灰色の花と呼ばれて虐げられていますが、清い心と運命の相手から授かった未来を見る魔法で幸せになってみせます
「ねぇエルサ、幸せってなにかしら」
「アリス様、またその話ですか……」
王国アインヘルムの王城、その端にある小さな部屋で、第四王女アリスは侍女のエルサを困らせていた。
「だって、幸せって人それぞれでしょう? 私にとっての幸せってなんなのか、いくら考えてもわからないのよ」
「一般的な価値観では、女の最高の幸せは結婚だと思われますが?」
「そんな答えは何度も聞いたわよっ」
プイ、と顔をそむけたアリスは窓から城下の民を眺め始めた。手をつないで歩くカップルを見て、ため息を吐いてしまう。
「羨ましいですわ。あんなに自由に恋ができるなんて……あれが彼らの幸せなのでしょうか」
今度はエルサがため息を吐く番だった。
「アリス様には幸せ云々の前に、王族として相応しい相手を見つけていただく必要があります。そこらの平民では手も届かないような相手とご結婚なさってください。そうですね……できることでしたら、大魔法使いとの婚約が望まれます」
「私は魔法が使えないというのに、そんな都合のいい相手がいるもんですか」
アリスは大魔法使いと聞き、興味なさげに答えた。なかなか相手ができないのが、エルサとしても悩み事だというのに。
「でしたらアリス様は目上の方より選んでいただくとして――今夜は舞踏会です。さぁ、早くドレスを決めてください」
「……そう、ですね」
舞踏会。耳にすると、アリスはほんの少し目を曇らせた。無意識に声も小さくなっている。
エルサは首をかしげたが、アリスはすぐに両頬を叩いて気を持ちなおす。
「今夜は、どのドレスにしましょうか」
きっと、美しいドレスを選ぶことに意味はない。アリスは気づかれないよう、自嘲気味に笑った。
~~~
アリスは、国王と平民の間に生まれた子だった。自らの幸せを知らないのは、教えるべき母がアリスを産んですぐに死んでしまったからだ。国王も、アリスを煙たがるように接している。
だが国王すら魅了した美しさは受け継がれた。宝石のような白銀の髪に、パッチリ開く晴れ渡る空のような青い瞳。さらには礼節に長け、ときおり我が儘になるが、基本的には謙虚で慈悲深い。
とても高飛車で見栄っ張りな姉王女たちとは比べ物にならなかった。
それが気に入らなかったのだろう。姉王女たちは結託し、アリスを誰も訪れない王城の端へと追いやった。狭い部屋で誰の目にも留まらず、身の回りの世話をするのはエルサ一人だけ。とても王族に与えられる環境ではなかった。
とはいえ、アインヘルムにアリスという王女がいることは隣国に知れ渡っている。舞踏会に出さなくては、アインヘルム内で何かあったと来賓に懐疑されるだろう。
そこで姉王女たちは光を屈折させる魔法を使い、アリスの顔をそばかすだらけに見えるようにした。白銀の髪も灰色に見えるようにし、青い瞳はくすんで見える。身に纏うドレスすら、なにを選んでも灰色一色の地味なものに映るのだ。
来賓たちから相手にされず、姉王女たちを恐れてアリス自身も動けず、いつも壁の花になっていた。
『灰色の花のアリス』。いつしか他国の王族や貴族からそう呼ばれるようになっていた。
「あらアリス、また今夜もダンスの相手がいないようね」
「……はい、きっとお姉さまたちが魅力的だからでしょう」
第一王女のシエラだった。金銀のドレスで着飾り、傍らには公爵がいる。その公爵もアリスを見て、鼻で笑っていた。
「いやはや灰色の花とは聞いていたが、その通りのようだ。シエラ、本当に君と血が繋がっているのかね」
