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舞踏会のシルキー・ヴァニーユ 2


 宴はつつがなく始まりました。

 歓談の笑いが弾ける中に、薄いグラスのぶつかる音が、鈴の音のように添えられます。

 交流が目的のため、今日は大きいテーブルは設けずに自由に移動できるようになっています。

 食事は壁際に豪勢に盛ったり、目の前で調理したり。どうぞご自由にお取りください。これもちょっとした趣向ですよ。召使らが旦那様のお食事を取りにちょこまかと動き回っています。

 若い招待客達は食事もそこそこ、早速のとこ女王様に寄っていきます。

 今夜はお招きに預かり、誠に光栄に思います。

 こちらこそ、よくおいでくださいました。

 おお、これは。相変わらずお美しい。

 まあ、恐れいります。

 挨拶に次ぐ挨拶を重ね、さらに挨拶。

 遠くの国の誰それ王子。近くの国のなにそれ王子。大公、侯爵、伯爵、西の国、東の国。他にも沢山。

 中でも話の進んでいるところとは、積極的に顔を合わせないと。

 まずはすぐ北の大陸、コンポート国のアメール王子。

「ああなんという麗し乙女、君は地上に降りた天使だと思う。枯れることない噴水であるはずの僕の賞賛が、詰まってしまうほどだから。だが堕天を嘆かないで欲しい美しい姫、君がここにいてくれるお陰で、僕は君に会うのにいちいち昇天しなくて済んでいるんだ」

「失礼。プリンセスではなく、クィーンですのよ、私」

「君を表現するのに肩書は必要ないよ。強いて言うなら天使の階級だ。どうか僕の前ではただの女の子でいておくれ。女はいつでもプリンセスなのさ」

 熱心に口説いてきました。

 それと、もう一人はすぐ南の大陸、ジャンドゥーヤ国のアラザン王子。

「君は何も言わなくてもいい。君の想いは解っているのだからね」

「というと?」

「まず、私の国は強大だ。そして私は若く逞しい。この間の槍の大会では、私は歴戦の強者を三人も倒したぞ。顔もこの通り、匂うような男前。これ以上は愚問だろう、君が私に惚れる以外の選択肢はない。あとは発表するだけだ」

 少し強引に説得してきました。

「陛下、顔がお疲れでございます」

 ミエールの後ろにぴったりくっついたテオレ夫人がにこやかに囁きます。

「疲れました、もう、既に」

 こちらもにこやかに、前を向いたまま囁き返します。

「お眼鏡に叶う殿方はいらっしゃいましたか」

「一晩で判るものなの、それ」

「よくご注目なされませね」

「……」

「溜息つかない」

 聞こえてたようです。

 そこへ案内係が、来賓のご到着を告げました。

「ヴァニラ・ヴァニラ国の王子様、おなりでございます」

 ヴァニラ・ヴァニラ国?

 馴染みのない単語に、ふと大広間が静かになり、一同で入り口を注目しました。

 そこに現れたのは、ハッとするほど目を引く、エキゾチックスタイルの若者です。

 長めの上着、ゆったりとしたズボン、どちらも黒。

 先の尖った靴、マント代わりのマフラー、どちらも赤。いずれも縁には、金色の飾り線を描いています。

 なにより珍しいのはターバンです。これも赤。額には、鶏卵ほどの大きな宝石が輝いて、そこから伸びている羽飾りとターバンを止めているようです。とてもゴージャス。

 宝石の下には、それにも負けないほどギラギラと輝く、深い赤の瞳があります。ターバンから細く垂れる前髪も同じ色。若く、すらりとした体に覇気を纏い、真っ直ぐにミエールを見つめて、大広間を進みました。

 皆さんはお分かりですね。これはヴァニーユです。本来の姿の方の。

 屋敷もろとも、パブディのキャラクターを乗っ取ったお陰で、ヴァニーユの変装も違和感なく仕上がり、上手く人間を装えています。

 こうすれば、ファッショナブルに見せかけたターバンの中に、上手く角も隠せてとても便利なのです。

 ほら、これですっかりヴァニラ・ヴァニラ国の王子。なかなかの出来です。ね、似合うでしょう?

