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月夜に歌うシルキー・ヴァニーユ 4

 顔を引き攣らせて、アラザン王子は総大将と思しきその姿を見ていました。

 ええ、お察しの通り、魔王様です。間違いありません。三代目魔王ヴァニーユです。

 アラザン王子は目を眇めました。遠くにあって雰囲気しか(怖い事は充分に解るのですが)察せられませんが、見た目はあまり強くはなさそうです。随分、若いようにも見えます。どこかの舞踏会で会ったとしてもおかしくないような優男風。

 もしかして、押し包んで斬りかかったら、倒せやしないだろうか。

 相手は今、この魔物の群れに号令をかけようとしています。あの手が振り下ろされれば一巻の終わりです。あれだけ大量の魔物に対抗できるほどの兵は今はありません。その前に、なんとか唆し、本人だけリングに上げて皆で一斉に斬りかかれば……ほら、考えている暇はありません。やるのです!

「そこにおわすは魔王とお見受けする!」

 空を切り裂こうというような、真っ直ぐ上がった魔王の手が止まりました。

「そうだよ」

 単純な返答に、アラザン王子はちょっと肩透かしをくらいましたが、気を取り直して本題を提案しました。

「伝説の魔王と相見まえるとは末代までの語種。どうだろうか、そのついでに私と一騎打ちの相手を務めてはもらえまいか。私はジャンドゥーヤの国のアラザン王子、決して卑しい身分の者ではない。剣を交えても何ら恥ではないぞ」

 魔王は小首を傾げました。

「後半は何を言ってるのかよく解らないけれど。別にいいよ」

 そして上げた手を翻し、今度は水平に伸ばします。

「一同待機。作戦名は『いのちだいじに』……つまり、お前たちはここを守りながら余の栄誉を讃えよ」

 ヒュウ! 乗ってきやがりました。助かった。まずは瞬殺回避です。

「おい、あいつが来たら囲んで斬ってしまえ、全員でだ」

 小声でこっそり下知を飛ばして、アラザン王子は少しだけ馬を前に進めました。

「さあ来い魔王よ!」

 と……どこからか、地に響くような唸り声が聞こえてきました。

 いいえ。唸り声ではありませんでした。それは歌っています。上がり、下がり、メロディを持って、ゆるく流れていきます。ゆったりと。

 重低音のスキャットコーラスは山が歌いだしたかのような重厚さです。魔物たちのハミング。これは滅多にない鑑賞の機会でしょう。

 歌声を浴びながら、魔王は背後から、どうやったものか、とても隠し切れないような大鎌を引き出しました。

 両手で扱わないといけないような代物です。魔王様の身長より長いのではないでしょうか。刃の部分だけでも、ゆるく両腕を広げた分はあります。空に掲げれば、闇夜に浮かぶ月のよに、不吉に輝く鈍明かり。クレセントサイズです。

 そして、そんなものを抱えたまま、瞬きする間にふわりと、あくまで優雅にアラザン王子の目の前に現れました。遅れてマントが地面に落ちます。今まで山の高みにいたのに。どんな魔法でしょうか。

「どこからでもいいぞ」

 余裕の魔王はそう言いました。

 向かい合えばやはり、若者だと判ります。どこかで見たような、と思わないでもないですが、心の余裕のない今は、心当たりは浮かんできませんでした。急いで大声をあげます。

「かかれー!」

 おおおおお!

 訓練された兵士達は、声をあげ剣を振りかざし、魔王に向かって雪崩撃って突進しました!

 魔王は軽くジャンプするモーションを見せて……消えました。うおっ、と声が上がってそちらを見ると、消えたマントの背中を発見します。その手前には。

 魔王の前には空間が空いて見えます。そこにぎっしり詰めていた兵の一部が消えていました。そのままの意味です。「刈り取られた」のです。

 下半分残されて立っていた兵士の足たちが、先に地面に落ちていた上半身の上にゴロゴロと崩折れていきました。それから血しぶきが吹き上がり、ぎゃあ、と悲鳴も上がります。悲鳴を上げたのは、その範囲を免れた一人です。死んだ者達からは声ひとつ上がっていません。

