皇都③
国境警備兵たちが蒼の後について辿り着いた先は、町外れの宿だった。
ひと抱えの樽を担いで黙々と歩く足取りは、宿の新しくも豪華でも無い扉を潜るまで全く乱れなかった。
大した体力である。
国境警備兵たちは特に筋肉質でも無さそうな蒼の体力と持久力に感心しつつ、ここに来た目的に興味を示す。
「いらっしゃい………ああっ、お客さん!」
受付に立っていた宿の主人が、蒼を見て慌てた様子で走り寄って来た。
「お連れさん、物凄く苦しんでて手がつけらんないよ。このままうちで死なれでもしたら………」
青ざめた顔で詰め寄る、少々頭髪の寂しくなった中年の主人は、言いながらチラリと二階に視線を送る。
そのとき二階からか、呻き声が漏れ出て来た。
地響きの如く低いそれは、漏れ出るのを必死に堪えているようだ。
しかしそれが、苦しみが如何に強いかが伺われる。
「まずい、かなり進行して来てますね。ご主人、部屋は覗きましたか?」
蒼の問いに、主人は毛の少ない頭を思い切り左右に振る。
「怖くて覗けるもんかいっ。他の客も気味悪がって出て行っちまうし、商売あがったりだよ」
「結構。人が少ない方があまり見られなくて済みます。
それと出かける前にお願いした通り、風呂は沸いてますか?」
主人の抗議をさらっと流し、蒼は抱えていた樽を床に置く。
「ああ、ちゃんと沸かしてあるよ。いつでも入れるさ」
「大変結構です。ではご主人、すみませんがこの樽を風呂場まで運んでもらえませんか?」
困惑顔の主人に用を言いつけ、蒼は上の階にほんの少し視線走らせると、戸口に立っている国境警備兵に向き直った。
「さてあなた方、折角ここまで来ていただいたのですから、少々お手伝いをお願いします。
えー、ギディオンさんでしたか、傷の人。あなたの方が適任ですね」
身軽になった蒼が、頬傷の男ギディオンを指差す。
「へっ?俺?」
「そう、あなたです。私と一緒に二階に来てください。運んで欲しいものがあります。
それと、ラトウィッジさん」
「何だ?」
成り行きを静観していたラトウィッジにも矛先が向けられる。顎に手をあて、興味津々といった笑みを貼り付けていたラトウィッジが軽く目を見張る。蒼があんな自己紹介でもちゃんと自分たちの名前を覚えていたことに少なからず驚いたのだ。
「はい。あなたはご主人と一緒に風呂場に行っててください。
今から一人湯浴みをさせます。私では手に余るのでお手伝いをお願いします。
濡れるかもしれませんから、装備は外しておいてくださいね」
それだけ言うと蒼はラトウィッジの返事も聞かず、さっさと二階の階段を上っていく。
「おいっ、あんた」
何度目かしれないギディオンの呼び掛けを例によって無視し、群青の塊はあっという間に二階へ消えてしまった。
「何なんだ、あいつ。………どうする?」
困惑したような表情で同僚を振り返るギディオン。職務質問の筈がとんだことになってしまった。
「まあ、乗り掛かった船だ。とことん付き合ってやろうじゃないか」
益々面白そうな顔つきのラトウィッジは、軽い足取りで樽を抱えた主人を追い、宿の奥へと歩き出す。
「おいおい」
戸口の前で一人残されたギディオンは途方に暮れてしまう。何て勝手な奴らなのか。
しかし、ここに突っ立っていても仕方ない。
ギディオンは腹を括ると、まだ時折呻き声が聞こえてくる二階の階段へ足を踏み出した。