 無論、誰もそれが魔王の素顔だとは知りません。本当にどこか遠くの国の王子が来たと思うばかりです。

 ミエールも、その方が目前に来るまで、思わず我を忘れて、目を合わせたまま立ち尽くしていました。

「お初にお目にかかります、女王陛下」

 すぐそばでお辞儀をされて、ようやくミエールは手を差し伸べました。ただの挨拶である、手の甲への接吻など何ともない事のはずでしたが、声の掠れは隠せませんでした。

「はじめまして――ようこそ、おいでくださいました」

 顔を上げて向き合った王子に……はしたないことですが、また瞬きも忘れて相手の顔を凝視めます。

 はじめまして、なのかしら。何だかどこかで会ったような気がするわ。

「ヴァニラ・ヴァニラ・チリペッパー・アジョワン・ターメリック・ユズレモン三世です」

 こちらは、あくまでにこやかに……デタラメな名前を大真面目に自己紹介します。

「以後よしなに。長いと仰せならば、どうぞヴァニーユと」

「ヴァニーユ……」

 ああそうだわ、とミエールは思いました。この方、真っ黒なところもヴァニーユっぽいのです。本人ですから当然ですけれど。

 それに、名前を言われて思い出しました。

 ヴァニーユはこの間、何と言ってましたっけ?

『ルビーのような深い赤の髪と、黒い服に身を包んだ紳士を探してごらん。それが願いどおりの相手だよ』

 確か、そう言ってました。猫占いの結果……本当かしら。

 王子の姿のヴァニーユは何食わぬ顔です。

「そう、ヴァニーユで。あなたとお近づきになれるのなら、長ったらしい名前より愛称がいいでしょう? 覚えやすいでしょうから」

「そうですね……知り合いにも同じ名前がいますので、それならすぐに覚えられます」

 さすがに猫とは言えませんが。

「それなら結構。きっとそのヴァニーユさんも、さぞ頭がよくって可愛いんでしょうね」

「え、ええ……」

 自分で言っちゃってますよ、魔王様。

 周りの人も寄ってきて、ヴァニーユ王子に声をかけます。見たこともない相手ですからね、皆が興味津々です。

「この国は初めてでいらっしゃいますの? 普段お見かけいたしませんが、お国は遠いのですか?」

「そう、遠くて、近いところです。遠くても来てしまえば近いものですから。今、ボクはこの国の港町、ラスクに滞在しています。ここは過ごしやすい国ですね。気に入りました。ボクの国は船乗りが多くてね、いつも出かけているんです。世界中のどこにでもいますよ。きっとあなたの国にも」

 そう聞いた瞬間、周りの人達はそれだけで全部解ったつもりになって納得してしまいました。ラスクの町の人がそうだったように。

「何故こちらに来てみようと?」

「やはり、ミエール女王のために?」

「勿論。ボクも女王の目に止まる幸運を、頂戴しようと思った次第」

 周りは一斉に笑いとも溜息ともつかない声があがりました。

 輪の外で見ているアメール王子とアラザン王子は、鼻を鳴らしていましたがね。

 歓談の時間は和やかに進みます。


 マカロンタワーの天辺を一個もぎ取り、ポイと口の中に放り込みます。

 ヴァニーユ王子はさっきから、周りの注目も気にせず食事に集中していました。

 目的の一つはミエールへの自己紹介。もう一つはご馳走です、当然。

 ええ、他の男達への妨害もしますよ。でも甘いものがたくさん並んでいるのです。まずは美味しく頂かなきゃ。

 あちらの片隅では料理長がクレープシュゼットを披露しています。さっき頂きましたが、全くヴァニーユとは気づかれなかった模様です。まあ、とても忙しそうにしてたから、よく見てなかったというのもありますけれど。

「魔……ヴァニーユ様」

 言い直して、打ち合わせ通りの呼びかたで声をかけてきたのは、こちらもきっちりターバンを巻いた大魔導師ヌガー老です。料理を山盛り乗せた皿を持ってホクホクしています。

「これ! これ美味しかったですぞ、ヴァニーユ様。エビのサラダ。こっちのグリルビーフは? もう食べました? 酒が甘くてまた美味い、それにこのフライとソースの……ああ美味い。ほれ、これいいですぞ、お召し上がりになって。さあさあ」