「そうねぇ……血は繋がっているわね。ですけど、平民の血が混じっていますから、他人のようなものですわ」
公爵の問いに、シエラは勝ち誇ったような顔で答えた。次第に、他の姉王女と貴族たちが集まってくる。
「なんて地味なんだ」「他の王族と比べ物にならないな」「魔力もないに等しい」「どうせ行き遅れるだろう」「結婚も難しいのではないか?」
投げかけられる言葉を、アリスは必死に堪えていた。顔を伏せ、早くどこかへ行ってくれと願うばかりだ。
そんな時だった。舞踏会会場に、アインヘルムの属国の一団が現われる。先頭には、属国の王族が続いていた。姉王女たちは、属国の王族たちを見下しに行くと決めたようだ。他の貴族たちも同様で、アリスはついホッとしてしまった。
「いけないですね……他人の不幸を喜ぶようなことは……」
アリスにはしっかり慈しみの心が宿っている。それでも心のどこかで、ようやく惨めな時間が終わったと思ってしまう自分が嫌になっていた。
「心だけは、灰色に染まることなくありたいものですね……」
きっとそれが、アリスをアリス自身が探している夢――幸せへと導くと信じている。
夢は単純なものだ。自分の幸せを見つけ、手にしたい。ただそれだけなのだ。
「――君は」
と、叶うはずのない夢を思い浮かべている時、中性的な声が聞こえた。顔をあげると、属国の大魔法使いと名高いヴィオンが姉王女たちから逃げるよう、目の前に来ていた。
「そうか、君が……」
含みのある言い方をしたヴィオンは、恭しく頭を下げ話しかけてくる。
「アリス第四王女とお見受けしますが、今お時間よろしいでしょうか」
まさか話しかけられるとは思っていなかったアリスは困惑した。
「え、あ……は、はい……」
なにを言ったらいいのかわからず、弱気な声だけが口から漏れていく。
そんな様子を、ヴィオンは気にも留めていない。亜麻色の髪の隙間から、紫紺の瞳がアリスを捉える。アリスの心がトクンと跳ねた。
「一曲お付き合いしていただけませんか?」
「そ、そんな! 私などでは釣り合いません!」
「そうでしょうか? ボクには貴女がとても美しく見えます」
美しい? アリスのどこを見てそう言っているのか疑問に思った。
「私は、お姉さまたちと比べてみすぼらしいですよ……?」
「それは、貴女に魔法がかかっているからでしょう」
ヴィオンは指をパチンと鳴らした。すると、姉王女たちがかけていた魔法が解けていく。
「ほら、とても美しくなった」
魔法が解け、アリスは本来の美しさを取り戻した。来賓たちの目も奪われている。
「さぁ、踊りましょう!」
手を取り、アリスはされるがままに踊り出した。場はシンと静まり、二人きりの舞台のようだった
誰もが大魔法使いのヴィオンと魔法の解けたアリスに目を奪われていた。
いつしかトロンとした瞳でヴィオンを見つめていると、アリスは自らの夢を叶えてくれる相手はヴィオンなのではないかと、つい夢見てしまった。
「――なぜ、私を?」
踊りながら小さな声で聞くと、ヴィオンは耳元で言う。「誰にも秘密ですよ」と前置きをして。
「ボクの得意とする魔法は『時間』に関する魔法なんです。未来を見たり、過去に戻れたりする。ある時、ボクを幸せにしてくれるご婦人は誰なのかを見ました。その相手が、貴女だったのです」
にわかには信じられない魔法だった。時を操る魔法など、聞いたこともない。
それでも、今、この瞬間は幸せに満ちていた。未来を見てくれたおかげでこの時があるのなら、いつまでも身を任せていたかった。
しかし夢のような時間は、すぐに終わりへと向かう。
「アリス、誰が魔法を解いていいと言いましたか?」
