「夏の夜空に咲く花の絵」 13 線香花火と終幕
それからは、ひたすら二人で明るい火の花を咲かせた。
橙や青、白、緑と、色とりどりの火が空間を彩る。
ときには両手に花火を持ち、その手でハートを描いたり、リボンのようにクルクルと回して遊んだり。
千慧が新しい花火の動きを見せるたび、水穂は楽しそうに目を細め、千慧と同じ動きを試みる。
あっという間に時は過ぎ、残すは線香花火のみとなっていた。
「この花火、他のものと全くもって形状が違うけれど、どこに火を点けるのかしら」
水穂は白く端正な指で線香花火をつまみ上げ、上下左右様々な角度から眺めている。
「線香花火はひらひらしている方を上にして、下の細長い部分に火をつけるんだよ。」
説明しながら、千慧は正しい持ち方を実演する。水穂も千慧に倣い、上の薄い和紙の部分を摘んで持つ。
「じゃあ、一緒に点けようか。線香花火は火の玉が落ちやすいから、揺らさないように慎重にね」
「わかったわ」
水穂の返事を合図に、二人同時に蝋燭の火に先端を投じた。
あっという間に火に包まれながら、くるりと丸まった先端は、やがて灼熱の球形へと変貌した。
ジーッという音を立てていた火の玉は、やがてパチッパシュッと音を立てながら火花を散らし始めた。
最初は大人しかった火花は時を経るにつれて次第に激しさを増し、夏の夜を彩った。
満開に咲き誇るその姿を見た水穂はが「綺麗……」と呟く声が聞こえた。
その言葉を嬉しく思った私はつい身体を揺らしてしまい、火の玉は地面に吸い込まれてしまった。
「あっ……」
千慧の悲しげな声が周囲に響く。時を待たずして、水穂の花火も落下して消えてしまった。
「線香花火って、本当に繊細なのね。僅かな振動で散ってしまうなんて」
「そうだね。だから綺麗っていうのもあるんだろうけど。
最後まで火の玉を落とさずに線香花火を燃え尽きさせるのって結構難しいから、仲間内で誰が一番長く線香花火を灯し続けられるか勝負したりするよ」
千慧の言葉を聞いた水穂は、形の整った唇で弧を描いた。
「あら、それは面白そうね。せっかくだし、一勝負願おうかしら」
「いいね!負けないよ!」
そこから、線香花火対決が始まった。
一勝負、と言って始まったこの勝負は、結局線香花火が尽きるまで行われることになった。
六試合を終えた時点で、現在の勝敗は三勝三敗。接戦だった。
二本だけ残った線香花火を見て、千慧は呟いた。
「いよいよ最後の勝負だね」
その言葉に、水穂が微笑んで応えた。
「ええ、これで最後。悔いの残らないように、目一杯楽しみましょう」
「そうだね、楽しもう!」
千慧の声を合図に、同時に線香花火を蝋燭の火に入れた。
橙色に染まった先端はジーッと音を立てながら畝り、その姿を球に変える。
球は大きくなったり小さくなったりを繰り返し、生き物のように動いていた。
次第に、パチッパチッと小さくはぜる音が聞こえ、さらにパシュッという音が加わる。
音の種類が加わるのに合わせて、細くて枝のような火花を四方に激しく飛ばし始めた。
何度見ても飽きない美しい光景を眺めながら、水穂が小声で呟いた。
「千慧、ありがとう。今年も楽しい時間をくれて」
「それはお互い様だよ。私もなっちゃんに楽しい時間をもらってるから」
「それは良かったわ。私は、今日目にしたもの、感じたものを未来永劫忘れないと誓いましょう。
________きっと、あなたは忘れてしまうと思うけど」
「そんなことないよ!絶対覚えているから」
千慧の言葉に、水穂はただ寂しげに、曖昧な笑いを浮かべるだけだった。
「それより、手元を見ないと落ちてしまうわよ。ほら」
水穂に言われて視線を線香花火に戻すと、丁度落ちていく橙色の球の残像が見えた。
「ああ……またやっちゃった……」
手元に残された柄の部分を見つめながら、千慧は肩を落とした。
ここに、今年の線香花火対決の勝敗が決した。
「油断するからよ。__ねえ、千慧。また来年も線香花火やりたいわ」
「なっちゃん線香花火気に入ったんだね。私も好きだから嬉しいな。もちろん、絶対またやろうね」
「ありがとう。……名残惜しいけれど、この時間を終わりにしましょうか」
「えっ?」
どういう意味__と聞こうとした瞬間、水穂の手にしていた線香花火が柄から離れるのが見えた。
火の球が地面に吸い込まれると同時に蝋燭の火も消えてしまったようで、パッと世界が暗転した。