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毒操師  作者: まあす
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暗殺者⑦

「そんなに驚かなくても。そこまであからさまに黒ずくめで、軍人なのに剣ではなく暗器を持ち、私に毒薬を依頼する。どう捻っても暗殺者しかないでしょう」


「..........」


二の句が接げない。


「大方、今回の騒動の黒幕に目星を付けて暗殺するという手筈なんでしょうが、明らかに人選ミスです」


蒼は動揺するサイクレスをさっくり斬った。


小さな椅子が窮屈そうな並外れた長身に、しっかりと鍛え上げられた体。

それだけで人目を引くに充分だが、加えて闇夜でも輝きそうな冴え冴えとした銀髪だ。


目立つことこの上ない。


また険しい表情は整った容貌だけに大迫力で、何十人といる中でも埋もれない独特の雰囲気を持っている。

つまりは暗殺者の必須とも言える条件が満たせていないのだ。


暗殺者は、目立たない容姿と人に警戒心を抱かせない雰囲気を持ち、体格も中肉中背かいっそ小柄がいい。間違ってもそこにいるだけで人に威圧感を与えるような人間など論外である。


また、暗殺者としてサイクレスには決定的に向いていない所があった。


「見た目にも問題はありますが、何より貴方、スレて無さ過ぎです。貴方、本当に標的を発見したら毒薬なんて使えますか?」


神妙な顔のサイクレスはその言葉にギュッと表情を引き締め、姿勢を正す。


「お三方の為だ。勿論出来るに決まっている」


「黒幕ですよ?貴方の上官を陥れたんですよ?暗殺なんてしたら真相は永久に闇のままです。それに暗殺という手段を取るということは、ジュセフ皇女と緋にも少なからず後ろ暗い何かがあるのを認めることにもなります。

仮に自然死を装うような毒薬を使ったとしても、事件に関わるような人物ご都合良く死に、それによって審議会がジュセフ皇女に有利に進めば、例え潔白であっても疑いが消えることはありません。

貴方、それに耐えられますか?」


「......勿論だ」


「今、考えましたね?」


「む、そんなことはない」


「返答に詰まったのが何よりの証拠です」


「そんなことはないと言っている。どんなに怪しく見えようが、フレディス副長の計画に間違いはない!.....あっ」


「.....だから貴方に暗殺なんて無理なんですよ」


蒼は口を滑らして固まっているサイクレスをそのままに、再度茶碗を持ち上げると中身をゆっくり飲み干す。


「フレディス.....近衛騎士団副隊長、ジュセフ皇女の副官ですね。なるほど、近衛の中にもにも裏技系がいらっしゃるようです」


「それは.....」


「貴方が発案したのではないと思っていましたが。何なら正面切って疑わしいとされた相手の屋敷に乗り込んで行きそうですから」


「そんなことは...........」


無いと言えない正直者のサイクレス。

俯いて口をつぐむ。


「もう黒幕の目星はついているんでしょう?」


「...........」


もはや貝になりたい。

だが、蒼の追求は終わらない。


「でも証拠が揃わない。時間もない。その為手段を選んでいられず暗殺。よくあるとまでは言いませんが、切羽詰まって出てくる案としては珍しくないですね。その手の依頼は結構ありますから」


珍しくないと言われ、サイクレスは顔を上げる。


「そう、なのか?私には思いもつかなかったが」


「それは貴方が直情径行で、馬鹿正直だからでしょう。私の元に訪れる方々は貴方とは真逆です。

まあ、大体にして毒薬を頼ろうなどと思う輩はろくなもんじゃありませんよ」


「.....あなたは、本当に商売をする気があるのか?」


依頼客に向かって随分な物言いだ。


「私の座右の銘はラクしてトクとれ、です。陰謀めいた依頼で作る毒薬なんて、細々と商売している一介の毒操師には割に合いませんよ」


ケロリとそう答えつつ、蒼は椅子から立ち上がった。


「何にしてもこの依頼、お引き受けすることはできません。貴方からでは」


「えっ!?」


外套の裾をさばき、素早く茶器を片づけると蒼は背を向けて長机の向こうに移動してしまう。


「毒薬使用の発案者は貴方ではなく、しかも貴方自身その考えに心の底では賛同出来ていない。

我々毒操師には依頼人の毒薬使用を認めるという責任があります。少なくとも使用発案者からでなくては引き受けできません」


淡々とした現れた時から変わらないのんびりした口調。しかし背を向けられた状態では、冷淡にも感じられる。


「そんなっ、今からエナルに戻ってフレディス副長を連れて来ていてはとても間に合わない。このままではジュセフ様と緋殿が!」


椅子を蹴倒さんばかりに勢いよく立ち上がったサイクレスは、必死な形相で藍の瞳を蒼に向ける。


「そんな顔をしてもまかりませんよ。依頼人本人が出向くのは、毒操師への正式な依頼の必達要件なのですから」


一度向けた背を半分だけ振り返り、蒼は仁王立ちのサイクレスを見る。

分厚い前髪で隠れた蒼の目が、真摯で深い藍色と対峙する。


「.....」

「...........」

「..................」

「..........................................」


無言のままの睨み合い。

蒼の目があるであろう位置に視線を固定し、一心に見つめ続けるサイクレスが、大きく凶暴な外見にも関わらず主人に忠実であろうとする健気な子犬に見えてくる。


「.....だから割に合わないというんです」


パサリ


諦めたような呟きとともに、蒼は目深に被っていた外套を下ろす。

たっぷりした青い布の下から、豊かな黒と金の巻き毛が現れた。


漆黒の闇に浮かび上がる幾筋もの黄金の流れ。毛束ごとに漆黒、黄金と色を変えては鮮やかな対比を織りなしている。

艶が少ないと思われたのは、余りに純粋な黒と金だった為、黒髪が光を吸い込んでいるように見えたのだ。


「仕方がありません。出張に出向くとしましょうか」


髪をかきあげながら、今度は身体ごとゆっくりと振り向いた。


露わになった厚い前髪の向こう、余りに強い色に出会ったサイクレスは、目を見張って大きく驚愕したのだった。

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