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「夏の夜空に咲く花の絵」 12 静寂の中の火花


千慧(ちひろ)、大丈夫?」



鈴の音のような、透き通った声に呼ばれ、千慧は閉ざしていた目をゆっくりと開ける。


あたりを見渡すと、先程まで雨宿りをしていた筈の本殿が見える。

どうやら神社の境内にいるようだ。


それに____



「雨が、止んでる……?」



そう呟いてから、自分の手が水穂(みずほ)と繋がれていることに気がつく。


不思議そうな表情をしていたからだろうか、見かねた彼女が説明をしてくれた。



「本当に大丈夫?さっき雨が止んだから、花火ができるって喜んで一緒に外に出たじゃない。

手を繋いだのは、その時よ。」


ああ、なるほど。それならば納得できる。


きっと、半ば諦めていた花火ができるという興奮のあまり、我を忘れて飛び出してきてしまったのだろう。


「きっと私また突っ走っちゃったんだよね……ごめんね。なっちゃんと花火できると思ったら、嬉しくて。」


「いいえ、大丈夫よ。

時間ももったいないし、お待ちかねの花火大会、始めましょうか。」


「うん!!!!」



社殿から一番遠く、燃えるものが何もない場所で蝋燭の火をつけ、花火大会の幕が開けた。



シュシュシュという軽快な音とともに、閃光と煙が起こる。


「綺麗ー!!!やっぱり夏は花火だね」

「そうね。本当に綺麗だわ」


いつもより感情がこもっているその声に、千慧はあることに気がついた。



「そういえば、なっちゃんは花火やったことないんだったよね?」

「ええ。だって私は____だから」



花火のシュシュシュという音で、肝心な部分を聞き取ることができなかった。

ただ、光に照らされていた水穂の表情には、寂しげな色が浮かんでいたように思えた。



「ごめん、なっちゃん。今なんて?」


何となくだけど、とても大切なことであったような気がして問い返してみるも、彼女は首をゆるゆると横に動かし、曖昧に笑った。


「いいえ、大したことではないから。そんなことより、手元の花火に集中なさいな。消えているわよ」

「あっ……」


瑞穂に言われるまで、花火が終わっていることに気がつかなかった。

新しい花火を手に持ち、彼女の元へ走り寄る。



「なっちゃん、火もらうねー」

「火を?」



花火初体験の彼女は、千慧が何をしようとしているのかわかっていないようで、首を傾げている。



「そう!危ないからそのままの位置から動かないでね」



水穂に注意を促してからその横にピッタリとくっつき、未だ飛沫をあげ続けている光の中に、手にしている花火の先端を当てた。


水穂はただ様子をじっとみている。


数秒のちに、千慧の手の中でジジッという音が起こり、火を噴き始めた。

と同時に、水穂の花火が沈黙した。


「これは一体……」


不思議そうに呟いた水穂に、千慧は普段大人びていて博識な彼女の年相応な一面を見出し、可愛いく感じると同時にどこか安心感を覚えた。


実は千慧は水穂の年齢を聞いたことがなく、彼女も自分のことを話したりする方ではないので、年齢を知らなかった。


見た目からして同い年くらいであることは間違いなさそうなのだが、同年代にしては知識も豊富で、何より考え方、ものの捉え方が大人だった。


それゆえか、年相応の相応の子どもらしい一面をあまりみたことがない。

そのため、心のどこかで彼女のことを遠い存在だと感じることもあった。



『まあ、なっちゃんを大好きであることに変わりはないんだけどね』


心の中でそう独り言ちて、千慧は思考を切り替えた。


「これは手持ち花火をするときによくやる火の貰い方なんだ!

新しい花火を点けるときに、まだ火が残っている人の花火の火をもらうの。


ちなみになっちゃんの火が消えたのは全くの偶然だよ。単になっちゃんの花火の寿命が尽きたタイミングが、私の花火の火がついたタイミングと重なっただけ!」



笑いながら説明すると、水穂はすっきりとした表情をしていた。どうやらちゃんと伝わったようだ。


「そんなことも……。やっぱり何事も一度は経験してみるものね。」


そう言って目を弓形に細めた彼女は、満足そうに見えた。


「あ、一応断っておくけど、このやり方を全員が全員やってるかはわからないよ?

あくまでも私の周囲ではこのやり方が一般的ってだけで」


「わかっているわ」


「それともう一つ。花火の火を人の花火からもらうのは、風が強くて蝋燭の火が消えちゃっていることも多いから、蝋燭に頼らなくてもいいようにっていう意味もあるんだ」


そう口にしてから、千慧は風がないことに気がついた。


雨が止む前は強めの風が吹いており、時折雨粒が激しく叩きつける音が聞こえたほどだったが、今は全くの無風で、光とともに派生する煙は白くたなびきながらまっすぐ空へと消えている。


もう一つ、奇妙なことに気がついた。


夏真っ盛りのこの季節に、蝉の声が全く聞こえないのだ。

どころか、私たちの話し声と花火のシューッという音以外は、何も聞こえないように感じられた。


「どうかしたの?」

水穂に声をかけられ、千慧はハッとした。


「あ、ごめん、ちょっと考え事してて……。なんでもないから、心配しないで。

それより、なっちゃんの花火消えてるよ?」


そう言って、近くにあった花火を水穂に手渡した。



「ありがとう。じゃあ、さっき千慧が見せてくれたように、あなたの花火から生命をもらおうかしら」

「どうぞどうぞ!こっち来てー!」



夜の静寂の中に、二人の盛り上がる声があたりに木霊した。



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