ぬいぐるみにおきがえしてきたねこ
「冬の童話祭2023」の参加作品です。
フタはのらねこでした。生まれたときから。
白と黒の二色の毛色なので、のらねこの仲間たちからフタと呼ばれていました。
仲間たちと発泡スチロールを家にして過ごしていました。
ときどき家にやって来る人たちがゴハンを持ってきてくれます。
けっしてぜいたくじゃないけれど、ときにはおなかが空くけれど、
楽しく暮らせていました。
けれども夏の大雨で家は流され、仲間たちともはぐれてしまい、
ひとりぼっちになりました。
あたたかい家はありません。
ゴハンを持ってきてくれる人たちにも出会えません。
大きな犬にはおどろかされ、人間の子どもたちには追いかけられたり、
すごいスピードで走る車にはびっくりさせられました。
そのうちフタのじまんの白い毛は茶色くなって、べったりしました。
なん日もゴハンも食べられず、さみしい思いをしながら歩いていました。
すれちがったおばさんが「まぁ!」と大きな声を出すので
フタはびっくりして固まってしまいました。
おばさんはフタをガッとつかまえて、おばさんの家に連れていかれました。
フタは、お風呂というところに入れられ、シャワーをかけられ、
あわあわにされました。
さらにタオルでゴシゴシされ、強い風を当てられました。
いじめかと思いました。
でも、体はすっかりキレイになって、ふわっふわになりました。
フタのじまんの白い毛も、黒い毛までも、ツヤツヤのキラキラになりました。
今度は病院につれて行かれて、チクッとする注射をされました。
まわりの犬もねこも泣いています。
いじめかと思いました。
でも、見えにくかった目がよく見えるようになり、
耳もかゆくなくなりました。
おばさんの家はあたたかいし、
おふとんというふわふわのところで寝ることができるし、
今まで食べたことのないおいしいゴハンもくれました。
フタはおばさんといっしょに暮らすことにしました。
おばさんの名前はキヨコさん。
キヨコおばさんはフタを大事に大事に育てました。
いじめなんてしていません。
キヨコおばさんは、フタのことを『カワイイ、カワイイ』とよびます。
ちゃんと『フタ』という名前があるのに。
ゴハンを出してくれるときは『フタ』とよんでいたかもしれません。
それから15年がたちました。フタは一日中寝て過ごします。
おいしいゴハンもあまり食べなくなりました。
年老いたねことしては、そろそろ虹の橋をわたるころになりました。
キヨコおばさんは、キヨコおばあさんになっていました。
フタは心配でした。
すぐに生まれかわってキヨコおばあさんの家に来ようと思っていました。
『体のモヨウが少し変わって、白と黒のフタじゃなくて、
三色のミケにおきがえするかもだけど、すぐフタとわかるよ』
とフタは伝えます。言葉は通じなくても。
けれどキヨコおばあさんは言います。
「また来てくれるのはね、そりゃうれしいけどさ、
おきがえしたフタはきっとわたしより長生きするだろう?
わたしが死んだらフタの事をたのめる人がいないんだよ。
だからねこを飼うのはフタでおしまいだよ」
フタはネコ神様に願います。
『こんなにフタの事を大事に育ててくれたキヨコおばあさんを
このまま一人にさせたくない、何かよい方法はないの?』と。
ネコ神様はフタの願いをかなえてくれると言います。
『心配するな、何とかしよう』と言ってくれました。
ネコ神様の話を聞いて、フタは虹の橋をわたりました。
「キヨコおばあさん、少し待ってて」って。
フタを失ったキヨコおばあさんは元気を無くしていました。
心配した娘のマユミさんと孫のユメちゃんが
キヨコおばあさんの家にやってきました。
マユミさんはキヨコおばあさんに言います。
「ねえお母さん、わたしたちの家に来ない?」
ペットが飼えないマンションに住んでいるマユミさんは、
フタがいなくなったらお母さんといっしょに暮らそうと思っていたのです。
けれどもキヨコおばあさんは首を横にふります。
「お父さんと過ごし、
お父さんが死んでからすぐに出会ったフタと過ごした
この家からは離れたくは無いんだよ」
マユミさんは残念そうに言います。
「わかったわ、お母さんの気持ち。気が向いたらいつでも言って。
ちょくちょく来るようにするから」
孫のユメちゃんも心配そうです。
マユミさんは帰るときにキヨコおばあさんに言いました。
「そういえばフタの顔って、お父さんの髪型そっくりのモヨウだったね。
お父さんの生まれ変わりだったのかもね」
その様子を、タマシイとなったフタはキヨコおばあさんの近くで見ています。
タマシイは、この世に49日間だけいることができます。
49日を過ぎると虹の橋の先から天国へ向かわなければなりません。
ネコ神様が何とかしてくれる約束だったのに、まだタマシイのままです。
『ネコ神様、どうするつもりなん?』と、フタは心配でした。
どんどん日は過ぎていきます。
そんなヤキモキした日々を、フタはキヨコおばあさんの周りで
タマシイのまま過ごしていました。
それから少しして、孫のユメちゃんがキヨコおばあさんの家にやってきました。
「おばあちゃん見てこれ!フタそっくりの見つけたの!」
ユメちゃんが抱いているのは、フタのモヨウそっくりのねこのぬいぐるみ。
「なでると『ゴロゴロ』って言うよ!」
ユメちゃんは、キヨコおばあさんにねこのぬいぐるみをわたします。
見れば見るほどフタそっくりです。
ネコ神様がフタのタマシイに言います。
『ぬいぐるみに入るとキヨコおばあさんとまた暮らせるよ。
特別に動けるようにしてあげる。
ただしキヨコおばあさんには見つからないこと』
フタはぬいぐるみの中に入ります。
これでキヨコおばあさんとずっといっしょに暮らせます。
ぬいぐるみのフタは、キヨコおばあさんが見ていないすきに、
生きていたころによくいた場所に行きました。
日の当たる窓のカーテンの向こう側、
キャットタワーのハンモック、
ソファーの背もたれの上。
キヨコおばあさんは
「あらあら、こんなところにフタを置いたかねぇ。
まるで生きているときと同じだねえ」
と、目を細めて『カワイイ、カワイイ』とよんでくれます。
キヨコおばあさんは元気を取りもどしたようでした。
フタも安心しました。
それからしばらくいっしょに暮らしていましたが、
キヨコおばあさんはよく転ぶようになりました。
フタはできるかぎりキヨコおばあさんが転ぶところに先まわりして、
クッションの代わりになりました。
「いつからだっただろうねぇ、
ぬいぐるみになったフタが動いてるのに気が付いたのは。
フタのタマシイが入っているんだろう?」
モロバレでした。フタはネコ神様に伝えます。
『ばれちゃってました。どうしましょう?』
『あー、これはひとりごとなんだけど、
ここらへんのネコのタマシイをいっぱいいっぱい管理しているから、
いそがしくっていそがしくって見落としがあるなぁ』
ネコ神様は答えてはくれず、グチってます。
けれども、ゆるしてくれたのでしょう。フタはそう思いました。
やがてキヨコおばあさんはずっとベッドで寝るようになりました。
フタは、生きていたときと同じように、
キヨコおばあさんのふとんの中に入っています。
キヨコおばあさんはフタに話しかけます。
「こんどはいっしょにおきがえしようねぇ」
お読み頂きありがとうございました。評価、ご感想を頂けましたら幸いです。
ルビは小学4年生以上で習う漢字に使っています。なんとなくなんですけど。