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シルキー・ヴァニーユ・マカロン伯爵 4


最後に・観光案内人からの口上


「やあ、ようこそ伝説と栄光の国、ビスク王国へ。観光なら俺に頼んでくれよ。どこでも何でも案内してやるぜ。

 だってよー、ちょっとこの所何かと入用で……しっかり働かないと結婚式もできないし……あ、聞こえた? うん、そう結婚式。俺ね、今度結婚する事になって。ふふ。一緒に結婚資金貯めようねって、プラムちゃんと……あ、彼女ね。一緒に頑張ってるの。今日も手作り弁当作ってくれてね。ふふふ。新居とー、いずれ子供も出来るとしてー、犬も飼いたいしー、いやあ家族を持つって、大変だねえ。うふふふふ。皆も幸せだといいな。うん。じゃ、今日も張り切って観光案内、あ、ご祝儀代わりにお代は弾んでくれてもいいんだぞ?」


 改めて、親同伴でビスクヘルムまで侘びを入れに行ったアラザン王子は、ヘトヘトの体でベッドに潜りこみました。

 攻め入る時よりやけに疲れました。気疲れもあります、諸国の王家にヒソヒソ言われてきたのですから。父親にお目玉も食らって(ひとつ、魔物に簡単に誑かされた事。ふたつ、結局、魔物にも女王にも勝てなかった事。みっつ、自分より強い女はやめておけという事)しょんぼりです。

 確かに、ミエールが自分には相応しくなかったのは理解しました。いや、逆ですかね。自分が相手に及んでいなかったのです。口には出しませんが、本当にヘコんでいます。

 もう寝よう寝よう。

 目を閉じて力を抜くと、何だか視線を感じます。あ、イヤな感じ。オバケじゃないだろうな。そっと薄目をあけて見ると

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「シーーーーー」

 クレセントサイズです! 目の前にあの鎌の刃先が! 悲鳴は上げましたが飛び起きるわけにしいきません、刺さってしまいます。そして、間髪いれずに静かにしろと唇に指を当てられてしまいました。アラザン王子は必死で恐怖を飲み込んで、口を閉じました。

 さかさまに覗きこんでくるのは勿論、赤い髪とくねった角。魔王様です。おそらくですけれど、頭元の、ベッドの縁にしゃがんでいるらしい。普通にはできっこないような事ですが、体重などないもののように安定しています。

「全く、お小言はまだだっていうのに、とっとと帰るんだから」

 とっとと帰ったのは魔王様のほうだったのですが。そんな事、口には出せません。

「わざわざ余の方から出向いてやったぞ、有り難く思え」

 全然有り難くなんかありません。武器むけられて、脅迫されてますからね。これも言えません。

「またこんな不始末などされてはたまったものではないからな。攻めてきたら次は問答無用で魔界につれていくぞ。大人しくしてくれないと、砂糖が入ってこない」

 ……砂糖?

「流通ルートだというではないか。いいかお前らは何があってもハイハイとビスクヘルムに砂糖を卸し続けていればいいのだ。あそこの甘味は世界一だ。食べられなくなるなど世界の損失」

 そんな狭い市場、普段に食べてる人しか感じない不便さだと思うんだけど、などと考えていたら、ぐっと月の先を近づけられて

「わかったかー!!」

 怒鳴られました。そりゃもう頷くしかありません。

「よし。ならば良い。次にビスクへの流通が途絶えても。お前をお迎えに来てやるからな」

 地獄へ。

 来た時と同じように、唐突に魔王の姿は消えました。だけど、言葉の余韻は、いつまでもアラザン王子の耳にぐるぐると残っていました。

 その夜、アラザン王子は二十年ぶりに、おねしょを体験しましたとさ。


 ヴァニーユ王子……あの長ったらしい名前の、ターバンを巻いた方のヴァニーユですよ……ヴァニーユ王子が面会を求めてきました。喜んで迎え入れたミエールは、ヴァニーユ王子があの騎乗用の雪猫を連れているのを見て、さらに喜びました。

「まあ……この子、無事だったのね? 本当に嬉しいわ、あの戦いでやられてしまったものだとばかり思ってて……」

 巨大な猫の鼻っ面を抱きしめて、ミエールはキラキラと笑いました。

 ヴァニーユ王子も嬉しそうに笑って見せながら(手はさり気なく、猫と女王を引き剥がしにきています。猫ってね、嫉妬深い生き物なんですよ)握っていたリボンの手綱をミエールに渡しました。

「大丈夫。魔性の生き物です、あの程度では死にはしませんよ」

「あの程度……って、まさかご覧になってたの?」

「んん? いや、あなたを思えば千里眼の魔法くらい使えるという事ですよ。それに、猫本人に聞けばいいわけですし。改めてお渡しいたしますよ女王陛下。ただ、猫は気まぐれですから。厩に入れても、ふらりとどこかに出かけて居なくなってる事もあるでしょう。その時はご容赦ください。必要な時に呼べば来ますから」

