シルキー・ヴァニーユ・マカロン伯爵 5
そんなわけで、から唐突に始まった魔王様の説明に、魔物たちは顔を見合わせました。
「新通貨……ですか」
「ん。併用して流通させる。単位はビキチットだ」
横に立ったヌガーが実物はこちら、とクッキーを一枚、手に持って掲げてみせます。
「賞味期限は裸の状態で二日。早めにお召し上がりくださいですぞ。湿気るからの」
「宝石を持ってくるのだ。ここにはゴロゴロしてるからな、難しいお使いじゃない。この一番小さなサイズで貴石なら三ビキチット、半貴石なら一ビキチット。ダイヤなら五ビキチットを支払う。希少価値とビキチットの種類でその都度対応。ただし城壁はぶっ掻くなよ。お仕置きするぞ。宝石だけでなく希少鉱石も含むのでそれぞれ仕事に励め」
ザワつく魔物たちに、ヴァニーユはニヤリと笑ってみせました。
「おやつのために働くのも、悪くないぞ」
試しにと、一枚交換してもらった子鬼の一人が、早速ビキチットを齧ってみました。すると、目をひん剥いて叫びだしたので、これは怖い食べ物じゃないかと一同が一歩引いたところ、あまりの美味さに感動したらしい子鬼が感涙にむせびながら残りを完食し、慌ててダイヤを拾いに行ったので、残った見物人も、どうもこれは美味いらしい、地底に居ながらにして天国見れるらしい、と噂しあい、皆揃って宝石探しに出かけました。
地底に、にわかにおやつブームがやってきました。副作用もじきに発見されてきました。
ギスギスした魔物もお疲れの魔物も、おやつを食べて一息つくとちょっぴり幸せ、という不思議な健康法がそれです。これは流行りました。みんなお疲れだったのでしょうかね。
それから、腹の肉が増えてきて飛びにくくなった、という報告もなされましたが、これは山ほど食べた贅沢者がかかった罠のようです。ほどほどにしましょう。
良いビキチットライフを。
「ねぇ知ってるぅ? コンポートのアメール王子ねぇ、結局あの日、町で見かけた可愛い女の子とイチャイチャしてたら逃げるのが遅れたって話よぉ」
感嘆の声がわいわいと被る井戸端会議、城の裏庭で行われています。
お喋りしているのは全員、猫です。猫五匹。ゴロゴロうにゃうにゃ、猫の言葉で喋っているので、残念ながら、人間ではその内容を聞くことはできません。
「今日は何もないといいねぇ」
「魔物の攻撃、痛いからねぇ」
「泣くかと思ったねぇ」
「もう一番前はヤだ」
「一番後ろも大変なのよぅ」
なによなによと言い合いになり、そろそろ猫キックが挟まろうかと言う頃。
「何をモメてるのアンタたち」
この猫集会に、でっかい三毛猫が近づいてきました。
「あ、キッカちゃんだ」
「上手くやってるかと思って様子を見に来たらこれよ、もう。どうなの。大丈夫なの」
五匹の猫は顔を見合わせ「エサが美味しいから大丈夫」と声を揃えました。
「そう。ならいいわ。しっかりやるのよ」
「はーい」
向こうの方から呼び声がします。
「あ、女王様だ」
「女王様呼んでる」
「行ってくるねキッカちゃん」
「またね」
五匹の猫はぴょいぴょいとジャンプして重なりあい、大きい雪猫の姿になると、元気に走り去りました。
大好きな女王の胸に抱かれてふわふわと夢見心地を楽しんでいた黒猫ヴァニーユは、無情にも胸元から降ろされて抗議の鳴き声を上げました。
「だーめ。もう時間です」
髪が結い上がったらしい。これからお着替えに移行するのです。それでも足元をウロウロしながら悲壮な喉使いでもって「いやー」「もっとー」「だっこー」などと言っていたのですが、さくさくと仕舞われるに至り、耳も尻尾も垂らして座り込みました。おっぱいの霊圧が消えた。
今日のドレスはホワイトゴールドの地にシャーベットオレンジのリボンライン。ちょっぴりゴージャスな作りです。
だって。これから、パレードなのです。
悲しい思いも残しましたが、まずは人間側の勝利を謳い、勇者の強さを讃えなければ。そして魔王の存在も、近隣諸国にちゃんと知らしめて。
そうそう、人間の事情はそれとして、魔界の方なのですが。
あれから地獄の奥方の姿を見ていません。元々、魔界には現れないお方でしたが、今まで以上にウンともスンともありません。弟君を亡くしてしまって嘆いていらっしゃると思うのですけれど。
ヴァニーユだって、優秀ではあった部下を亡くして思う所もあります。でもやはり、ボクが何か言って喜ぶ相手でもなかろうと、こちらも沈黙を続けています。
完全なる平和とはいえませんが、カンディーレン城には何もない、静かな日々は戻ってきています……
思惑は色々ありますが、まあ、大変な事のあとはパーッとやりたい所存です。
馬車に乗って城下を一周、もうさっきから花火が上がっているのです。お祭り騒ぎです。ワクワクします。
「ヴァニーユ」
冠のズレを気にしながら、着替え終わったミエールはまた椅子に座りました。膝にぴょいと飛び乗ったヴァニーユを撫でて腰を落とさせ、首のリボンを外します。