 ぽん、とまた魔王が地面を蹴ります。移動の魔法などではありません。ただの跳躍です。重力に全く捕らわれていないような身軽さでくるりと宙に舞い、手にした鎌を……

「ぎゃっ!」

「うわあっ!」

 銀の三日月が横に薙ぐと、丸い範囲で人が赤く染まります。魂消る声はやっぱり生者。魔王が軽くステップを踏むごとに、人は十人単位で命を落としていきます。

 兵達は浮足立ちました。中には果敢に剣を振り上げた者もありますが、十把一絡げの中にざっくり入れられ、何の抵抗にもならずに刈り取られていきました。

 人の悲鳴を合いの手に、魔王讃歌が静かに流れ続けます。当の魔王様は気楽な作業、この不気味な音楽に鼻歌さえ添えて。

 やがて、歌がひとくさり終わった頃。魔王が鎌を振るっても誰も何も言わなくなりました。連隊全滅……です。

「ワーイ タマシイ イッパイ イッパイ ゲヒヒ! ゲヒヒ!」

 待ちかねていたらしいタマトリドリがやってきて、白い靄のようなものを見つけてはくるりと包んで喉を鳴らしています。エサを飲み込む金魚のように。

 クレセントサイズを地面について、魔王は腰に手を当てました。

「正当防衛だよね?」

 一人生き残って、最初から最後まで声も上げられなかったアラザン王子は、コクコクとただ頷きました。あまりの恐怖に喉が固まっていたのです。

「じゃ、おまたせ。やろうか? 一騎打ち」

 今度はブンブンと首を横に振ります。正直、もう股間のあたりが濡れていて、暖かい水分が馬の腹を伝い落ちているのです。勘弁してほしい。

「そっちから言い出しておいて無責任な。余をコケにするか」

 ブンブンブン。必死で首を横に振ります。

「ここは余の住まう国だが、何か用か。というか、お前、侵略者か」

 ひぃぃ、と首振る動きに掠れた声が足されました。

「おかしいな。侵略者だと聞いたが。お前がこの軍を連れてきたんだろうに」

「そ、それはそうですが」

「あれも?」

 魔王の指差す先には海があります。そこに並ぶ船のことでしょう。闇に染まってないあちらの空の下は、なんだかやけに遠く感じます。

 王子は頷き、すぐ後悔する事になりました。魔王が一言なにやら命令して手のひらに取り出した光の玉を、軽く投げる仕草をしただけで……水平線に火柱が上がりました。船のあった所から昇る、赤から黒に変わる煙。遅れてどーん、と音が聞こえてきました。

「やっぱりお前じゃないか」

 詰め寄られます。はたと気づいた顔をして、アラザン王子は慌てて取り繕いました。

「い、いえ、あの、私はただ唆されて、いやいや脅されて連れて来られただけで、むしろ被害者であります、首謀者はあのデカ」

 言いかけたところで、豪速球で飛んできたタマトリドリが額にクリーンヒットし、スコーンといい音を立てて、哀れ王子は後ろにひっくり返って馬から落ちました。一緒くたに落ちたタマトリドリは、数秒待った後に目が覚めたらしく、ヘロヘロとよろめきながらどこへともなく飛んでいきました。

 ヴァニーユはゆっくりと後ろを振り返ります。

「遅れて済まなかった、魔王よ」

 投球フォームをサッと戻して、アナナスがやってきました。

「只今参上した。人間界を攻めるのならば早く言ってくれればよかったのに。引き篭もっていたお陰で気が付かなかったぞ」

 アナナスとその一味がゾロゾロとやってくる様を、ヴァニーユは胡散臭そうな目で遠慮無く眺めました。

「来ていたんじゃなかったのか」

「いま来たのだ。うむ。さすが魔王、随分と焦らせたがやっとその気になったとは。この悪魔将軍アナナス、遅参の詫びに、大いに暴れてやる事とするぞ」

「……それは?」

「あ、今そこで捕まえてきた。土産だ」

 というのは、握られた綱の先に括られている、未だに芋虫状のアメール王子です。移動を急ぐ際に引きずられでもしたのか、服にあちこち穴などあいています。

「……ふぅん」

「さあ参ろう、勇者の砦へ! 小賢しい人間の作った城など、微塵に砕いて平野にしてやるわ。これだけ手勢がいれば勇者といえどもひとたまりもなかろう」

「……」

「んん? 何だ魔王よ、まさかここまで来て手ぶらで帰る気ではあるまいな」

 アナナスは語気を強めました。姉の声が畳み掛けるよう指示を飛ばして来ますが、そんなもの。言われるまでもありません。

「これだけ勢揃いさせた魔族の目の前で弱腰な態度は、魔王よ、威厳すらも損なわれるぞ。さすがにこれは鼎の問われる問題だ。この期に及んで帰って寝るだけなど、やる気のなさだけでは説明がつくまい。人間との間に、何か密約でも交わしているのではないか? そう疑う者が出てもおかしくはないぞ。あくまで警告だが」

 引けるものか。そうアナナスは踏んでいました。

 さすがに魔王が人間との間でのスパイ容疑とは前代未聞です。耳目は揃っています。そこまで言われたからには、身の証を立てねばなるまい。そう迫っているのです。

 ヴァニーユは血塗れのクレセントサイズを、どうやったのか出した時と同じようにマントの影に隠し、それから言いました。

「なら、お前が行け」

「……なに」

「行きたいんだろう? 兵もいるようだし。攻めてみるがいい、勇者の砦。落とせたなら確かにお前の手柄だ」

 魔王当人は動く気がない様子。しかし、今まで躱されていた進軍の許しが出たのです。

 アナナスは不敵に笑いました。

「いいのか」

「好きにすればいい。勝てるならな」

「そうさせてもらう」

 ヴァニーユは一度だけ頷いてひらりと空中に飛び立ちました。着地は元の位置。三角山の小高い斜面に戻って、連れてきた魔王軍と一緒に、じっと下を見下ろす姿勢に入ります。高みの見物を決め込んだようです。

 アナナスは残った同胞に意気揚々と列に号令をかけました。

「長らく待たせたな我が同士らよ、聞いての通り、かねてよりの我が嘆願が通った。いざ人間を攻め滅ぼそう。最初は我らの小さい一手からでも、始まってしまえば後に続くは怒涛の勢いになるだろう。まずは手始めに、人間の防護である小生意気な勇者の撃破だ。それさえ剥がせば、人間を平らげたも同然だ。いくぞ!」

 視線を転じて見れば、西に見える城の形。ここより明るい空の色。そして近づいてくる、少数騎馬隊の土煙。ええ、もうすぐかち合います。

 ヴァニーユはヒゲを洗うように頬を横に撫でました。

「さてさて。楽しみだな」



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