「夏の夜空に咲く花の絵」 1 夏の日の約束
焼けるような暑さの中、蝉がミーンミーンと元気に合唱している。
櫻井千慧は近所の神社に足を運んでいた。
木々が陰影を作り出している鳥居の向こう側に向けて、千慧は声を発した。
「久しぶり、またこの季節が来たね」
鳥居をくぐり、社殿へと足を進める。
一面に敷き詰められた砂利を踏みながら、千慧は拝殿の階段に腰掛けている一人の少女に話しかけた。
少女は、赤く大きめなリボンが印象的なセーラー服を纏い、置き物のように座っていた。
白さが際立つ細くて長い指には、黒い蝶が一羽止まっている。
長く艶やかな黒髪は、1つにまとめられており、そこから覗くうなじには薄らと汗が浮かんでいる。
どうやら、炎天下の中ずっとここにいたようだ。
彼女はゆっくりと千慧に視線を向けてから、ゆったりと微笑んだ。
「そうね。また、夏が来たわ。」
彼女は静かに答えて、視線を指先にとまる蝶へと戻す。
相変わらず綺麗だなあ……。まるで日本人形を見ているみたい。
千慧は彼女を見てそう思わずにはいられなかった。
「元気にしてた?」
口について出たのは、何の変哲もない、ありきたりな言葉。
1年ぶりに大好きな幼馴染に会えた喜びで、他に言葉が見つからなかったのだ。
こういう時に、何か面白いことでも言えたらなって思ったりもするが、それができたらもう私ではなくなってしまうような気がして、そのままにしている。
「ええ、見ての通り元気よ。千慧は元気にしていた?」
黒い蝶が止まった右手に視線を注ぎながら、彼女は言った。
「もちろんだよ!」
彼女の問いかけに答えながらも、千慧の視線は黒い蝶に釘付けになっていた。
思い起こせば、彼女と初めて出会った日にも、黒い蝶が飛んでいたな、と。
千慧は、彼女と初めて出会った日のことを思い出していた。