 実際、手綱を離してみるとフリーダムに移動して広間の真ん中に寝転び、床で背中を擦りはじめました。これが丁度いい位置だったので、ヴァニーユはその横に腰を下ろし、落ち着いて寝そべる猫をクッション代わりにゆったりと凭れました。ミエールは対面の、自分の玉座に座りました。

「この子、本当に役にたってくれたわ。ありがとうヴァニーユ王子。今度の功績を讃えて、この子に勲章の一つもあげていいくらいだわ。あ。連れてきたあなたに差し上げるべきかしら。そうよね」

「いえいえ。お構いなく。それより手紙でも申しました通り、猫は序列で褒めないとね。スネちゃいますよ。陛下が猫好きだと知らせてくれた飼い猫くんが、ボクにとっては恩人なんですが」

 ああ。ヴァニーユ。

 ミエールは頬に手をやり、名前を呟きました。

「そうね。今までとてもお世話になったわ。その猫にも」

「結構なことです。是非、褒めおいてください。具体的には撫でたり揉んだりお茶したり……そう、それともう一つ。今日は交渉事があってお伺いしたのです、女王陛下。ボクへのお礼はそれに含めていただきたいのですが」

「……なんでしょう」

 少し慎重になったミエールに、多分いい話だと思いますよと前置きして、ヴァニーユはプレゼンを始めました。

「ボクの国の者は大海原を渡る事を生業としています……それは言ったと思いますが、こっちは言ってなかったでしょう。身軽な者も多いので、軽業は得意だ、と。例えば高い崖に昇る事。同じく穴を降りる事。またそこで、採掘作業をするのも、お手の物だという事。

 女王陛下、この国の鉱山はまだ宝の山ですね。誠に不躾ではありますが、ボクは今朝方、山の炭鉱部に登ってみました。普通の人間には難しい所にも、ボクらは手が届きます。おい」

 部屋の隅に控えていたヴァニーユの手下が二人、小型のお輿を運んできます。その慎重に置かれたものに掛けられた布を、ヴァニーユはパッと剥ぐってみせました。

「おお……」

 ミエールは思わず息を飲みました。

 ダイヤモンドです。一抱えある、大きな原石。こんなに立派なものは、もう数年も見てませんでした。ああ、そう、もしかして父のプロポーズに使ったダイヤがこんなものじゃなかったのかしら。

「この程度のものなら、まだいっぱいありました。これは当然、女王の持ち物です。お納めくださいまして、ボクの不法侵入をお目こぼしくださいな」

「それは、もちろん……」

「さて女王陛下、ここでひとつ商談といきませんか。ボクの手の者を採掘作業に加わらせてください。今よりきっと産出量は増えるでしょう。気になるこちらの手間賃ですが、ダイヤの何割などとは言いません。そちらの鉱夫と同等で良いのです。ただ、支払い方法に一つ注文があります」

「それは」

「ビキチット払いにしてください」

「ビ……」

 話が明後日の方向に飛んでいったようで、ミエールは思わず素の反応で返してしまいました。

「……えっ?」

「スイーツ。お菓子払い。給料と等価分のお菓子をください。いかがですか女王陛下。悪い話じゃないと思いますよ」

「あの、逆にあなたの方はそれでいいの?」

「この国の甘味は萬金に値する」

 ヴァニーユはもっともらしく頷いてみせます。

「ボクはそれが良いのです。どうですか」

「……ええ。わかりました。お願いします」

 交渉成立です。ヴァニーユは満面の笑みで立ち上がりました。

「ありがとうございます。どうぞよろしく」

 同じく立ち上がるミエールに、恭しく膝を曲げて挨拶をします。

「今後とも、仕事以外でも。どうか末永く、女王陛下」

 姿勢を正せば、向かい合うところ。あと半歩踏み出せば、爪先が当たる位置です。キスさえ出来そうな。

 二人は見つめ合いました。ちょっと不自然に間が空きます。

 いつだって、向かい合えば二人の間に流れる運命的な物を感じてしまうのです。因縁とは呼びたくないが、絆というほど同じ方向を向いているわけではない。楽天家なヴァニーユはこれを良縁と呼びたいのですけれど反論は多そうです。もっとも、そんなものヴァニーユには知ったことではありませんがね。

 ともかく、何かを感じるのはミエールもそうなのでしょう。こちらが人の姿の時に何度か見たことのある、見えないものを探る目です。ぼうっとして、動かない桃色の唇が、すぐ近くに。ヴァニーユは首を傾げました。あと半歩踏み出せば。

 は。そこでミエールは我に返りました。軽やかなステップで二歩下がり、スカートを摘んで優雅にお辞儀を。

「ええ。こちらこそ」

 スッキリと上げた顔は、完全に女王の目に戻っています。惜しい。

 ヴァニーユは口を一瞬だけへの字に曲げましたが、持ち前の切り替えの早さですぐに笑う事ができました。

「ちなみに、ボクはフルールランタンが好物です。ひとつ、よろしく」


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