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戦場に立つシルキー・ヴァニーユ 4


 普段には多くの商人や行き交う観光客で大いに賑わっているはずの東門は、今日は跳ね橋を巻き上げてぴったりと口を閉じていました。

 アラザン王子は軽く手を上げ、後ろに続く隊列を止めます。

 ラッパを持った兵士が二人、前に出ました。高く金管を掲げ、閉じた門に向かって合図の音を発します。

 レンガ造りの門楼の、二階部分。テラスのようになっているそのステージに、音に呼ばれて立ち現れた人影があります。

「ミエール女王」

 ニヤリと笑ったアラザン王子は、その姿に呼びかけました。

「勇ましい出で立ちであられるな。変わらず、美しいが」

 ミエールは鎧を纏っているようでした。よう、というのは布に覆われている部分が多いからです。

 輝く金版に被る、厚めのマント。肩からたっぷり垂れるそれは、縁飾りもついた豪奢なものでした。髪は編みこんで頭に巻き付けてあり、兜は着けていません。まだ儀礼的な姿です。

 やりあうつもりはないのだろうと、アラザン王子は高を括りました。

「我が妻。早くここを開け給え。早く中に入れて、我々の泥を払い、喉を潤す飲み物を出してくれ。お出迎えはご苦労だが、これではもてなしが間に合ったとは言いがたいぞ」

「我が国にはあなたの妻などいません」

 すげなく言い返されます。

「今日はどういったご用向きでしょう」

「何を言う。使いの者を遣ったではないか。我が国との婚姻の契り、交わしにやってきた」

「その件につきましては先日既にお断りしたはずですが」

「これを見てもか。我が軍の精鋭ども、引き抜いてきた。国に帰ればこの百倍は居る。強い相手が好みと言っていたではないか、どうだこれが私の力だ。これ以上何を望む?」

 まだ黙っている無愛想な女王の様子にも、アラザン王子は鷹揚に頷いてみせました。

 だって、自分では優しい男のつもりなのですもの。

「まあ、勇者という立場も理解しないではない、強い男に嫉妬する気持ちもわかるが、こちらもはるばるここまでやってきたからにはただでは帰れん。まずは入れてくれ女王よ。話をするにせよ、これだと遠い」

「お気の毒ですが、来た路を辿らねば帰れないのは道理。急げば今なら夜半には、一番近い村まで帰れると思いますが」

「無為に後戻りするくらいなら目の前の街に入るのがよかろう。つれなさ過ぎるとこちらも怒るぞ。まだ我ら、剣も抜いておらんのでな。力は有り余っている」

 固く動かない表情で後ろに細く伸びた連隊をじっと見ていたミエールは、ここで目を細めました。

「その蛮行、悪行。広く世に知れますよ」

「我が国は古来より圧倒的な力を誇るゆえ、過去にはさらに益荒男が多い。朝食のスープで火傷して戦争を決めた暴君もいるぞ、私が理性的な事を感謝してほしいくらいだ」

「それを自慢できる感性がもう……」

 半ば独り言、胸を悪くしたように拳を前に当てます。はっきり言ったのは詰りです。

「大国と自ら言う者は、こらえ性がないのを誉とするのですか。自分を律する事すらできないと笑われるとは思わないのですか」

「そちらこそ」

 得たりとばかりに反論します。

「何やらヤケに警戒しているが、下手な手を出したら、世界を救う勇者としての資質を問われるのではないかな。勇者でありながら平和の守護を怠り、守るべき人間を脅かしたと」

 そこはもう悩んできたところです。今更迷いません。

「その勇者を脅かしているのは誰なの? 確かに私は勇者。魔王を見張る者。それだけ大きな仕事を仰せつかっているのに、黙ってやられるのを待つだけなんて、そんな勇者は誰も望んではいないでしょう? 世界を守るために、私は自分を守る事にする。戦うべき時は戦って、自分の力を示すわ。それで……今をその時にするつもりなの?」

