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舞踏会のシルキー・ヴァニーユ 1


観光案内人からの口上


「毎度。勇者だよ。いい時に来たね、今、国をあげて盛り上がっているところだ。

 あちこちでイベントや特売が出てるぞ。城で大掛かりなパーティーが催されるので、それに乗ってるってわけだ。いろんな国からお偉い様方が来てるし、てことはその付き人の分も増えてるしな。宿はどこも一杯、取れるかどうか怪しいところだ。まあ、困ったら観光協会に連絡くれたまえよ。優先的に情報を貰えるからな。

 しかし……ただのパーティーかと思ったら、女王の婿探しの宴会だったなんてな……そうか……うん、そうだよな……そんな年だしな……そうか……(向こうから声がする。「ニッキー! お弁当持ってきたわよー!」快活そうな女性が手を振ってみせている。眉間に皺の寄っていた勇者の顔はパッと輝き)今行くー! 

 や、すまんすまん、俺はこれから昼休みだ! うん! 聞いてくれる? 聞いて? あれ、俺の彼女。プラムっての。可愛い娘だろー、でもね、彼女のお父さんここらの狩人の頭みたいな人でね、すっごい怖い。彼女も怒ると怖い。そんで強い。ステキ。 いやはや、恋って、いいもんだよな! うへへへ、また後で呼んでくれ! 勇者とて食事を摂らねばいかんのだーさらばー(言いながらも既に走りだしており、あちらの女性に手を振り返しながら叫ぶ。「プラムちゃーん! 今日のおかずはなーにー?」)」



四枚目 舞踏会のシルキー・ヴァニーユ


 ヴァニーユは無人の建物の前に立っていました。

 港町に放置された、見覚えのある御殿。だいぶくすんだ金色の屋根、埃の溜まった透かし彫りの窓。覚えているでしょうか、パブディの屋敷です。

 異国の豪商の、ヴァニーユのスパイ行為で悲惨な目にあった、あのパブディですよ。悲惨な目の名残の爆発痕もそのまま、まだ修理されずに打ち捨てられています。

 入り口には差し押さえ告知と売り家の案内、キープアウトのロープ、それと子供が遊び場にした跡でしょうか、地面にはチョークで描かれた落書きが見られました。

 さらりと猫皮を脱ぎ捨て、黒猫は魔王の姿になりました。昼日中、人の目もありますがまったく気にしません。

 しゃがみこんだヴァニーユは地面に落ちていた小枝を手に取り、トン、と地面を突きました。

 枝を起点に砂煙が走り始めます。小さな爆発は地面に線を残し、屋敷を取り囲む大きな円が一瞬で浮き上がりました。

 さて。

 立ち上がったヴァニーユは咳払いを一つ、人の喉で滑らかになった声で、朗々と魔法の言葉を紡ぎだしました。

 集う魔力に風が起こり、マントを揺らして髪を揺らして、どんどん力を貯めていきます。

 道行く人々が足を止めはじめました。何の騒ぎを起こそうとしているのかと、遠巻きながらも眉を顰めています。

 ついに勇気ある通行人が一人、詠唱を止めようと手を伸ばしたその時、言葉は完成し、魔力が破裂しました!

 自然のものではない風が収まった時。

 これを見ていた周りの人も、そうでない人も、すぐ隣で手を伸ばした人ですら……今の光景をすっかり忘れました。何事もなかったかのように歩いている人はそのまま歩み去って、お喋りしている人はその続きを喋りはじめます。

 屋敷にヴァニーユが入っていっても、誰も止めませんでした。屋敷はもう、綺麗に修繕されていましたから。

 どこも磨き上げられてピカピカ、落書きなどありませんしロープも取り払われていました。埃積もっていたギラギラの金は燻した色合いになり、白い壁に描かれた飾りはターコイズからアズライトに替えられています。とても落ち着いた雰囲気になりました。

 やがて日は落ちて屋敷には灯が点いて、中から四頭立ての立派な馬車が出て行きました。

 馬車は城を目指します。今日は舞踏会のある日なのです。


「大使とのご挨拶は昼間にほぼ終わりましたが」

 資料をめくりながらモルト大臣は声を張りました。

「正式にお相手として乗り気なところは幾人かおります。ご身分の上の方から、ジャンドゥーヤ国のアラザン王子。コンポート国のアメール王子。タタン国、リモーネ大公。フランボワ伯爵」

「ジャンドゥーヤは他に何か言ってきて?」

 モルト大臣の背後からくぐもった声が聞こえてきました。引かれたカーテンの向こうで、ミエールは今、お着替え中です。

 モルト大臣はため息まじりに首を振りました。

「いいえ、今のところは何も」


 ジャンドゥーヤの王様は、実はもうたいそうお年なのです。

 若い頃には荒くれ者、召使達がいつもビクビクしているくらいの気性の激しい方でしたが、今は日当たりのいい部屋の寝椅子に転がって、口に運ばれてくるパウンドケーキ以外のものに興味がありません。

