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玉座の上のシルキー・ヴァニーユ 1

観光案内人からの口上


「やあ、よく眠れたかい。そうか、それはよかった。山登りには体力が要るからね!

 一に体力、二に体力! 三はお茶だ! お弁当を美味しく食べるために必須だ、喉に詰まらせてはいけないからな! バナナおやつに含まない。あれは栄養補給食品の別腹だからだ。

 さて今日は、いよいよ三角山を見に行くか。そう魔王の城のあるあの山だ。

 んー、残念ながら、魔王の城が見えるわけではない。見た目、普通の山だ。もっと禍々しい名前がついてもいいようなモンだが、なかなか綺麗な三角形をしていて、他の名が定着しない。三角山。

 西側は鉱山で立入禁止。ハイキングコースで登れるのは東側四合目までになっている。結構な勾配だから……てのもあるが、実は高さはそれほどでもないんだな。

 じゃあどうしてかってーと、この山は上の方に輪っかの形の湖があって、山頂にぐるっとネックレスをかけているんだ。不思議だろう。まるで地上から切り離そうとしているかのようにね。

 しかも夜には薄ぼんやりと光を帯びたりしている、ナゾの多い湖だ。その時の色合いからオパール湖と呼ばれている。

 魔王の城は、そのオパール湖の隔離した天辺部分とも、湖の下数千メートルの地底とも言われている……そこももちろん、立ち入りは禁止だ。

 ほら、ここは伝説の三角山。魔界の入り口、魔王の揺籃、悪魔の巣窟だ。道中、何があるか判らないぞ!

 ハハハ、大丈夫! そのためのこの俺! 勇者が同伴しているのだからな! 安心してついてくるがいい。

 ん、何? 途中のアトラクションの、悪魔役のお兄さんがカッコ良かったけど今日も出るのか……? 

 いやいや! さり気なくネタばらしするんじゃないよ! ダメだよそんな事言っちゃ! 他のお客様ホラ! 笑ってるからホラ!

 ていうか俺が勇者だよ? 俺の方に惚れてよ!」



二枚目 玉座の上のシルキー・ヴァニーユ



 いつもの美味しいおやつをどっさり頂いたヴァニーユは伸びをひとつグッとやって、女王の部屋を後にしました。

 半野良の身は気楽です。城で寝ることもあれば、街をさまよっている事もあります。誰も止め立て出来ません。だからこその半野良ですからね。

 今日のヴァニーユはビスクヘルムを出て東の方へと向かいました。

 そちらは山岳地帯。三角山です。草地は森になり、山の中に続きます。

 迷う様子もなく、ヴァニーユは三角山に分け入りました。立ち入り禁止区域? そんな看板では止め立て出来ません。だってもちろん、半野良ですからね。

 森はどんどん深く、鬱蒼となってきました。

 人の手の入らない木々は生い茂り、お天道様の光も遮りがちです。

 地面は湿気を含んで重く、時折、何の生き物か判らないものの鳴き声が草の間から高くあがります。山鳩、野良犬とは限りません。三角山は、ただの山ではないのです。

 しかし、ヴァニーユは全く恐れげなく、魔物がたんと潜んでいそうな山道をとっとこ登りました。

 迷う様子も見せません。地図がちゃんと頭に入っているように、時に穴をくぐり岩を迂回し、洞窟に入って出てきた時には、どうやったものか、天辺を取り囲んで通行止めにしているはずのオパール湖を下に見下ろしていました。

 人は誰もこの道を知りません。高度もあがった山の中は湖に冷やされた空気が冷たく、そして静けさに支配されていました。

 ヴァニーユはちょっと自分の足跡を振り返り、裾野に広がる平野を、その向こうに小さく見える街と、並ぶ家や城の屋根を眺めました。

 本当なら今時分、城の方向を見ればそこには赤く大きく膨らんだ太陽が、もったりと重そうに海へと沈んでいってるところです。夕日に照らされた城壁の硝子や塔の突端が光って見えるのです。

 が、今日は曇天でした。灰色一色。夜には一雨来る気配がします。

 一息ついたヴァニーユはまた歩き出しました。

 と。何歩といかないうちに、立木の枝が鳴り、黒い影が飛び出しました。

 鳥ではありません。それは空に浮かんでいましたが、皮を張った翼の間にいるのは四肢を持つ小鬼の姿をしていました。

 ガーゴイルです! 見張り番の魔物、悪魔の番兵。こんな森の中で何を守っているんですかって? 魔王の城に決まっているじゃないですか!

「あっ!」

 実際、ヴァニーユを発見したガーゴイルは声を上げました。

 魔物の気配を察知して、獣も来ない山道です。生き物がいるのは珍しい。ましてやこんな猫一匹、あっという間にエサにされてしまいます……!