「新しいのにしたの。つけてみて」
王家の紋章の入ったメダル。それと、もう一つ。加わったものがあります。
鈴です。マカロン形の鈴。小さなピンクのマカロンは首元に安定し、コロリと大人しい音を立てました。
「いいね。気に入った」
「それはよかった。その鈴はね、飾りってだけじゃなくて、ヴァニーユにお礼として」
何をくれるのか、ヴァニーユにはわかる気がします。
「功績に栄誉を。言われてみればそうだわね、お世話になりっぱなしだったわ。便乗っていうのもヘンだけど、この機会に……動かないでね」
ミエールは猫を床に下ろし、シュクルを抜いてその白刃で、行儀よくお座りするヴァニーユの小さな肩をポンと叩きました。
「マカロン伯爵の座をこの猫に。……どうかしら、シルキー・ヴァニーユ・マカロン伯爵。人の定めた感謝の気持ちだけど」
うん、とヴァニーユは頷きます。
「気に入った。人として扱ってくれたんだしネ。ボクの領地は?」
「マカロンクッション」
そういえば、ソファの横にマカロン型の真新しいクッションが置かれています。鈴と同じピンク色、立派な丸みです。
ヴァニーユはクッションに駆け寄り、ちょいちょい足先でつついてみました。
「これ、ボクの?」
そうよ、と言うような笑顔に急かされ、巨大マカロンに飛び乗ってみました。本物だったら食いごたえがあるでしょうクッションは、ヴァニーユが丸まってちょうどいいくらいのサイズです。なかなかのすわり心地。
ありがと。小さく鳴くと、ちゃんと抱き上げてくれました。
ぎゅっと(下着に締め上げられて、硬くなっているのが残念ですがもう一度その胸に)抱きしめられて嬉しい気持ちになります。猫揉み、猫揉み。
「解決して良かったねぇ」
「本当に」
「ダイヤモンドも」
「そうね」
「恋人は?」
「うーん。どうしよう」
満足気だったヴァニーユの尻尾が下がりました。そこはすんなりいかないのかよ。なんだよ。
「いい男、居たんじゃなかったの?」
確認のために聞いて見ると、思ったより真剣に悩みながら答えられました。
「そうねえ。とても気になる人ならいるわ」
「ボク?」
あはは、とミエールは笑い
「そうね。ヴァニーユに似た人よ」
と言いました。何だかあやされている感があると思ったら。
「今はね。やっぱり魔王が気になるの。恋人としての男の人は、どうかしら、もう少しゆっくり見ていきたいわ」
自分の人生の掛かった事ですから。そりゃあ悩むでしょうね。でも、どちらにせよミエールは自分の方を向いてくれているはずです。勇者には強烈な存在感でしょうから。ならまあ、いいや。
ヴァニーユは頬擦りするミエールを見上げてヒョイと首を伸ばし……綺麗に紅を引いた唇に軽くキスをしました。
今度は成功。ええ、何でもない素振りで、すんなり。
驚いた様子で顔を離して、ミエールは苦笑しました。
「このイタズラっ子め。化粧、崩れてないでしょうね。テオレ夫人には内緒よ」
幸い、黒で目立ちませんでしたが。ヴァニーユについた色を指先で拭い、黒い体を下にやりました。噂をすれば影。間髪いれずにテオレ夫人の足音が聞こえてきました。
「ミエール様、時間です」
廊下を行くミエールの足元を、ヴァニーユは並んで付いて行きました。
「どれくらいかかるの?」
「二時間くらいかな」
「夕方には帰ってくる?」
「来るわ。帰ったらご馳走ね」
「わかった」
正面玄関で、ミエールは服の皺を払い、冠を正しました。
「行ってくるわ、ヴァニーユ」
「行ってらっしゃい」
扉が開くと、大歓声が押し寄せてきました。
ミエールは華のように微笑み、手を振ってから、外へと一歩を踏み出しました。
階段を降りていく後ろ姿を見送り、ヴァニーユは急いで来た廊下を戻ります。部屋に入って、椅子から窓辺へ。
飛び乗った出窓から、下が見下ろせました。特等席です。ぎっしり詰めかけた多くの人が、女王に手を降っています。ゆっくりと動く馬車の上で、女王もそれに応えていました。一層激しく打ち上がる花火。舞い散る、人の投げた花吹雪。
「オメデトー オメデトー」
聞き慣れた声にふと見ると、タマトリドリがでっかいツバメのように、ついーっと空を流れていくのが見えました。
つい笑って、ヴァニーユはおもむろに香箱を組みます。
色とりどりの世界を見ながら暖かい日差しを浴びているうちに、その目は気持ちよさそうに閉じられ、穏やかな意識はやがて午睡の旅に出かけていきました。そうですね。夢の内容は今夜のメニューなど、先取りして見てみたいところです。
歓喜の声は、少しずつ移動していきます。
この天気は明日も続くそうです。
了
ここまでご覧くださいまして、ありがとうございました。
「第一部」の完です。脳内にあります続き、「第二部」。近いうちに発表できればいいなと考えております。
そのときはまた、おやつでも片手にどうぞおつきあいくださいませ。