 代わりに暴君を引き受けて我が物顔で城を闊歩するのは、アラザン王子です。

 慌てて頭を下げる召使らには目もくれず、王様の部屋にもノックなしでずかずかと乗り込みます。

「ねえねえパパー、強そうな傭兵軍団見つけてきたんだよー。雇っていーい? いいでしょー?」

 王様の言うことはいつも同じ。ゆっくり噛んだケーキを飲み込んで

「いいよー」

「これ連れてね、ビスクヘルムに行こうと思うんだー。あそこの美人な女王をちょいと貰ってきてさ、うちの軍隊の足しにしちゃおうよ。そしたら他に攻め込むのもラクになるしさー」

「いいよー」

 王様はまっすぐ前をぼんやり眺めて、何に返事をしているのかも分かったものではありません。

 でも、こんな調子で何でも許可を貰う王子は、喜んで雇ったばかりのならず者集団を連れて意気揚々と旅の支度にとりかかりました。

「よし、行くぞお前たち。相手さんは兵の国だからな、せいぜい気に入られるように、強そうに振舞ってやれよ」

 召使達は、ただもう災難避けのお祈りをしながら、王子を見送るしかありませんでした……


「困ったものね、ジャンドゥーヤにも。あとは……コンポートからも来ているのね」

「はい。そちらのアメール王子は第二王子です。肖像もご覧いただきました通り、なかなか整いましたお顔立ち……」

「ぐぇっ」

 モルト大臣は思わず首を傾げましたが、今のはどうやら返事ではなく、いつも以上に締め上げられたコルセットの苦しみだと理解して、そっと頷きました。


 紹介にまず言われるように、コンポート国のアメール王子はとても美しい王子様でした。

 馬車から手を振れば女性たちは高めの歓声を上げ、挨拶を投げると傍らのメイドがとたんに恥じらい乙女になり顔を赤くすると噂の美形です。いえ、噂ではなく、半ば本当です。

「君の笑顔は昇る朝日のようだ。すなわち僕の心に光射す。君の前では、この花も色褪せるばかりだよ」

 完璧な振り向きアクションで、完璧に薔薇を差し出します。差し出された薔薇は、完璧なタイミングでガックリと頭を垂れました。

「さすがアメール王子、完璧です」

 王子お抱えの、ファッションの先生が拍手してみせます。

「これでどんな女性も、王子の前ではただの可愛い子猫ちゃんになるでしょう」

「いい響きだね、子猫ちゃん……」

 前髪を撫で付け、アメール王子は美しく微笑みました。

「美男美女一揃え……これに決まりだね」

 難を言えば、豪腕の男がモテるビスクヘルムでは、線が細いと言われそうなところでしょうか……


 廊下を急ぎ足でやってきたテオレ夫人は、ノックもそこそこに急いでドアを開けながら言いました。

「さあさ、お支度は整いましたの?」

 カーテンを寄せると、忙しそうなその声はあらあらという溜息と共に音程を変えます。

「立派ですこと。綺麗ですよ、陛下」

 着替えを手伝っていた女官達が手を離し、ミエールはくるりと正面を向きました。

 白にベビーピンクのフリルがミルフィーユのように重なるドレスは、下に行くほど段が大きく、グラデーションを強めていきます。スカートの裾はオペラピンクです。

 そこに薔薇色のガウンを重ね、宝石で留めます。薔薇の花束をそのままドレスにしたような趣向ですね。

 まさしく宴に花を添えるための華やかなパーティードレス、踊れるように軽めで、動きやすいのは歓迎なのですけれど。

「色がちょっと可愛さ狙いすぎてないかしら」

「殿方の好みとしてはそちらの方がいいものですよ」

「媚びる気はないわよ」

「そういう気の強さを隠すにも良いものです。さ、行きますよ。時間です」

 シルクの手袋をもらいながら、ミエールは部屋を見回しました。

「そういえば、ヴァニーユはいないのかしら。今日は見ていないのよ」

 いつもならば着替える前には、胸に張り付いて離れまいと大暴れするのに。まあ、お陰で今日はスムーズにいきましたけれど。

「ニャーン」

 おや。何だかわざとらしい猫の鳴き声がしました。

 ミエールが慌てて窓の外を見ると、黒い影が屋根の上に登っていくところでした。すぐに消えてしまったのでよく見えません、ヴァニーユ……のように思えたんですけれど。

「何ですか、今頃ネコと遊ぼうなんて。ダメですよ、毛がついてしまいますからね!」

 とんでもないというように、テオレ夫人は先導していきますが、でも、ああ。ヴァニーユがいれば心強いのに。優しい笑顔を浮かべた狼どもの正体を、あれこれと囁いてくれるだろうに。ちゃんと猫が入れるほどにスカートを膨らませたドレスにしたのに。

 いいえ、とミエールは首を振りました。

 自分で見極めなければなりません。自分の人生なのです。

 廊下の向こうからは女王を待つ人々のざわめきが聞こえます。

 大広間まであと少し。いよいよ、音楽と明かりの絶えない、楽しい夜が始まろうとしています。ミエールにとっては、勝負所の。

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