暗殺者⑤
「才気も力量もある女騎士.....。色々と敵が多そうですね」
「実際、ジュセフ様が近衛騎士団の団長に任命される前は、暗殺の類が日常茶飯事だったそうだ」
眉間の皺はそのままだが、ジュセフへの敬愛の現れか、暗殺などという物騒な話をしながらもサイクレスの口調はどこか誇らしげだ。
まだ政治的権力のなかったジュセフは、だが隠しきれぬ程に才気溢れる少女だった。
御しづらい皇女だと貴族連に敬遠され、暗殺者を差し向けられたことは数え切れない。
だが、騎士団長となってからは下手に手出ししようものなら返り討ちに合うと、実質的な危害は無くなっていた。
「ディオルガ殿、でしたか、倒れたというジュセフ皇女の御夫君は。薬、を盛られたのですね」
「・・・・・そうだ」
「とすると当然、疑われたのは」
「緋殿と・・・・・・ジュセフ様だ」
新しい茶の、ゆるゆると立ち上る湯気の向こう、蒼を取り巻く空気がほんの少し変わったように見えた。
「・・・・・ジュセフ皇女も、ですか。ディオルガ殿は夫なのに?」
「政略結婚で愛はなく、ディオルガ様に利用価値が無くなったから、というのがジュセフ様を拘留している奴らの言い分だ」
サイクレスの脳裏にジュセフとディオルガ、二人肩を並べている姿が蘇る。
「実際のところは?」
「・・・・・・・」
黙り込むサイクレス。
「ふむ、疑われても仕方がない状況だったと?」
蒼はため息をつく。あまりに短絡的ではあるが、事実とはそんなものなのかもしれない。
「違うっ!確かに愛し合われていたかと問われれば違うのかもしれない。だが、お二人の信頼関係は本物だった。大体ジュセフ様がそんなことをするわけがない!」
今までの静かな口調が一変、感情的に声を荒げる。
「盲目的に主を信じると選択を誤りますよ?」
対して蒼は淡々としたままだ。しかし、やはりのんびりとした空気は少しだけ薄れている。
「そんなんじゃない!ジュセフ様は、そんな姑息な手段を使う方ではないんだ。そもそもディオルガ様が気に入らなければ、堂々と正面から向き合われる。それこそ剣を交えてでも」
ジュセフは闊達な人物だ。女性とも思えない程豪胆な気質でもある。
だからこそ、覇王アドルフに似ていると言われていた。
確かに、薬を盛るなど伝え聞くジュセフ皇女のイメージにはそぐわない。
「ただ、お二人は結婚されて、七年が経つのに未だお子様がおられない。だから・・・・・・」
言い辛そうに口ごもる青年の言葉の続きを、蒼が引き継ぐ。
「だから、子種がないと判断したジュセフ皇女が皇王としての後押しにもならないディオルガ殿に薬を盛って排除しようとした、と?・・・・・その方が安直過ぎるでしょう」
肩を竦める蒼。
そもそも、幾ら夫が気に入らないからといって一服盛るなど無理が有りすぎる。
さっさと離縁するなり、他に愛人を囲うなりすればいい。
皇女であるジュセフにはその力があるのだから。
この騒動、ジュセフを盲目的に信じているサイクレスでなくとも、確かに違和感を感じる。
どんな目的があるにせよ、裏があるのは間違い無さそうだった。