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舞踏会のシルキー・ヴァニーユ 3

 では一同、並んで並んで。向い合って、優雅におじぎ。

 ミエールの手をまず取ったのはジャンドゥーヤ国のアラザン王子です。ステップを刻みながら話をします。

「強い男が好きなんだろう? 小耳に挟んだよ。一度お手合わせ願いたいね」

「あら。それは面白そうね。楽しみにしていいのかしら」

「勿論だとも。そうすれば文句なく私のものになるだろうからな」

「……私が勝ったら?」

「そんなはず無いだろう。女の剣が私に勝てるはずがない」

 くるりとターンをして相手が変わったので、ちょっぴり挑発的に聞き返す音を、ミエールは相手に聞かせずに済みました。

 次の相手はコンポート国のアメール王子です。

「やあ、めぐり逢えたね美しき姫。嬉しいよ、さもないと僕の涙でこの国の花に全部水をやるところだったからね」

「塩水は控えてもらえますか、枯れてしまうので」

「君の素直な反応の方がしょっぱいから、僕の涙ごとき、どってことないさ。ああ君はとてもスウィートだから、ひとつまみの塩気がちょうどいいのかもしれないね。さもないと、美味しい君で太ってしまいそうだ」

 ワン、ツー、ここでターン。次に手を取ったのは……ヴァニーユ王子です。

 ヴァニーユ王子はただ黙って、赤い瞳で見つめてきたので、ミエールの方から声を掛けました。

「ダンスがお上手なのね?」

 ああ、とやっとヴァニーユ王子は反応してくれました。

「こんなにいい視点であなたを眺めていられるのは珍しいな、と思って……つい見惚れていました。ダンスは見て覚えた程度ですよ。上手くできたなら幸い」

 解るような、解らないような、なんだか引っかかるような。意味深な言葉が終わった時にはもう相手を変えるタイミングでした。

 くるりと優雅に離れながら、やっぱり、綺麗だね、と聞こえた気がして、ミエールはヴァニーユ王子の姿を目で追い続けます。

 なので、ずるりと引き抜かれる違和感でようやく、髪の毛から一本、花を失敬されていたと気づきました。

「これは貰っておくよ……君の気持ち代わりにね」

 元の位置に戻ってきたので、今のパートナーはアラザン王子です。気取った仕草で匂いを嗅いで、それを自分の胸ポケットに仕舞いました。

「君の答えをこの胸に」

「今、勝手に取られたんですけれど」

「恥ずかしがらなくていい。もう結果は決まったようなものだ。そうだろう?」

「いえ全く?」

 少し言葉を飲み、そんな、バカなとアラザン王子は呟きます。ターンです。

「……あれ、何か怒ってる?」

 アメール王子が少し驚いたように聞きました。

「……あなたのせいで機嫌が悪くなったわけじゃありません、お気になさらず」

「ダメだよ女の子は愛想よくしておかないと」

「今ちょっとあなたのせいを含みました」

「ええぇ……」

 何とか取り繕おうとモゴモゴ言ってましたが、ステップは短く、一緒にいる時間は短いのです。はい、ターン。

「……どうして怒ってるの?」

 ヴァニーユ王子は聞きました。

「どうしたらいい? 触らない方がいい?」

 なんだかそれだけで、肩の力が抜けました。

「いいえ。ごめんなさい、私がまだ未熟なせいなの。こんな席で気を使わせて、申し訳ないわ」

「あなたのためのパーティだし、いいんじゃない?」

 今度はミエールが黙る番です。黙ってステップを踏んで、ターンの時間。ワン、ツー。

 位置を変えたと同時に、髪の花をもう一本抜かれました。

「やめていただけます?」

「これは君に」

 アラザン王子は抜いた花をミエールの胸元……あいた襟ぐりから見える、胸の谷間に差し込みました。

「ほら君の喜びの心を表すようだ。誇っていい、私から選ばれる女性などそうそういないからね。君ならまあ合格だ」

「私がまだ合否を出してないわ。そうじゃない?」

 ターン。相手が何か言うより先に、アメール王子の位置へ。

「ねえ、ダメだよケンカは良くないよ。さもないと、僕の胃が痛くなるし、だって、だって、はしたないよやっぱり女の子がケンカなんて」

「じゃあ女の子は嫌なことされたらどうしろっていうの」

「……我慢とか」

「健康によろしくないわね」

「だって、女の子なら可愛いのがいいじゃないか」

「やるんなら受けて立つわよ」

「ご、ごめんなさい」

 確かにはしたないのですが、最後の一言のドスが利いたのか、アメール王子は涙目で離れました。ターン。

「楽しい物や美味しいものがたくさんあるのに、楽しめないのは困るね」

 ぱんぱんに張った蒸気をうまく抜く発言をするんです、ヴァニーユ王子は。なんだか猫のヴァニーユと居るみたい。ミエールの纏ったトゲがすんなり取れて、思わず頷きました。

「猫なら楽しめるんでしょうね」

「猫の幸せは簡単だからね。美味しいものと好きな人。人もそうだと思ってたけれど」

「……しがらみが多いんです、人間は。立場だとか状況だとかに囚われて、美味しいものも味わってないんだわ。でも上に立つ自覚があればやっぱり我儘ばかりは言えないし。こんなんじゃダメだって、解ってはいるけれど」