 しかしガーゴイルは猫を捕まえようとはしません。むしろ、見るからに慌てだし、あたふたと踵を返してピークに向かい、すり鉢型になっている山の内輪に飛び込んでいきました。

 気付いたのか、気付いていないのか。

 魔物とのエンカウントを完全に無視して、ヴァニーユは大きな岩の前で何事かを呟きました。

 すると、動かないはずのそれがモゾモゾ身動ぎ、あくびをするかのようにかっぱり口を開けました。ヴァニーユがその中に入ると、岩もぱくりと口を閉じます。

 中は平らかな床でした。もう山道ではありません。削った石を葺いて段を作って、どう見ても、人工的な建造物の中になっています。

 当たり前の顔してトットッ、と階段を降りていくヴァニーユですが目下の景色は……ねえ、ちょっと見てください。

 階段の外は、何もありません。ここは高い高い位置に掛かっている螺旋階段です。手すりもないので、人間ならば足が竦んで動けなくなる事でしょう。

 遥か下にぽつ、ぽつ、と星屑のような光が散っています。まるで夜の街を見下ろすように。そして、ええ、これは街の灯りなのです。

 ……人の知らない、深い深い地の底。

 山の中は空洞になっていて、地底から生えた、巨大な氷砂糖のような塔が山の頂上に繋がっています。まるで、中から三角山をつっかえ棒で支えているようにです。

 少し広がった塔の接着部分、リング状の薄明かりを差し込ませているのはオパール湖です。正確にはその湖底ですね。

 湖の底の半透明な石ごしに、弱められた太陽光が地底に降り注いでいるのです。

 逆に夜には月明かりに光る輝石のほうが明るくなって、湖の外にぼんやりと光りを投げる仕組みです。これがオパール湖の秘密です。

 水のゆらぎを見て人はこれをオパールと呼んでいますが、実際はキラキラと輝く純輝石。ダイヤモンドです。この塔、ダイヤモンドとその原石で出来ているのです!

 この思いがけなく美しい魔界の塔を、魔物たちはカンディーレン城と呼んでいます。

 そう。城です。これこそが魔王の城。前人未到の、伝説の場所なのです。

 魔界の街は塔の足元に広がり、魔物らは魔王の力と権力を、高く見上げて過ごすのです。

 魔王の城は地底の要塞。

 招かれざる者が踏み入る事かなわず、また生きては帰れず。

 しかして魔界貴族の根城でもありますので、そのしつらえは荘厳華麗。

 床に磨いた黒い石、天井に張った赤い石、絢爛な中にも重々しい意匠で来るものを威圧するような装飾が周りを取り囲んでいます。

 長く続く廊下の先から、先遣の魔物、ガーゴイルの声が反響して聞こえてきます。

「魔王様のおかえりだ! 魔王様のおかえりだ!」

 よく聞けば、喚かれる言葉はひとつの反響だけではないようです。山の内側のあちこちから、いくつもの声が吹き出して、唱和しながらこだまします。

「魔王様のおかえりだ! 魔王様のおかえりだ!」

 ざわめきの中をヴァニーユは進みます。

 迷わない足取りで広間に到着すると、その真ん中に設えた、大きな玉座にぴょいと飛び乗って、リラックス感全開でどったり座ります。はみ出した尻尾と片足を、シートの下に垂らして。

「ただぃま」

 ……改めてご紹介するべきでしょう。

 魔王の城の玉座に座るこの方こそが、もちろん魔王。

 格好こそ黒猫ですが、魔界を統べる悪魔の帝王、三代目魔王ヴァニーユ様にあらせられます。

 そう、魔王は死んではいませんでした。地獄の悪魔も地底の城も、もちろん幻ではありませんでした。

 未だに三角山の中に城を構え、魔王を始めとする治世が布かれて、ちゃんと統率がとれているのです。

 ごらんなさい。気まぐれな魔王様のお帰りに、伝令を聞いて急いでやってきた臣下達が、広間にぎっしり勢揃いしてもうちゃんと膝をついていました。翼を持つもの、異形のもの、半獣などなど、怖そうな魔物達でいっぱいです。

「お帰りなさいませ」

「魔王様、お帰りなさいませ」

 ああ、うん。

 物々しい挨拶に、ヴァニーユは尻尾をふって適当に挨拶を返します。

 頭を垂れた者たちの中から、魔王様のすぐ前にいた一人がサッと顔を上げました。

 顔は、真っ白な美髯を滝のように垂らした、皺の深いものだったので、目も口もその中に埋まっています。ただし頭はつるっつる。デキモノか何かのように、二つの小さな角がちょっぴりだけ見えます。

 人間タイプの魔物だと、魔物とて見た目で老いが判るのですね。その老いた顔は、冬の日暮れのような深紫の長いローブに乗っていました。

 彼は大魔導師ヌガー、先代より魔王様にお仕えしている年季の入った宮仕えです。

 今の魔王様には、いわゆる「じいや」になります。若い魔王にお小言など言って聞かせる役割です。

「お帰りなさいませ」

 改めた挨拶と共にもう一度深々と下げた頭を上げると同時、早速はじまりました。

「といっても、お帰りはこれ五日ぶりですよ。もっと帰ってきてもらわないと」

「もらわないと?」

「じい寂しい」

「そこか……」

 じいと若君の気の抜けた会話に、広間の空気もどことなく緊張感が取れました。

「だってにゃあ。女王の胸は抱かれ心地がよくて」

「この私めの髯ではダメにございますか。お手入れ、欠かしてはおりませんぞ」

「うむ、いつもながらのフッサーラ、チンチラにも勝る。褒めおくぞ、ヌガー」

「は、恐悦至極」

 ほのぼのとすらし始めたそこへ、大声を響かせながら金属音を伴った荒い足音が入ってきました。

「やっと帰ってきただと!」

 金属音は甲冑です。大股に歩くたびに、ガシャガシャと板金が打ち鳴らされます。

 それは見上げるほどの巨躯。遅刻してやってきた事は意にも介さず、無遠慮に王座近くまで詰め寄りました。

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