてしまっていたのだろうか。


「変なこと言ってごめん!なっちゃんが用意してくれたんだよね。

ついさっき持ってきてくれたこと、ちゃんと思い出したよ。」



謝る千尋を、水穂はしばらく無言で見つめた後、小さくて形の良い唇が弧を描いた。



「そういうこともあるわ。さあ、これ以上溶けてしまわないうちに食べましょう。」


言い終わるや否や、彼女は器とスプーンを持って食べ始めた。


シャリシャリという音が千慧の耳まで届く。

その涼しげな音に堪らなくなった千慧は、水穂に倣うようにかき氷を口へと運ぶ。


「ん〜!!やっぱり夏はかき氷だね!!!」



あまり見かけないミカン味のシロップがかかったかき氷は、舌の上で溶け、氷の冷たさとシロップの甘さとが、暑さで疲労が溜まっていた体に染み渡っていく。


一口一口を美味しくて堪らないという表情で食べる千慧を、水穂は横目でチラリと見た。

口元には、愛しい我が子を見守るような、優しい笑みが浮かんでいる。



その後しばらく降り頻る雨を見ながらかき氷を食べ、二人で後片付けを済ませた。


すっかり暗くなってしまい、心配した水穂に付き添われて神社の出口へと向かった。


蜩が哀しげに啼く声が辺りに響いている。

ふとある言葉を思い立ち、隣を歩く水穂に話しかけた。


「ねえ、なっちゃん」

「どうしたの?」

「またやろうね、花火」


千慧の言葉に、水穂が一瞬驚きの表情を浮かべたような気がした。

しばらく無言の時間が流れる。


何かまずいことでも言ってしまっただろうか、と千慧がソワソワしていると、水穂がふっと微笑んで口を開いた。



「____ええ。もちろん」



その時の笑顔は灯された灯籠に照らし出され、千慧にはとても眩しく感じられた。


神社の出口にたどり着き、千慧は水穂へのお礼を口にする。



「今日は本当にありがとう。目と鼻の先だから、ここまでで大丈夫だよ」


「こちらこそ感謝しているわ。この時間帯は色んなモノが入り混じるから、くれぐれも気をつけて。

________今年も、たくさん遊びましょうね」


「うん!またね!」



また遊ぶ約束を交わした千慧は、水穂に見送られつつ帰宅の途についた。



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