戦場に立つシルキー・ヴァニーユ 5
ついに鬨の声が聞こえました。
肩越しにチラリと振り返れば、街を出る追手が掲げた剣をきらめかせているのが見えます。
「女王さん!」
前の馬車から身をのり出したマダム・マロンが、緊張した声で注意を促します。
騎馬だけの追っ手の方が早いでしょう。いずれ間も無く、追いつかれてしまいます。でも。
敵は緑の映える背景の中、とても目立つ赤いマントをまっすぐ追いかけてきている様子です。
大丈夫。手筈どおり。ミエールは左右に合図を送りました。
迫ってくる馬の駆ける音を、ぐっと我慢して近くまで寄せて……今だ!
森から伏兵が一斉に立ち上がります。
横からの奇襲を食らって、ジャンドゥーヤ軍の足が押されるように止まりました。雪崩と、それに巻き込まれる主流が混ざり、旗の色が交差します。
よし、これで時間的余裕ができるはず。今のうちに避難民を城に入れて、門を閉ざしてしまうのです。すると、そこに……
「ひゃあああ!」
なんだか、その場にそぐわない絹を引き裂くような悲鳴が聞こえます。
「いやあ! やだ怖い! 助けてー! ひゃああ! ミエール! ミエール女王陛下! 助けて! 助けてー!」
誰ですか捕らわれのお姫様しているのは。
名指しで助けを求められ、ミエールは目を凝らしました。そしてその目を大きく見張ることになります。ぐるぐる巻きに拘束されたアメール王子が、アラザン王子の後ろで馬の鞍に括られて、芋虫のように蠢いていたのですから。
「何……やってるのあのおバカ!」
失礼。でも、言いたくもなります。究極の人質です。そりゃあお姫様ですとも。
「槍を!」
馬車から差し出された槍を掴んで、ミエールは手綱を引きました。
馬の頭を返すミエールに、周りが慌てます。「陛下!」「女王さん!」でも、耳を貸している暇ありません。呼びかけを振り切って、ミエールは槍を握りなおします。
混戦の中にも、単騎で戻ってくるミエールを見分けたようです、アラザン王子もこちらを向き、抜いていた剣を構えました。
「伏せろ!」
鋭いミエールの叫び声に、アメール王子は慌てて馬に張り付き、小さくなりました。体勢が苦しそうですが我慢してもらいます。チャージの形に槍をセット。銀色に輝く穂先はまっすぐアラザン王子に向けられ、狙いを定めます。いざ、勝負!
みるみるうちに二騎の間合いが詰まります。この速度ならもうふた呼吸分で接触です、蹄の音高く、海風わたる、互いに見据えた瞳とそれにかかる乱れ髪、鎖帷子の輪が見えて、来ます、緊張の一瞬!
「せやあぁ!」
先に動いたのはアラザン王子です。ぐっと体につけて引いていた腕を大きく振るいました。剣はちょうど滑り込んできた槍を横に薙ぎ、鉄の穂の下、一束分のところを切断します。手応えと共に、切り離された槍先が、川に跳ね上がる魚のように飛んでいきました。
勝った。ニヤリと笑むアラザン王子はしかし次の瞬間、今の槍先が爆発でもしたんじゃないかと思うほどの輝きに目を灼かれ、あっと叫んで瞼を閉じました。
爆発ではないです。魔法です。
ミエールの放った簡単なライトの魔法なのですが、まともに受けたら目は眩みます。これは試合じゃないのでね。使える手は使います。あくまで狙いはアメール王子の保護です。
硬直しているアラザン王子は、穂先を失くした槍の柄にぐっと胸当てを突き上げられても何も出来ず、バランスを崩して馬の下へと消えていきました。ラッキー、もう一人の捕らわれ王子の方はまだ馬にくっついています。
ミエールは急いで馬の手綱を詰め、芋虫的荷物を尻に乗せたアラザン王子の馬を確保しようとしました、が。
「ひゃあああ」
一瞬、間に合いませんでした。騎手をなくした馬が竿立ちになり、後ろにへばりついていたアメール王子は振り落とされてしまいました。
同時に、自分の馬も落ち着きをなくしています。鬣にしがみついたミエールは、不穏な地揺れが鞍上にも伝わってくるのを感じ取りました。