シエラが、アリスを睨みながら告げた。反射的に謝ろうとするアリスだが、ヴィオンが片膝をついて頭を下げた。
「申し訳ありません。魔法を解いたのは私です」
「あなたは、たしか大魔法使いの……ふぅん、そうですか」
シエラはアリスとヴィオンを交互に見比べると、不敵に笑った。
「流石は名が知れているだけありますね。私の魔法を解くほどの力――アリスには、もったいない相手ですわ」
シエラはヴィオンを連れて行こうとした。もう夢は終わりなのか。俯くアリスとシエラを見たヴィオンは、最後にアリスの耳元で囁いた。
「どうやら、ボクと君の間には障害があるようだ。だから、貴女に未来を見る魔法を貸してあげましょう。それをどう使うかは、あなた次第ですがね」
そう言い残し、ヴィオンは去っていった。同時に、アリスには未来を見る魔法が宿った。
魔力が少ないアリスが使えるようになった、初めての魔法だった。
~~~
「お父様、三日後に隣国に潜む盗賊が密入国してきます。東の検問の警備を強くしてください」
「うむ、お前がそう言うのならそうなるのだろう。急ぎ、騎士団に知らせよう」
「それと、五日後には大雨が降ります。川には近づかないよう知らせを出していただけますか?」
「そちらも手配するとしよう」
舞踏会の翌日から、アリスは未來を見る魔法でアインヘルムを良き方向へと導いていた。国王はアリスを煙たがりながらも、その有用性は無視できなかった。
アリスは、自らの立場を上げようとしているのだ。姉王女たちでも口出しができないところまで立場を上げ、ヴィオンを夫にする。謙虚なアリスが見せた欲だった。
そんなアリスでも、時折、未来を見る魔法を使えば、いくらでも姉王女たちを排除することは簡単だと思うことがあった。その度に、アリスは自分を律した。心だけは、清らかなままでありたいと思い直すのだ。
それに未来を見る魔法は、魔力の少ないアリスではとても体力を使う。国の未来を見るだけが精いっぱいであり、姉王女や自分自身の未来など、とてもではないが見ることはできなかった。
「ほんの少しでも、この国のために……いつかは夢の――幸せなヴィオンとのために……!」
健気に頑張るアリスは、少しずつ頭角を現していた。このまま続けていれば、姉王女たちも超えていけるだろう。
それは、シエラたちからしたら目障りなことこの上ないことだった。アリスへの嫉妬は日々つのっていき、ついに限界に達した。
「アリス、一週間後までのこの国に関する問題を全て見てくれないかしら」
今まで一度も頼らなかったシエラが、突然そんなことを言い出した。
「それだけじゃないわ。二週間後も三週間後も一か月後も全部見てほしいの」
シエラはアリスを問い詰め、体力的な限界は一か月だと知っていた。その上で見ろというのだ。
動揺しながらも、アリスは頷く。
「その、構いませんが、つまりは一か月後までに起こることを全て見ろということでしょうか……?」
「だからそう言っているでしょう! とっとと見なさい! そして、羊皮紙に記すのです!」
「わ、わかりました……」
言われた通り一か月後までを一日一日見ては羊皮紙に書いていくと、終わる頃にはぐったりとしていた。
「でき、ました……」
それでもやり切ったアリスは、一か月後までアインヘルムで起こる問題ごとを全て記した。束になった羊皮紙を受け取ったシエラがザっと読み終えると、ニヤリと笑った。
「ご苦労様アリス。疲れたでしょう? 部屋でゆっくり休みなさい」
妙にシエラが優しい。アリスは違和感に気づいたが、体力を使い過ぎて何もできない。ヨロヨロ自室へ戻ると、すぐにベッドで眠ってしまった。
「……今よ」
