初診②
「さて、まず簡単な質問に答えてくれるかな?」
そう言ってアーロンは箇条書きで何かが書かれた紙を渡してきた。
1 いつもの彼のことばかり考えてしまう。 はい・いいえ
2 食欲が湧かず、食事を残してしまう。 はい・いいえ
3 なかなか眠れず、睡眠不足気味だ。 はい・いいえ
4 最近感情の起伏が多い気がする。 はい・いいえ
5 何も手につかず、ボーとしてしまうことが増えた。 はい・いいえ
6 ため息をよくするようになった。 はい・いいえ
7 好きな彼が他の女性と話しているのを見ると嫉妬をしてしまう。 はい・いいえ
私は仕方がなくその紙に本心で答えていった。すると全て『はい』になってしまったのだ。そしてアーロンに用紙を渡すと、私が書いた用紙を真剣な顔をして見て言った。
「これは重症です。しかし、安心してください。恋は治る病です。しっかりとした治療を受けましょう」
アーロンはまた下手くそな笑みを浮かべながらそう言った。
「えぇ、どれほど重症なのでしょうか?」
私は自分のことが心配になりそう聞いた。
「はい。このまま病状が進めば、……あなたは『ヤンデレ』になってしまうかも知れません」
アーロンはすごく深刻そうな顔でそう言った。私は初めて聞く言葉でヤンデレというものが分からなかった。
「では、そのヤンデレとはなんでしょう?」
「『ヤンデレ』とは、恋煩いの症状が著しく現れてしまった末期患者の総称です。例えば、『アイツがいなくなれば、彼は私のところに戻ってくる』や『彼がどこか他所に行ってしまわないようにずっと見張ってなくちゃ』など、これよりもひどい思考に陥ってしまい、彼らはそれを実際に行動に移してしまうのです。さらに思考回路が完全にショート状態になってしまい他のことが考えられなくなってしまいます。この状態に陥ると恋煩いからの生還率は限りなく0に近くなります。仮に病状が抑え切れたとしても一生『ヤンデレ』であると自覚をして、自分が『ヤンデレ』になっていないか怯えながら生きることになります。とても怖いことです。自分の思考が制限され恐ろしいことを実行してしまうのです。しかし、この状態になるのは自力で恋を乗り越えらず、さらに専門医に掛からなかった場合です」
私は『ヤンデレ』に恐怖した。さっき受けた質問のことが、より顕著に現れるというのだ。それはもうまともな生活を送れないということだ。私にも思い当たる節が多くあって、質問より過激になっている条項もあった。そう、嫉妬である。先ほどまで私はセシリアを殺そうと思っていたのだ。今考えれば正気の沙汰じゃない。私はもう『ヤンデレ』になってしまっているのではないかと不安になった。
「……先生。私はもう『ヤンデレ』になってしまっているかも知れません」
私は顔を蒼白とさせて震えながら答えた。
「安心してください。まだあなたは『ヤンデレ』になってはいません。その前段階にいます。これから私の治療をしっかりと受ければ治りますので大丈夫です」
アーロン先生は手でグッドさせながらそう言った。
「それにしてもなぜ、そのような恐ろしい病なのに世の中で広まってないんでしょう?」
私は疑問に思った。こんなに恐ろしい病なのに私は一度も聞いたことがなかったのだ。
「えぇ、本来であればもっと多くの人が知っておくべき病です。それに恋煩いは誰しもが一度経験するほどメジャーな病であります。しかしだからこそ、多くの人は風邪を引いたときと同じく自力で直そうとしてしまうのです。まさに『病は気から』と気持ち次第で病状は軽くなるから放って置いおけばいつか治ると専門医にかからないのです」
アーロンはテーブルに肘を立て顔の前に祈りを捧げるように手を組んでそう言った。
「なるほど。それで私はどうすればいいのですか?」
「まず、現状確認が必要です。こちらを見てください」
アーロンは光る板に写る人を指差した。そのヒト? は髪が荒れておりうねりにうねりまくっていて目は焦点が合っておらず、目の下には黒い隈ができていた。さらに目は血走っていた。その姿は人と呼べるような状態ではなく、物語に出てくる山姥のようで、今にも人を喰い殺そうかというような凄みがあった。
「この映像に写っているのはあなたです」
私はアーロンにそう言われて驚いた。私は社交界で妖精姫と呼ばれるほどであった。こんな醜い化け物が自分だとは信じられなかった。
「私はこんな姿じゃありません!! そんなの信じられません!!!」
私が叫んでそう言うとアーロンは椅子から立ち、部屋の奥の方から大きな姿見を持ってきたのだ。
「さぁ、今の自分の姿を見てください」
私は鏡をみた。そこには先ほど映像でみたより凄みはないが、確かにさっきの映像と同一人物であった。
「きゃっ!!」
私は悲鳴を上げて自分の顔を手で覆った。私はこんなのが自分であると信じれなかった。
「これが今のあなたの現状です。しかし!!! 安心してください。私があなたの病を治してみせます。だから、私の治療を受けませんか?」
アーロンは芝居がかったように片膝を立て、私に手を差し伸べてきた。時刻はすでに夕方で、夕日の明かりが部屋に差し込んでおり、少しぎこちない彼でもなんとも絵になりそう状況であった。私はそんな彼の手を取って言った。
「お願いします!! どうか私を元の姿に戻してください」
これが私の未来を大きく変える瞬間だった。