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「夏の夜空に咲く花の絵」 10 氷菓子

拝殿に戻り、手にしていた荷物を一度整理してから、再びこの後の行動について話し合った。



「やっぱり、止みそうにないね……」



社殿から見える外は、降り頻る雨のために一層白くなっている。


思わず肩を落とした千慧の姿を、水穂はチラリと横目で見てから口を開いた。



「ずっとこうして雨を眺めているのもなんだし、休憩にしましょう。かき氷、なんてどうかしら」



水穂の提案に、千慧はその瞳に喜色を浮かべた。


「良いの!?」


自分でも嬉しさで声がうわずっているのがわかる。千慧の様子を見た水穂は目を弓形に細めて頷いた。


「もちろんよ。ちょうど氷のお裾分けをもらったのだけれど、私や家族だけでは食べきれないから、千慧と一緒に食べようと思って取っておいたものなの。

今持ってくるわね。」



立ち上がる水穂に、千慧は慌てて声をかける。


「私も手伝うよ!」


かき氷を貰う上に何もしないのは水穂に申し訳ないので、手伝いを申し出た。

千慧の言葉に、水穂は優しく微笑んだ。



「ありがとう。でもそんなにやることはないから、気持ちだけもらっておくわ。

もし気がひけるようであれば、千慧が持ってきてくれたサイダーを開けておいてもらえるかしら。」


「え、そんなことでいいの?」


「私がお願いしているのだから、大丈夫に決まっているでしょう。」



クスクスと笑いながら、水穂は言った。


「そっか。わかった!じゃあ、サイダーの準備して待ってるね」

「ええ、そちらは任せたわ。すぐ戻ってくるから、それまで寛いでいて」



言い終わるとすぐスカートを翻して歩き始めた水穂が母屋へ消えるのを見届けてから、瓶のサイダーを開けるべく荷物に手をかけた。





数分後、お盆を持った水穂が戻ってきた。


「なっちゃん、ありがとう」


お礼を言うと、水穂はお盆を畳に置きながら「お互い様よ」と言葉を返す。


お盆の上のかき氷は、灯りを反射してキラキラと宝石のように光り輝いて見える。


まだ透明なままだったが、お盆の上に三本のシロップが置かれているので、自分の好みのシロップをかけて、という彼女の気遣いだろう。


その心遣いに、千慧は心が温まるのを感じた。


「わざわざシロップを別で持ってきてくれてありがとう。重かったでしょ?」


「そんなことないわ。それより、早く食べてしまいましょう。千慧はどのシロップをかける?」


「えーどうしよう……」



言葉を返しながら、目の前に置かれている3本のシロップを凝視する。


3種類の内訳は、イチゴ、メロン、ミカンだ。

ミカン……?と思わずその1本をまじまじと見つめてしまった。

3種類のうち2種類はイチゴ、メロンという超絶王道な味なのに対し、ミカン味というあまり食べたことがないシロップの味が加わっているところが引っかかってしまった。


それに、夏の暑い日にサッパリとした甘さを楽しめると言うのは、千慧にとって魅力的だった。



「その様子だと、どれにするか決まったみたいね」


ずっと何も言わずに千慧の様子を見守っていた水穂が、微笑みながら千慧に言葉をかける。


「うん。ミカン味にするよ」

「好きなだけどうぞ。私はイチゴにしようかしら」



無事シロップの味を決めたところで、各々かき氷にかける。

かけたところから爽やかな橙に染められ、流れていく氷の粒が、千慧の瞳にはとても美しく、また美味しそうに見えた。


水穂の方に視線を滑らせると、彼女もちょうどシロップをかけ終わったところだった。


どちらからともなく手を合わせる。


その時、水穂がパンッと大きな音を立てて手を合わせていたが、音が聞こえると同時に、千慧の視界が一瞬だけ暗転した。


千慧は違和感を感じたが、すぐに気のせいだと思いなおし、「いただきます」と唱える。

そしてスプーンを手にし、シロップがたっぷりかかった部分を掬い上げ、口へと運んだ。


「美味しい……!!」


舌に触れた瞬間、ミカンの甘さと氷が溶け出し、口から全身へと染み渡っていくのがわかった。

かける際にサラサラと言うよりはトロトロとしたシロップだな、と思っていたが、まさかここまで舌触りが滑らかだとは思っていなかったので驚いた。


さらに果肉も混ざっており、プチプチ、ふにふにとした食感も楽しむことができる。


ミカンシロップのかき氷があまりにも美味しく、そんな美味しいものを食べることができた嬉しい気持ちを共有したくて、横でイチゴ味のかき氷に舌鼓を打っている水穂に話しかけた。


「実は私、ミカン味のシロップをかけたかき氷を食べるの初めてなんだ」


「そうだったの?」


「うん、だからどんな感じなんだろーって思って食べたんだけど、美味しすぎてびっくりした!!」


「そう、お気に召したようで何よりだわ」


「素敵な出会いをくれてありがとう!ちなみになんだけど、どこで買ったかわかる?気に入ったから、家族にも食べてもらいたいって思って」


「それなら、これを持っていきなさいな。私たちはあまり食べないし」


「さすがにそれは申し訳ないよ。本当にお店を教えてくれるだけでいいから!あ、もちろん分かればの話なんだけど」


「そう……。千慧がそう言うなら、無理にとは言わないわ。そのシロップは御供物としていただいたものなの。

だから今すぐに伝えることはできないけれど、今度会う時には伝えられるように、いただいた方に聞いておくわね」


「何から何までありがとう……。よろしくお願いします」


「それよりも千慧、この後どうするつもりか考えている?」


「あっ」



水穂の一言で、自分たちがまだ代替案を決定していないことを思い出した。


「その様子だと、完全に忘れていたようね」


水穂の一言が千慧の図星を突き、千慧は「うっ」と唸った。


「かき氷が美味しすぎてそっちに気を取られちゃった……。

えっと、今の時刻が十八時半だから、あと三十分だけ待ってみるのはどう?


なっちゃんの予想は今まで外れたことないから、そのなっちゃんが止まないって言うんだから望みは薄いかもしれないけど、どうしても諦めきれなくて」


スプーンを握りしめる手に、ぎゅっと力が入る。

しばらくの間何も言わずに千慧の様子を見ていた水穂は、ふっと息を漏らし微笑を浮かべた。


「千慧がそう思うなら、待ちましょう。

定めた時刻が訪れるまでは、去年別れてから千慧に起こった出来事を聞かせてくれるかしら」


水穂の言葉に、千慧は一も二もなく頷いた。



「もちろん!!あのね、これは去年学校で起こったことなんだけど……」


元気よく返事をした千慧は、その勢いのまま自身の思い出を語り始めた。


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