寝息を扉越しに聞いたシエラは、部下の騎士たちを部屋へ入らせた。縄で縛り、王城地下の独房へと連れて行く。
目を覚ますころには、薄暗い独房の中で鉄格子に囲まれていた。
「えっ! なぜ、こんなところに……」
状況のつかめないアリスへ、シエラを筆頭とする姉王女たちが鉄格子の前にやってきた。
「お姉さまたちがやったのですか⁉」
喚くと、シエラが冷たい目でアリスを睨む。
「平民の娘如きが調子に乗った罰よ」
「そんな! 私はただ、この国のために……!」
「そうかしら? どうせ私たちを出し抜くのが目当てでしょう? いつかはこの国を支配しようとでもしていたのかしら? バカバカしい。薄汚いメス猫が抱いていい夢じゃないわ」
「私は……そんな……」
ヴィオンに会いたいのが原動力だったが、アインヘルムのために魔法を使っていたのも本心だった。
少しでも自分の力でアインヘルムを良い方向へ導く。王族として何の役割も与えられなかったアリスには、初めてできるようになった仕事なのだ。
「とにかく出してください! まだ私が見なくてはならない未来が沢山あるのです!」
必死に懇願するアリスだったが、シエラは羊皮紙の束を見せて笑っていた。
「ひとまず一か月後までは、あなたに未来を見てもらわなくても問題ないの。この通りに私からお父様に進言するのよ。その方がお父様も喜ぶでしょう」
だから一か月間独房の中にいろ。シエラはそう言い残し、姉王女たちを連れて地下から出ていってしまった。
アリスは一人、独房の中で泣いていた。なぜこんな目に合わなくてはならないのか。不条理な現実に、涙は止まらなかった。
~~~
アリスには、真っ暗な絶望の未来が待っていた。魔法で見ることのできる限界の未来を見れば、ずっと独房の中にいるのだ。そうして一か月経つとシエラが訪れ、未来を書き記すように言う。
「もう、いやです……」
震えながら、アリスは首を振る。
「ふぅん? 私に口答えするのね」
「もう、協力はしません……!」
「あらそう……なら、これでどうかしら?」
シエラの言葉に続くよう、騎士たちが地下室へ誰かを連れてくる。顔にかぶされた頭巾を取ると、その顔は――
「エルサ!」
「アリス、様……」
即座に理解した。エルサは人質なのだ。シエラも、クククと笑っていた。
「侍女一人如き、城から消えても問題ありませんわね」
騎士が剣を抜いた。エルサは顔面蒼白になっている。刃が喉元にかけられると、アリスは立ち上がった。
「やります! 未来を書きます! ですから、エルサを解放してください!」
「そう、頼みましたよ。ついでに言いますが、あなたの書いた未来に間違いがあったら、どうなるかはわかるわね?」
「……はい」
答えると、刃が鞘に納められた。エルサはなにか言おうとして、すぐに連れて行かれた。
「さて、書き終わったら鉄格子の外に置いておくのよ。あとで回収に来させますから」
シエラも去っていく。アリスは一人、泣きながら未来を見て、羊皮紙に記していった。
いつか、この日々が終わる。ひたむきに頑張れば報われる。その一心で、気の遠くなるような日々を過ごしていった。
しかし、果てしない暗闇の中での時間は、清らかだったアリスの心に姉王女たちへの黒い感情を芽生えさせた。
この国のためを思い魔法を使っていたのにどうしてこんな目に?
国王や姉王女たちのために魔法を使っているのにどうしてこんな目に?
ただ幸せを願っただけなのにどうしてこんな目に?
なぜ? なぜ? なぜ?
こんなに尽くして、ほんの少ししか我が儘を願わなかったのに、なぜこんな目に合わなくてはならないのか。
誰が悪いのか。自らだろうか? 姉王女たちだろうか?