「ボクも上の立場だけど、猫のように生きてるなぁ」

 ふと、ステップが止まります。

「お互い、苦労してますね」

「ボクの場合は下が苦労してるんだろうね」

 なんとなく、目を合わせてこっそりと笑いあったところで、不意に横から攫われました。強く抱き寄せられたのは、アラザン王子の前。

「遅いよミエール。浮気はよくない」

「ちょっともう離してくれます?」

 いよいよ声が尖ってきましたが、後ろに回して繋いだ手は、引いても剥がれてくれません。

 せいぜい上半身を逸らして嫌ですアピールをしているのですが、その程度で言うことを聞いてくれたら、王子だってこの性格にはなってないだろうと思われます。

「君はどうも刺があるようだね。知ってるよ、君の二つ名。ビスクの白薔薇か、なるほど上手く言ったものだね。でも私に対して振るう刺ではないだろう?」

 ミエールも負けてはいません。

「刺は天敵を追い払うものだし、使って差し支えないでしょう。もう一度言うわ、離して」

「いいかい、私は大国の王子だ。こんな小さな島、我が国のお情けで侵略されずにいるだけだ。もしこの結婚が成されなければ、我が国の進軍を止める権利が無くなるのだぞ。そんなことになったらどうなる?」

「魔王を囲めない世の中の国々がたちまち困る事になります」

「可愛いね、君は」

 まろやかに言ってはいますが、目は笑っていません。

「魔王なんてまだ信じてるんだ? だけど夢見る女王様、それじゃあ君の身は守れない。虚栄で自分を大きく見せても、本物の力の前には敵わないよ? ほら逃げられないだろう?」

 ミエールを捕まえたまま、アラザン王子は広間の真ん中に大きく躍り出ました。広いステップにスカートが広がります。

 何も知らない人が見たら、きっと素敵なダンスだと思うでしょう。ほら、壁の花を決め込んでいた人達からは、うっとりと溜息が漏れます。

 でも、当事者としては冗談じゃありません。

 あちらでは、次の相手となるアメール王子が、棒立ちでアワアワしています。「僕の番なのに! 僕の番なのに!」か細く叫んでいますが、どうする事もできないようです。

「力ずくで言う事をきかせて、好きになってくれる女性がいると思って?」

「女は強い男が好きだ、君もな。そうだろう? 問題はない」

 力強いが聞いてあきれるわ。実際には拘束がきつくて、右に左に振り回されているだけじゃない。好きで合わせているんじゃないの。ステップは合わせていないと足を踏まれちゃう。

 恋愛に自信のないミエールも、さすがにこれは分かります。

 彼は一事が万事こうなのでしょう。もちろん女の扱いも。

 得意げなダンスは今が絶頂です。

 黙ってしまったミエールに、アラザン王子は余裕の笑みを見せて、つないだ腕を高く上げました。女性側は合わせてくるりと、全回転のスピンが決まります。

「さあ、素直になるんだ。あまりお転婆がすぎると、良縁も逃げてしまうぞ」

 ダンスの手応えに満足したアラザン王子、鷹揚に頷いてみせようと……すると、顎の下に何かが当たりました。

 それはさらにぐっ、と突き上げてきます。何だ何だ? 思わず視線だけ下に向けると、赤い花弁が見えました。

 それが、さっきミエールの髪から失敬して、自分の胸に刺していた薔薇だと気付き、ふと笑みが消えました。

 どうやら、今の一回転の間に取られたらしい。ミエールは、さらに一段、手にしたそれを押し上げ、相手に天井を眺めさせました。

「実際やってくるモンスター対策を考えている私と、自分がモテるなんて思い込んでるあなた、どっちが夢見ているのかしら?」

 もうステップは踏んでいません。やっとダンスが止まって嬉しいミエールは、この上なく優しい声音を使いました。

「大国だって言うけれど、人が多い割に仕事は遅いのね。先月から問い合わせている密輸ダイヤの流通先、全くの梨の礫だわ。どうなっているのかしら。答える気がないのかしら。ねえ、これは言っておくわね。魔王を伝説だと思う人は、この国には相応しくないの。残念ね夢見る王子」

 剣の切っ先代わりに使った薔薇を、こわばる顔の王子の頭に、せめて可愛く飾ってあげました。

 いつのまにか手は離れていました……ミエールはスルリと後ろに退いて、会場の皆様に宣言します。

「髪が乱れました、結い直して参りますので、しばし下がらせていただきます。皆様はどうぞこのままお楽しみください……失礼します」

 振り返りもせず、真っ直ぐ退室していくミエールの後ろ姿を、アラザン王子は悔しそうに眺めました。

 その横で拍手が弾けます。驚いてそちらを見れば、ヴァニーユ王子がブラボーブラボーと手を叩きながら、やっぱり女王の後ろ姿を眺めていました。

「いい女だよね。あれがイイんだよ」

 ねっ! という満面の笑みに、まさか辱められたアラザン王子がハイとは言えません。

 可哀想に。ヴァニーユ王子はいい笑顔をニヤリ笑いに変えて、全く隠さない大声で慰めてあげました。

「ドンマイ。来世があるさ」

 クスクスと、どこかからか忍び笑いが聞こえてきます。

 それが自分に向けられたものだとは、いくら自信家でも理解したようです。アラザン王子は真っ赤になって、髪に飾られた薔薇の花を乱暴に毟り取り、ポイとヴァニーユ王子に叩きつけて、足音高く広間を出て行きました。

 投げつけられた薔薇を掴んだヴァニーユ王子は、一度だけ眉を上げ、さっくり自分の耳の上に挿しました。どこか、嬉しそうに。

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