地震ではないようです。馬の首の向こうに見えるのは、切った土を落としながら、地面からゆっくり抜かれる、大きな大きな斧。
騎馬はいななき、足踏みします。動きを止めたこちらに斧が向けられた時、ミエールは馬から飛び降りました。完全には避けきれなかった斬撃が追いかけてきて持ち上げた盾に当たり、縁から中程までに深い溝を残しました。
おかげで勢い余り、少し投げ出された格好で地面に手を付きました。幸い傷んだのは盾だけで済んだようです。あのまま、まともに食らっていたらどうなっていたかわかりませんでしたからね。それにしても。
立ち上がったミエールは剣を抜き、斧とその持ち主に対峙しました。初対面ではありません。
「あら……雷様じゃないの」
そうですね、雷様。たしかアナナス、魔界の将だと名乗っていました。先日会った時とは、ちょっと面相が違っているようですが。
「なるほど。今度はジャンドゥーヤに落ちたってわけね?」
「貴様ぁぁぁ」
横から逆上したアラザン王子が襲いかかってきましたが、その真っ直ぐな剣を避けるついでに「うるさいわね」と、蹴りで返事をしてやりました。クリーンヒットしたアラザン王子、べちゃりと横に倒れます。
「あなた、一体誰と手を組んだのか、理解してて?」
冷ややかに問いかけると、アラザン王子ははたと顔を上げました。手を組んだ「味方」の事を思い出したようです。
「そうだ! おい! 早く手を貸せ! この女を捕らえろ! 俺に剣を向けた上蹴りまで入れた最低な女だ! 無礼な! そんなの女じゃない、ゴリラだ!」
まだ解っていないようです。アナナスは喚き立てる命令には視線もくれず、真っ直ぐにミエールを見据えて斧を構えました。
「お前の指図は受けん。我は我の仕事として勇者を屠る」
「な」
「それともお前から先に地獄へ送るか」
アナナスの、チラリと遣っただけの視線に、アラザン王子は凍るような怖気を感じました。実際、周りの気温が下がった気がします。
「地獄は寒いぞ。凍って燃える、青き炎の国だ……いずれ招待してやろう。全人類諸共。まあ今は大人しく待ってろ」
命令され慣れていないアラザン王子には、目を白黒させながらただ突っ伏しているしかありませんでした。なにも殺さなくても、というか細い声に、もはや耳を貸す者はいません。
久しい再開の二人は互いに睨み合いました。
ぐっ、と斧が持ち上がります。すっ、と剣が構えられます。
一触即発。そこへ。
二人の間を分断して、突如、筍状の氷柱が何本も連なり壁となってせり上がってきました!
「陛下!」
軍隊長の声です。急いで一隊を引き連れて来た模様。その横で、レザンがまだ何やら詠唱中のようです。
完成した魔法に高く手を掲げると、思ったよりも小さい光の玉がぽーん、と打ち上がり、明後日の方向に飛んでいきました。
大砲の玉か何かのように綺麗な放物線を描いたそれは、さっきまで伏兵のいた森の真ん中に、ぽすん、と落ちていきました。
ビリビリビリっ!!
炸裂したらしい光が木々の間から放射され、森に刺した濃い影が通常の明るさに戻った時……
「ゴベェェェイ!!」
何だか、奇妙な叫びが聞こえました。それから聞こえてくる、無数の足音です。
一体、何でしょうか。足音らしい音はガサガサ、バサバサという雑音も含めて段々と大きくなります。やがて森から弾丸のように飛び出たそれは。
「ペカンペリカンだー!」
誰かの叫びで、敵も味方も入り乱れて鳥の突進経路上から逃げ出しました。走り出したペカンペリカンは、誰にも止められるものではありませんものね。どちら様も、よく解っているようです。逃げ遅れた何人かは蹴飛ばされましたけれども。
どうやら大所帯で森に潜んでいたらしく、大小交えて十羽あまり、一家総出で一斉にスタートをきったようです。こんなところにいられるか!