「私は……悪くない……何も悪いことはしていない……」
それでも、姉王女たちを憎むことができなかった。
黒い感情は、真っ白なシーツにインクを垂らしたように広まることはなかった。ただ一点の黒点を残し、アリスの心に残った。
たったそれだけでも、アリスは拭いたいと思っていた。
~~~
もうどれだけ独房の中にいるのか数えなくなったころ、地下室へと来客があった。隈のできた顔で見上げると、ヴィオンだった。傍らには、勝ち誇った顔のシエラがいる。
「アリス、この魔法使いは今日からアインヘルムで働くことになりましたの。なんでも、この男も未来が見えるそうね。だからあなたは用済みよ」
アリスは何も答えない。暗い瞳で、シエラを見上げている。
「……シエラ様、少しこの方と二人にしてくださいませんか」
シエラが一瞬顔をしかめた。
「お願いです。未来を見る魔法は、この方にほとんど分けてしまいましたから」
もう一度ヴィオンが頼めば、「フンッ」とそっぽを向いて地下室を出ていった。
ヴィオンは座り込んだアリスと視線を合わせたら、途端に涙を流した。
「ごめん……ごめんよ……ボクがあんな魔法あげたばっかりに……」
夢にまで見た人が、アリスのために泣いている。心の奥が、チクリと痛んだ。
「ボクが見ていた未来は、君に魔法をあげてはダメだったんだ……! ここまで来るのにとても長い時を一人で過ごさせてしまって、本当にすまない……」
「……そう、自分を責めないでください。さぁ、私に分けた魔法を取り戻してください」
「違う……違うんだ! 今のは嘘だ! 嘘をついたのは……君に会うためなんだ!」
「私に……? こんな私にですか?」
ヴィオンは苦虫を噛み潰したような顔をすると、舞踏会の時のように囁いた。
「君に魔法をかけてあげる。時を遡る魔法だよ。過去に戻って、未来を見る魔法を君のためだけに使うんだ。ボクも君に会いに行って、贖罪をする――今はこんなことしかできないけど、いいかな」
「――そんなことができるのですか?」
「できるよ。だから君は君の未来を掴むんだ。だけど、君のお姉さんたちには気を付けるんだよ? また、悪用されないように……」
「そう、ですね……はい、私なりに頑張ってみます」
薄汚れた顔で、アリスは微笑んだ。ヴィオンは難しい顔をして、手をかざす。
「なら、過去に戻すよ。ボクたちが出会った舞踏会より、半年ほど前に――」
ヴィオンは魔法をかける。暖かな光がアリスを包むと、次第に意識が遠くなっていく。
意識が途切れる最後まで残っていたのは、ヴィオンの顔だった。
~~~
「姉上様は近日中に事故に遭い命を落とすでしょう」
冷たく告げるアリスの言葉に、「嘘よ!」と、第三王女が泣きながらすがってきた。
「助かるにはどうしたらいいの⁉ なんでもするわ! 教えて!」
「では、姉上様が治めるはずだった土地の権利書をいただけますか」
「そ、それは……」
「でしたら死ぬだけです。それでは」
無視して去ろうとするアリスへ、第三王女は泣きながら必死に駆け寄ってきた。
「あげる! 土地なんかあげるから! だから教えて!」
「そうですか。では領民もなにもかもいただきますね」
突き放すようなアリスの心では、姉王女を申し訳なく思っていた。しかし、こうでもしないと未来は変わらないのだ。
アリスの見る未来は、自らの行動で変えられる。それに気づき、姉王女たちに虐げられないような未来を目指している。
「とはいえ、自分に嘘をつくのは疲れますね……」
本当なら、今までのように過ごしていたかった。王城の端で、エルサと二人過ごす。
「ですがそれでは、また同じことの繰り返し……困ったものですね」
一人呟くアリスを、使用人たちは遠目で見ている。
「また未来を見て脅したようですよ? 今度は第三王女様です」
「シッ! 聞こえたら私達だってなにをされてもおかしくありません……」
「少し前までは、あんなに清楚でおとなしい方でしたのに……」
使用人たちが陰で話していることを、アリスは決して忘れない。いつかヴィオンと再会し、結ばれた時、全員に謝るために。
とにかく未来を教えて復讐もどきをするのは、姉王女たちだけだ。
別に、本当に起こる未来を教えなくてもいい。真実だろうが嘘だろうが、悲惨な未来を言われた本人は、床に顔を押し付けてでも助かる方法を教えてくれと懇願する。