「話が違うな」

 アラザン王子の後ろで、アナナスはこっそり笑いました。相手はしっかり受けて立つ気です。

 困惑しているのか、姉の返事はありません。慌て出したのは、アラザン王子の方です。

「何だと、話が違うぞ!」

 相手が反撃してくるつもりなのを見て取って、ようやく本当に嫌われている事に気づいたようです。遅すぎますが。

「そんな、まさか。女のくせに逆らうなんて事、ないだろうな。生意気だぞ。本気か?」

「あら、じゃあ、あなたは男らしいの? 力強いと暴力は違うわ。貴方のはどうも、暴力的ですらなさそう。子供の起こす癇癪みたいだわ。恥を知れと言うべきところ、過去の恥も嬉々として語る貴方には通じはしないでしょうけれど」

 ミエールは語気も鋭く言い返しています。だいぶ腹にすえかねたのか、言葉が砕けてきたのも気づかない様子です。

「端的に述べます。貴方の事はキライよ」

 言い終わるか終わらないかのタイミングで、一筋の風が鋭く鳴りました。

 隊列から飛び出した矢が、真っ直ぐミエールめがけて飛んでいきます。誰もが声を上げる間もない、本当にあっという間のことです! 当たる……! と思った瞬間、矢はフイっとそっぽを向くように横に逸れ、積石の壁に当たって落ちました。

 テラスの影から誰かが女王の袖を引いています。魔法使いか、とアナナスは了解しました。前もって、弓矢避けの魔法を施していたのでしょう。

 お陰で、こちらの殺気がバレました。

「……これが、そちらの返答と理解します」

 静かにミエールは頷きました。

「そこは気が合ったわね」

 マントを翻して女王はその場を去ります。代わって姿を現したのは、今、慌てて袖を引いていた人物のようです……背の低いローブ姿がスッと杖を突き出すと、前に出ていた兵士たちが短い呻き声を上げて、一斉にパタパタと倒れていきました。

「どうした!」

「麻痺毒、のようです、魔法の――」

 隊列が乱れ、隣同士でぶつかります。中には海に落ちる者も出ました。

 てんやわんやになった隙に、門楼には誰もいなくなっていました。射掛けてくる様子もありません。撃って出る気はないようです。

「橋を下ろせ」

 アラザン王子の命令で、フックのついたロープが一斉に投げつけられました。


 ……その裏側。

 閉ざした門の内側では、引き上げ作業が進められていました。

「ごめんなさい、やっぱり我慢できなかった」

「予想の範囲でしょ」

 ミエールの後からおっかなびっくり、階を降りてきたマダム・マロンは、地面に足がついてホッとしたように額を拭います。

「パライズでなく石化呪いの魔法が良かったかしら。時間稼ぎにと思ったけど」

「こっちが終わった、問題ない」

 正面玄関の方から足早にやってきたのは王弟レザンです。

「俺の魔法は温くない。俺達がトラップに巻き込まれる前に早く逃げよう」

「もう残っている者はいないわね」

「いません、が、最後の避難民はまだ出て行ったばかりです。戦える体ではありません」

「わかっています」

 引いてこられた馬に飛び乗り、ミエールは辺りを見回しました。人の居ない街の中。

 この街は明け渡す事にしました。悔しいですが、先手を打たれた以上どうしようもありません。

「民を護衛しながら逃げるのみよ。城を目指しましょう。撤退、急いで」

 引いてこられた芦毛の馬に拍車をかけ、ミエールは駆け出しました。マントも脱がずに風に煽らせているので、重々しく赤い波が馬の尻に靡きます。その後に続く少数のしんがりが、馬に掛け声を投げました。

