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家族(2)

 突然の告白ではあるが、オプストフルクトの公式文書は日本語である。

 ……うん、日本がないのに日本語とか意味がわからないね。でも、日本語である。

 まあその理由は、きっとあれだ。私のような転生者が、ずっと以前にもいたということだろう。転生でなければ、異世界転移というパターンかもしれない。

 とにかくそのどちらかで、やってきた日本人が異世界ものにありがちな華麗な活躍をして、国の要職になったとかそんな経緯に違いない。

 お陰で幼い頃の私は、『天才児』だった。何せ両親が教えていなかった文字を書いていたのだ。まあ、そうなる。そのときに私は、やっちまった感とともにオプストフルクトに日本語が存在することを知ったのだった。以降、日本語は封印しているので、その秘密を知る人間は現在この世に一人もいない。


「王都と同じ水準の家とか、実は高級住宅なんじゃ……」


 何故に突然の告白になったかというと、家のトイレが水洗だったのを見つけたからだった。

 中世ヨーロッパを思わせる典型的ファンタジー世界でありながら、オプストフルクトは水回りのインフラに限っていえば、かなり発達している。

 やっぱり日本人的に一番こだわるのは、そこだったということか。わかる。ありがたや、ありがたや……。さすがに温水洗浄機能は付いていないが、水洗なだけでも平伏したい感謝レベルだ。

 ちなみに補足をすると、オプストフルクトは世界の名前であると同時に、人間が住む国の名前でもある。世界の名前をそのまま付けるとか、強気だ……。




 私は本当に遠慮なく、二階建てのこの家すべての部屋に入ってみた。

 で、わかった。レフィーは最初に入ったあの部屋以外、まったく使っていないと。


(見事な『空き室』だったわ)


 床も壁もスッキリハッキリよく見える、がらんどうな部屋たちを思い出しながら、階段を下る。二階には五部屋もあったというのに、全部屋がそう。この家の状況は、住人が誰もいないアパートに大家だけが住んでいる、そんな表現がピッタリである。

 この場合、二階のどれかを私の部屋にしたら、同じ家に住みながら一日顔を合わせないという日も有り得そう。レフィーは二階には来ないだろうから、私が一階に降りてきたときに偶然居合わせるでもしないと会わないだろう。お互い引きこもりのようだから。


(でもレフィーは例え一ヶ月くらい会えなくても、疎遠になる感じはしないのよね)


 今日、出会ったばかりの相手にそう思うのも変だけれど、この予想は合っていると思う。レフィーに家族として扱われて、薄々感じていたその感覚が確信に変わった。


(家族、だねぇ)


 日本で独り暮らしをしていた頃、半年ぶりに実家へ帰る旨のメッセージを送った際に「卵が切れそうだから買ってきて」と返信を寄越した母を思い出す。県外の土産じゃなくて近所のスーパーのお使いを頼むとか、変わらなさすぎる距離感に呆れるとともに安心もあった。


(これは近いうちに、「それ」と「あれ」で会話が成立するわ)


 難なく想像できてしまった遣り取りに苦笑しながら、まだレフィーがいるだろう最初の部屋に戻ってくる。


「ああ、ミア。戻ってきたんですね。では、先程のあれについて理由を教えて下さい」


 いや「近いうち」すぎるから。まだ「あれ」ではわかり合えないから。


「あれって?」


 この部屋を出たときと同様ソファに座っていたレフィーに、近寄りながら私は聞き返した。

 にしても改めて見ても、すごい部屋だ。出入口から見える縦長の窓二つを除き、床から天井まで隙間無くそびえる本棚たち。レフィーが座っているソファーは、長身の彼でも余裕で寝転がれるくらい大きい。ソファの横には三段のワゴンがあって上から順に、本、ポットとカップ、お菓子が載っている。

 ……私が日本で独り暮らししていた頃の部屋と、すごく似ている件について。

 これ、あれでしょ。朝起きて、適当に食べ物を摘まみながらここで一日中本を読んで。切りの良いところまで行ったら、そのままおやすみ。必要最低限しか部屋の外に出ない奴。


「私が家を見て回ればと言ったときに、貴女が驚いた理由です」

「えっ、見てたの?」


 彼の隣まで行ってようやく私を見たレフィーから、まさかの問いかけがきた。先の遣り取りで彼がこちらを振り返った素振りは、まったくなかったはずなのに。


「見てはいません。でもあれだけ感情を動かしていれば、気配でわかります」

「気配」


 気配とな。

 え、もしかしてレフィーの表情筋が死んでるって、必要ないと思って切り捨ててるとかそういう?


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