「自分で食え。おかーさんか、そちは」

「んはぁぁ、美味いですなぁ! いつもこんなもの食べてたんですか、ズルいズルい。こりゃ帰って来なくもなりますなぁ」

「いいからリアクションは控えめにしろ、ヌガー。いかにも『初めて人間界に来ました』みたいな魔物だぞ」

 お、と何かを発見したらしいヴァニーユ王子は声を上げます。

「ここにもいたな、不真面目な魔物が」

 テーブルの影に手を突っ込んで、何か黒いものを引っ張り出しました。びよりと伸び、ゴムが弾けるように縮みます。ヴァニーユの手元で振動に震えるのは……タマトリドリです。

「ビキチット オイシイネエ!」

「後にしろタマトリドリ。思いっきりサボってるな。何のためにここに呼んだか、忘れてはないだろうな」

 タマトリドリ、食べかけのお菓子をポリポリと咀嚼し、いよいよ誤魔化すものがなくなってから、ウフフ、と笑ってみせました。きっちり、忘れているようです。

 ヴァニーユ王子はタマトリドリの首(? ……と思しき辺りです)を親指と人差し指で締め上げ、下半分をギューッと扱きました。体積が移動して、ツチノコみたいになります。ちょんちょん摘んで引っ張って、飴細工のように形を変えて……完成。

 子供が描いたようにヘタな造形ですが、一応、猫のような生物が出来上がりました。クロネコトリモドキ。

「ボクの身代わりだったろう。たまにでいいから存在アピールしろって言ったはずだぞ。さもないとおやつ抜き。仕事しないままにゴハン食べてたと発覚したら、お前、あとで素晴らしく恐ろしい体験させてやるからな」

 不承不承、ご馳走から離れて地面に降ろされたタマトリドリは、ぜんまい仕掛けのおもちゃよろしく、「ニャーン、ニャーン」と鳴きながらよちよち歩いていきました。

 まったく。

 腹立ちまぎれに、そこにあったお菓子皿からひとつ摘んで口に放り込みました。さっき、タマトリドリも食べていたやつです。

 ほどよい甘さに苛立ちを忘れ、味を感じられる余裕が出たあたりで……咀嚼がゆっくりになりました。何も見てない顔で無心に噛み終わり、飲み込むと、もう一度同じものを摘んで食べてみました。

「……こ……れ……だ」

「はい? どうなさいました?」

 ヌガーが怪訝そうに聞きます。ヴァニーユ王子はすっかり興奮状態です。

「あったぞ、ビキチットだ! ずっと探していたんだ! シェフを呼べ!」

「は、はい何か」

 料理長がクレープシュゼットの皿を片手に飛んできました。

「これ! これなんていう名前?」

 手にしたお菓子……厚みのある焼き菓子で四角にカットされています。二層になっていて、下はクッキー。上は、これは、ジャムでしょうか?

「あ。はい。フルールランタンでございます」

 よそいきの取り澄ました声で、料理長は説明します。

「細かくダイスカットにしましたフルーツを蜂蜜や生クリームに混ぜ、こだわりのクッキー生地に乗せて焼き上げました。上をアーモンドスライスとキャラメルにすればフロランタンでございますが、今回は華やかにフルーツを使いました。主にトロピカルフルーツで、パパイヤ・マンゴー・パイナップル・リンゴなどです、フルーツ部分を変えることで様々な味になります」

「……そうか……」

「あのう……こちら、何か粗相でも」

 ソワソワしだした料理長に、いや、ありがとう美味しいよ、と声をかけて下がらせました。そしてもう一枚口に入れます。

 フルールランタン。フルールランタン。みつけた、思い出の味。

「これと女王がある限り、戦争など出来んな」

 結局、魔王としてのヴァニーユの思いは、そんなところに落ち着くのです。

「そういえば、女王様も綺麗なお方でしたなぁ」

「ついでのように言うな。当たり前だ。あのおっぱいはボクの寝床だ。他の男になんか取られてたまるか」

「魔王様なら大丈夫ですよーぅ、わしの若い頃にそっくりの色男ですからな」

「……」

 さあ。

 宴もたけなわになり、大広間の空気が変わりました。扉を大きく開けた次の間で、コートダンスが始まるようです。

 あちこちに散っていた男女が、お目当ての相手と踊ろうと、揃って前に出ていきました。流していた音楽が、少し大きめに鳴ります。

「いってらっしゃいませ」

 料理の皿を手放さないヌガーに見送られ、ヴァニーユ王子も広間の真ん中に向かいました。


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