鳥達の中から叫ぶような声がします。
「アメール王子が!」
「一旦引きます。ここはあまりに危険です」
バサリ、バサリ。広げていた翼を上下させると、ふわりと巨体が浮きます。羽音も大きく重ねて響かせていたペカンペリカンらが順次空へと飛び立つと、そこにはもう女王一派の姿はありませんでした。
アナナスは斧を地面にめり込ませ、息をつきます。良い。どうせこの島では、逃げる所などないのだから。
『あれが勇者なの?』
アマンダの感想が聞こえます。
『小娘ね』
……水を差された街道上での戦いは深く追わず、ジャンドゥーヤ軍は今一度隊列を整えました。
「これより先に進む前にちょっと質問がある」
落ち着いて顔を付き合わせてみて、今ならと思ったのでしょうか。アラザン王子は、いつもの横柄さで……でもどこかビクつきながら、聞いてきました。
「……君たちは、何者なんだね。もし、ただの傭兵でないとしたら」
ストレートに「もしかして人ではないのでは」と聞くのは憚られたようです。思うところもあったのでしょう。大勢の自国の兵士をすぐ横に控えさせているから大丈夫と安心したのかもしれません。
アナナスは黙っていましたが、傭兵の……つまり、魔物仲間の、体格のよろしいお兄さん数人は、ニヤニヤ笑ってアラザン王子を囲むように距離を詰めてきました。
「何、ていうのは何だよ」
「……」
「今のはどういう意味だろうなぁ。こいつ、俺たちを人間じゃないとでも思ってるのかなぁ」
「何だと思うんだい。へへ、ただの傭兵でないとしたら何が化けてると思うんだ」
「失礼な話だなぁ。化けて出るぜ」
へへへ、と悪い笑いをサラウンドで聞かせてやると、アラザン王子は鎧の中でこっそりと縮みあがりました。
いつも壇上でふんぞり返っているもので、こんなに囲まれ見下ろされ、カツアゲされてるようなシーンは不慣れなのです。怖いです。
「知りたいか」
ようやく一言だけアナナスが言葉を投げると、いや、その、と口篭りました。さすがにイヤな予感しかしないのでしょうね。
「なんだよ、聞きたいんじゃないのかよぉ」
「遠慮すんなよ、ビックリするぞぉ」
「大将、もういいんじゃないですかね、どうせ遅かれ早かれヤっちまうとこだ」
この上なく不穏な空気が漂います。どこからどう見ても弱いものいじめです。
連れてきた兵士は、背後に整列したままちょっとも動きません。
これを助けてくれそうな優しい人はいないでしょう……彼らは命令されて動くからです。そしてここで命令してしまえば、魔物隊との仲間割れになってしまいますからね。恐ろしい。誰もヘタに動けません。
困った事態を打破するのは、いつだってヒーローなのです。
王子を囲んでいた一同は、誰かの足音が近づいてくるのに気が付きました。
それはゆったりと草を踏み、急いだり力んだりのない、逆に言えば、こんな軍場には相応しくない、散歩でもしているような歩みでした。そちらを見やると、鎧に身を固めた男がマントをはためかせながら、剣を担いでやってきます。
男自身も武装しているとはいえ、武器を持った一団の前に恐れげ無くやってくるとは。肝が座っています。しかもいじめ真っ最中の。そいつは剣を肩から下ろしながら、慣れた風に、でも思いがけない口上を述べました。
「やあ。ようこそ伝説と栄光の国、ビスクヘルム王国へ。今日は観光かな? それとも。観光じゃあないのかな?」
腕には腕章。『ワクワク観光案内グループ東口係』の文字。
「はぁ? 何だコイツ?」
「セールスか?」
「本来ならばセールスも観光案内もするところだが、お前たちはどうも客じゃあないようだ。オイタをするならば俺が相手になるぞ」
見守る一団に、思わず失笑が広がります。偉そうに言ってはいるが、たかが一人。捻るのなんて簡単です。
『勇者が大安売りされている国ね、ここは。面倒だわ、さっさとやっておしまいなさいな、アナナス』
アマンダからも邪魔にされています。今ならまだ目溢しできるぞと、アナナスは観光案内人に注意喚起をしておきました。
「自信だな。勇者ごっこは怪我の元だぞ」
「勇者だ」
相手は堂々と名乗りを上げます。
「ごっこではない……観光案内はしているがな。俺こそが、悪を打ち倒し世の中に平和をもたらす希望の星、十五代目勇者、ニッキーである。国を、ひいては人類を守るため参上した。このまま大人しく帰るならよし。そうでない場合は、悪いがこの国から出て行ってもらう」
何だ。面白いヤツだな。
興が起こるのを隠しきれず、アナナスはニイッと笑います。
ニッキー……自称勇者のニッキーは、向かい合う一団を前に、スラリと鞘を払いました。