 数騎の馬は街を出ました。前を行く、人のあげる土煙を追います。逃亡中の、チュロスの街の人達です。女子供や荷車も多く、機動力はありません。

「用意できた?」

 ミエールの質問は主語を抜きましたが、横並びに馬を走らせる軍隊長にはちゃんと通じました。

「はい。陛下は囮ですので、あと少しだけ、お輿を森の方へ。そちらに兵を伏せてあります。厚みはありませんが強者揃いです、時間は充分稼げるでしょう」

 説明を言い終わらないうちに、どーん。跳ね橋の方から爆発音と煙が立ち上りました。

「トラップが起動したな」

 レザンが低く言いました。でも、術者の高揚からか、口元は薄く笑っています。

 仕掛けた魔法はエクスプロージョン、門の解放と共に破裂する、時限式高性能トラップ。技巧を凝らせるのは高位な技です。さすがです、が。

「町に入ったわね」

 空気の振動を聞いて、ミエールは眉を寄せました。

 町が。美しいこの国が。今日はついに無礼者に靴跡を付けられたという歴史に残る日になります。

「急げ! 敵はすぐそこまで来てるぞ!」

 人の列の尻に向かってレザンが叫んでみせました。怯える人々の声が上がりますが、先急ぐ喘ぎ声に混じっているので、それも極わずかの量です。

 揺れる馬上の視界から、ミエールは見ました。海向こうの海岸線に、点々と船が浮かんでいるのを。

 小さく舌打ちして、海上の敵影を眺めます。戦況は、圧倒的に不利です。


「最前線に被害。隊列交代しました」

「全く小賢しいマネを」

「中はもぬけの殻です」

 やっと壊れた橋を渡った兵士が出て、アラザン王子も静まり返った街に立ちました。

「順次でいい。来れるヤツから来い。まず女王に追いつかねばな」

 完全に無事とはいかず、少しばかり浸かった海の水を振り払っている馬の上で、ついて来い、とばかりにアラザン王子は駒を進めました。

 無言で従おうと歩き出すアナナスに、一人の兵士が話しかけます。これも傭兵に化けた、アナナスの部下、魔物です。先刻、弓を射たのもこの魔物です。

「こいつぁピカピカしてて壊しがいのある街だ。やっと大暴れできますな」

「一応、まだ大人しくしておけ。もうしばらくは命令通り動いて、内輪揉めを避けるんだ。まず、先へ。無駄に騒ぐと、魔王にバレる」

 どこで見ているかわからないからな、と付け加えました。そうですね、魔王様には無断の計画ですからね。

「そういえばお前。先刻はなんてマネしてくれたんだ」

 会話が聞こえたわけでは無いようですが、前行くアラザン王子が思い出したようにキッと振り返りました。

「ミエールは私の花嫁だぞ。あんなところで殺しにかかるようなマネして、タダではすまんぞ。お前もだアナナス! 部下はしっかり管理しておけ!」

 言うだけ言って、ぷりぷりした態度の背中はとっとと先に進みます。

 不服そうにちょっと口を噤んだ魔物は、アラザン王子の後ろ姿に顎をしゃくりました。

「あいつは、いつ始末するんですか」

「……もう少し放っておこう。女王に蹴り飛ばされて目が覚めるまでな。決定的に振られる瞬間を見てみたい」

「はぁん……いいご趣味で」

 ケケケ、と魔物は笑い、握ったままの弓を仕舞いました。

 ある程度の数が溜まった部隊が、いざ出発しようとしたその時。

「あっ、いたいた、兵隊さーん、僕もつれてってくださーい、着替えてたら遅くなっちゃって」

 向こうの宿屋の影から、寝坊したけど急いで顔だけ洗ってきました、みたいな優男が、手を振りながらヨタヨタと駆けてきました。

「やぁ間に合った、さあ僕を保護しておくれ。さもないと、僕、帰れなくなっちゃうからね。そして速やかにコンポート国に……」

 兵士たちの微妙な空気にようやく気づいた優男は、あれ、と戸惑いながら足を止めました。

 アラザン王子は相手の顔を見分けたようです。

「ああ。この顔。思い出した、お前は確か、コンポート国のアメール王子ではなかったか」

 痛い沈黙の意味がまだ読めず、アメール王子は曖昧に頷いてみせました……

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