そこまでしなくていいと言いたくても、ヴィオンのために心を殺していた。
「ヴィオンも、早く来てくれるといいのですが」
どうやらヴィオンは、しばらく隣国を留守にしているらしい。帰ってくるのは、半年後の舞踏会近くまでだ。
そうやって心にもなく冷たく当たっているうちに、アリスの魔法はアインヘルムの誰もが知るところになっていた。アリスの魔法は、徐々にアインヘルムを蝕んでいった。
その姿を見て、誰かが言った。『毒の花のアリス』と。
「……困ったものです」
遺憾ながら受け止め、アリスは前に進む。ヴィオンのため、そして、なぜか現れないエルサのため。
「どこに行ったのでしょう?」
時を遡ってから、エルサの姿がないのだ。最初に戻った端の部屋にも、別の侍女がやってきた。
謎を抱えつつ、今日もアリスは毒の花として生きる。いつか、この花弁を散らす日を思い描きながら。
~~~
「……なぜ、来ないですか」
もう舞踏会は間近だ。だが、ヴィオンが現われない。戻ってきているはずだというのに、アインヘルムに来ないのだ。
「怒っているのですか? 私が毒の花になってしまったから。こんな独裁者のような地位にいるから。だから来てくれないのですか?」
呟く言葉は誰の耳にも届かず消えていく。広い部屋にはアリスの機嫌を損ねないための侍女がいるが、皆、遠くから見ているだけだ。
「エルサも、どこかへ行ってしまった――代償だとでも言うのですか? 未来を見て、時を戻った代償だと……」
いらないというのに、他の物は全て手にしてしまった。地位も魔法も権力も。誰よりも美しいと呼ばれた姿も変わっていない。
「……認めません。ヴィオンは私のために魔法を使うよう言いました。私は間違っていません」
そうして、夜は更けていく。王城の端にあった部屋では考えられないような大きなベッドで一人寝転がっていると、心が寂しさで満ちるようだった。
「ヴィオン、エルサ……私は寂しいです」
逢いたい。話したいことも聞きたいことも沢山ある。謝りに行きたい人も沢山いる。
「私、一人……」
やがて考えるのが辛くなり、無理やり眠りについた。
~~~
夢の中で、アリスは未来を見ていた。目覚めたあと、属国へ向かうシエラが馬車の事故に遭い死ぬ未来だ。
寝てなどいられない。今すぐにでも飛び起きて知らせなければならない。
だというのに、夢の中で、心についた黒点が広がり、アリスを包んで離さなかった。
黒点が語りかけてくる。シエラのせいで独房に送られた。灰色の花にしたのもシエラがやったはずだ。死んで当然だ。
「そんなことはありません! 例えどれだけ罪深くとも、失っていい命などありません!」
アリスは必死に夢から覚めようとする。意識を包む闇を剥いで、起き上がろうとする。
しかし、一人では起きられない。抗えない。このままでは、シエラが死んでしまう。
「誰か――! 誰か!」
夢の中で叫んだ。すると、暖かな光が差す。手のひらが伸びてきて、アリスは必死にその手を取った。
~~~
「アリス様!」
「エルサ……? エルサなのですか?」
夢から覚めると、そこにはいつものエルサがいた。ずっと姿が見えなかったというのに、いつものエルサだ。
「いったい今までどこに……」
「それより、やることがあるはずです!」
ハッとし、時間を確認する。シエラを乗せた馬車は、もう王城を出ているだろう。このままでは、属国への道中、山崩れで死ぬのだ。
「急ぎ、知らせを……! いえ、この時間では……!」
正確な場所を誰かに知らせ早馬を出しても間に合わないだろう。アリスだけでは、馬に乗ることもできない。シエラたちが王族としての教育をさせなかった事が、シエラの死に繋がるのだ。
「……アリス様、一つだけ聞かせてください」
こんな時になんなのか。血相を変えてエルサの顔を見ると、真剣なまなざしを向けられていた。
「シエラ様がいたから独房に入れられました。シエラ様さえいなければ、この先も安泰でしょう。それでも、アリス様は救おうと思いますか?」
なぜ、時間を遡る前のことを知っているのか。いや、今はそんなことどうでもいい。アリスはすぐに「必ず助ける!」と言い放つ。それを聞き、エルサは笑みを浮かべた。
