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毒操師  作者: まあす
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皇都②

 蒼は厨房の隅に置かれた大きな樽に近寄る。


 中身は酒だ。柑橘系の果物を発酵させた醸造酒である。エールより度数が高く、口当たりは爽やかで仄かに甘い。温暖で農作物の豊富なエナル皇国の特産品だ。


 樽はひと抱えあり、大きめの衣服と相まって華奢にも見える蒼が持ち上げられるようにはとても思えない。


「手が空いたら息子に運ばせるよ」


 店主も当然無理だと思ったのか、樽を眺めている蒼に声を掛ける。

 愛想も無く得体の知れない客だが、金をきちんと払っている。ないがしろにするつもりはない。

 しかし樽の縁に手を掛けた蒼はいつもの淡々とした口調のまま応えた。


「それには及びません」


 そう言うと樽の端をぐっと押して底の一方を床から浮かすと、隙間に手を入れ一気に担ぎ上げた。

 これには店主も驚く。

 大の男ならいざ知らず、こんな細っこい奴が持ち上げられるとは思っていなかったのだ。


「裏口はどこです?」


 さすがに樽を抱えて長卓を飛び越すことは出来ない。厨房全体を見回しながら店主に問う。


「ん、ああ、そっちだ」


 呆気に取られている店主は我に返り、大鍋が掛けられた棚の奥を指し示す。


「ありがとうございます」


 軽々とまではいかないが、危なげない足取りで店主に教えられた従業員用と思しき勝手口の扉をくぐる。

 そこは店の裏手に当たるやや狭い通りだった。

 樽を肩に担いだまま、店の正面側の通りへ向かおうと首を巡らす蒼。


 そこへふらりとした程で近づく二人の男。

 鋭い目つきの男に頬傷の男、酒場にいた国境警備兵だ。


「よう、にいちゃん。そんなに酒持ってどこに行くんだ?」


 頬傷の男がそう言って蒼が足を向けた正面に立つ。


「ギディオン、お前それじゃチンピラだっつーの。なあ、あんた、俺たちは国境警備軍だ。こいつはギディオンで俺はラトウィッジ。繁華街にど真ん中で呑むでもなく、そんな大量に酒を買うなんて不審に見えるぜ?

 何、時間は取らせない。少々職務質問にお付き合い願いたい」


 頰傷男の背後から、目つきの鋭いもう一人が剣呑な視線とは裏腹な気軽な調子で話しかけてくる。

 二人とも背が高い。特にギディオンと呼ばれた男は隆々と盛り上がる筋肉で目の前に立たれるとまるで小山のようだ。


 決して小柄ではない蒼も、二人に囲まれれば他の通行人からは姿が見えなくなるほど。これが一般人なら何をされるのかと間違いなく竦みあがる状況。しかし相変わらず前髪で隠れた顔を上げつつも、蒼の淡々とした様子は変わらない。

  一方男たちの方は厚く掛かる前髪が不気味な蒼と正面から対峙し、ちょっと怯んだ。


「……………………」


 無言の蒼。


「……………………」

「……………………」


 無言の男たち。


「…………………………」


「おい、聴こえてるか?」


 沈黙に耐えられなかったのは、陽気で短気な性格が伺えるギディオンだ。


「…………………………ふぅ」


 蒼は溜め息をついた。


「何だよ、その仕方がない的な溜め息は」


 陽気で短気なギディオンがむっとする。

 蒼は無言のまま目の前の二人から身体の向きを変え、別の方向へと樽を抱えて歩き出した。


「おいっ」


「……急を要するので、私に御用があるのでしたら付いて来てください」


 感情も抑揚も無い口調で語り、振り向きもせずに行ってしまう。


「おいっ、あんたっ。……何だ?あいつ」


 ギディオンは同僚を振り返る。背後のラトウィッジは顎を撫でながら鋭い目つきに面白そうな光を湛え、遠ざかろうとしている蒼の背中をじっと見ていた。


「軍人だと言っても全く動じなかったな」


「ああ、全くふてぶてしいにいちゃんだ」


 振り返る事なく、どんどん小さくなる蒼の背中を呆れたように見るギディオン。

 しかし隣のラトウィッジは、手で軽く覆った薄い唇の端を怪しげに吊り上げている。


「面白そうなねぇちゃんだな。まあ、付いていってみようぜ」


  ラトウィッジはそう言うと軽く手を振って同僚を促し、表通りに出掛かっている蒼の背中を追い掛ける。


「ん、ああ。…………って、ええ?」


  二人は、人混みに見え隠れする蒼の群青色な後ろ姿を見失わないよう歩き出した。

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