「夏の夜空に咲く花の絵」 11 夏の夜空に咲く花の絵
千慧と水穂がお互いの思い出話に花を咲かせている間に、あっという間に時は過ぎた。
気がつけば時計の針は十九時を少し過ぎていたが、結局、雨が止むことはなかった。
空は暑い雲に覆われたままで、この後も一向に止みそうにない。
曇天を見つめたていた千慧は肩を落とし、項垂れていた。
その様子を密かに見ていた水穂は突然立ち上がり、千尋に声をかけた。
「これ以上待っても雨は止まないし、別の場所で決行してしまいましょうか。」
「え?」
別の場所って?
そう尋ねようとした千慧の視線が、とある場所でとまった。
水穂の口角が僅かに上がる。
千慧の視線の先には、一枚の絵があった。
遠目からでも存在感を放つその絵に導かれ、千慧は絵の側まで近寄った。
「わあ、素敵な絵。」
思わず感嘆の声をあげてしまうほどに綺麗な絵は、色とりどりの花のようにも見える、大輪の花火を描いた絵だった。
ただ、その絵は普段飾ってあるものとは違う絵で、千慧が目にするのは初めてだ。
しかし、もしかすると初めて見たというのは千慧の勘違いということも考えられるので、水穂に尋ねてみることにした。
「初めて見た気がするんだけど、いつもここに飾ってあったっけ?」
「いいえ、普段は別の絵をかけているわ。
今日は花火をする予定だったから、念のために替えておいたの。」
「そっか。花火の絵にしたってことは、なっちゃんも今日の花火、本当に楽しみにしてくれてたんだね!嬉しいなあ」
「どうしてそうなるの。」
「え?だって、わざわざ花火の絵に変えてくれたんでしょ?
それって、今日が楽しみだったってことだよね。」
いつも冷静で大人びている幼馴染の、年相応の可愛い一面を見ることができて、嬉しい気持ちと、微笑ましい気持ちとが同時に押し寄せてくる。
そのせいで、頬が緩みっぱなしだ。
きっと、気持ち悪い笑みを浮かべているだろう。
水穂は顔を逸らしていたが、しばらくすると気を取り直したようにこちらを向いた。
「それはそうと、千慧。あなた、本当に花火がしたい?」
「え?__うん。できるならやりたい。去年からずっと楽しみにしてたし……」
水穂の問いの意味がいまいち掴めなかったが、花火をやりたい気持ちは間違いなくあるので、素直に伝えた。
すると水穂は嬉しそうに、そしてとても妖艶な笑みを湛えた。
「なら、いきましょうか。」
そう言った水穂が、千慧の手を取る。
「えっ?行くって、どこへ……」
千慧がまだ言い終わらないうちに、水穂は壁に向かって____正確に言えば絵に向かって____手を伸ばした。
そんなことして、どうするの。
言いかけた言葉が口から発せられることはついぞなかった。
水穂の伸ばした手の先が絵に到達したかと思うと、絵の中へと吸い込まれて見えなくなった。
目を疑うような光景に千慧が身動きを取れずにいると、水穂は一瞬千慧を振り返り、微笑んだ。
次の瞬間、水穂が千慧の手を力強く引いたことで千慧は彼女諸共絵の中へと吸い込まれていった。