「アリス様でしたら、そう言ってくださると信じていました!」
エルサはアリスの手を取り、大急ぎで厩まで走っていく。その道中、エルサはこれまでのことを話した。
ヴィオンは、シエラが事故に遭い死ぬ未来を知っていた。しかし、ただのヴィオンの言葉はシエラに届かない。そしてアリス一人でも助けられないと知っていた。
エルサは人質にとられたあと、そのすべてをヴィオンから聞いたのだ。そして事故に遭うこの日まで時間を遡ってきていた。
「つまりエルサは、先回りしていたのですか?」
「意識がはっきりしたのは、つい先ほどですが。それより後ろに乗ってください!」
エルサが馬にまたがると、アリスを急かした。
「私が馬を走らせます! アリス様は、事故の現場を教えてください!」
「わ、分かりました!」
このためだったのだ。馬を走らせるため、エルサは時を遡った。
二人を乗せた馬は、弾けるように走り出した。市壁を超え、属国へと続く山間の道へと走る。
「その角を右に! 突きあたったら坂が見えますから下ってください!」
アリスの指示と、エルサの馬術。二人が息を合わせて走ると、シエラの乗る馬車が見えてきた。
「不味いです! もう五分としないうちに山崩れが……!」
馬は追いつくだろう。だが、どうやってシエラを含む乗員を説得し降ろせばいいのか。更に言うなら、降ろして避難させるにはどうしたらいいのか。
アリスは思わず舌打ちをした。せっかくここまで頑張ってきたというのに、その努力が無駄になるのか。あんなことをした相手すら救おうとする尊い行いを無駄にするのか。
「……まっすぐ走らせるだけなら、私だけでも」
「アリス様……?」
「エルサ、命令です。今すぐ馬から降りてください」
「そんな! まさか一人で突っ込む気ですか⁉」
「そうすれば、馬車は驚いて先に行ってくれます。私の犠牲で救える命があるのでしたら、私はこの命を捧げます!」
「……お言葉ですが、アリス様の侍女として、私にも役割があります。それに私の命は、アリス様に救われたからあるのです!」
だから、決してもう一人にはしない。エルサは頑なに馬から降りようとしなかった。そのまま加速させ、馬車へと突っ込んでいく。
「いけません! エルサ!」
もう、山崩れは始まっている。正確な時間を間違えてしまったのだ。ほんの、一分か二分を。
だとしても、エルサは馬を走らせる。馬車へ突撃すると、引いていた馬が驚いて加速した。シエラは、これで助かるだろう。
しかし、山崩れが迫っている。エルサは最後の最後まで、馬を走らせ続けた。
二人の乗る馬は、山崩れに飲まれていく。だがほんの少し、シエラが飲み込まれるはずだった場所から先まで走ってこられた。
山崩れには巻き込まれたが、端の方だ。必死にもがいて、アリスとエルサは手を取る。崖下に落ちていきながらも、その手は離さなかった。
~~~
身体がとても冷たかった。アリスは、死んでしまったのかと感じていた。
その手を、誰かが握った。エルサの手、ではない。もっと固く、強い。耳にも、誰かの呼ぶ声がする。
「目を開けてくれ! アリス!」
「ヴィオン……?」
目を開けると、周りにはたくさんの馬車が止まっている。山崩れの跡が遠目に見える。
「……助かったの、ですか?」
アリスの言葉に、ヴィオンは泣いて頷いた。
「ボクたちの国から救助隊が間に合ったんだよ! 君も、エルサも、あとほんの少しで押しつぶされていた……! でも助かった! 君は間に合ったんだ!」
隣で、エルサが寝ていた。意識はないが、しっかり呼吸している。
「……ずいぶん長い、夢でしたね」
その夢も、もう覚めた。アリスはようやく、ヴィオンと再会できた。
本当に見たかった夢の始まりだった。
「ずっと、会いたかったです……ヴィオン」
アリスはひたむきに頑張っただけだ。闇の誘惑に負けず、最後までやり遂げたのだ。
その後、シエラがアリスの決死の突撃によって助かったことを知った。命を賭けてまで救われたことは、シエラの心を変えた。
アリスと、ヴィオンとの婚約話を国王に進言し、二人を祝福した。アリスの勇気を褒めたたえた。
以降、誰一人として、アリスを毒の花とも、灰色の花とも呼ばなくなった。
ヴィオンとエルサと三人で、笑顔の花を咲かせたのだった。




