疾走
街道を砂煙を上げ、猛烈な速さで走り抜ける一頭の騎馬。
馬上には二人。
見事な馬術を駆使して愛馬を乗りこなす黒衣の騎士。その後ろには黒髪と群青の外套をなびかせた毒操師がしがみついている。
サイクレスの愛馬は、昨日までの疲労など微塵も感じさせない驚異的な走りを見せている。
人を二人乗せてもう何時間も走り続けているが、その足元は確かで全く揺らがない。
サイクレスと蒼はひたすらにエナルの首都を目指していた。
昨晩、サイクレスたちを襲撃しようとして蒼にあっさり撃退されたルース子爵率いる刺客たちは、半数が聖銀鎖騎士団の団員だった。
しかし全員騎士ではなく、騎士団預かりだの見習いだのといった、いわゆる下っ端の雑用係。そして残りはルースが私財を投じて雇い入れた傭兵だった。
彼らの目的はサイクレスたちの足止め。
サイクレスは暗殺者の役割を担っていたこともあり、エナルを秘密裏に出ていた。
しかし目立つ男だ。途中で気付かれたのだろう。
皇女ジュセフに忠誠を誓い、実直で腕の立つ優秀な部下。
ジュセフ支持派以外の派閥からしたら審議が終了するまで遠ざけておきたい存在だ。
ルースたちはサイクレスが自分から国を出たのをこれ幸いと後を追い、引き返して来ることを見越して罠を張っていたのだ。
「俺の足止め?そんなことをするなんて......では、ジュセフ様を陥れたのは、まさか........」
麻痺した唇が紡ぎ出すルース子爵の言葉は非常に聞き取り辛いが、サイクレスは必死に耳を傾ける。
「ち、ち、ちがう。わ、われ、我々は、も、勿論、リャ、リャドル、さま、とて、そのよ、うな、こ、ことは、し、しない」
「じゃあ、何故私の行く手を阻む!」
声を荒げるサイクレスを蒼が手で制す。
「サイクレスさん、ちょっと落ちついてください」
「これが落ち着いてられるか!今回の事件にリャドル皇太子が関与しているかもしれないんだぞ」
「彼はやっていないと言ってますが?」
蒼はあくまで冷静だ。
「そんなもの信用できるかっ」
サイクレスは一蹴する。
「まあそうですけど、陥れた人間以外もジュセフ皇女の危機を狙って色々と仕掛けてくる可能性は十分考えられます」
寧ろ、策略者はそれを見越して計画を立てているに違いない。
「ジュセフ皇女以外の王位継承者4人を取り巻く派閥に、ジュセフ皇女を煙たがっている貴族連。近衛騎士団と敵対している他の軍や騎士団。他国だって今回の情報を聞きつければ、これ幸いと仕掛けてくるに違いありません。まあ今現在は戒厳令が敷かれているようですが........」
そのとき、くぐもった音が響いた。
見れば二人の間に横たわるルース子爵が喉と唇を引きつらせている。
どうやら笑っているらしい。
「ずいぶん愉快な笑いですねぇ。何が可笑しいのですか?」
相変わらず無表情の蒼は抑揚のない声でそう言うと、ルース子爵の口を剥ぎ取った布で覆い、上から押さえつけた。
麻痺した状態での呼吸は苦しい。不自然な笑い声を上げていたルースは一変、あっという間に呼吸困難に陥る。
「!!!!!」
麻痺した身体で必死に暴れるルース。押さえた布の横からぽふぽふと空気が漏れる。
いい加減顔が茹だったように赤くなった頃合を見て、蒼が手を放した。
「がっ、かはっ、がほ」
激しく咽せるルース子爵。
「じゃ、何で笑っていたのか教えてもらいましょう」
無感情で冷静そうなだけに蒼の行動は怖い。
コイツは危険だ、ルース子爵は胸の内で警鐘がなるのを感じた。
「さ、昨晩、は、はや、馬、が、き、来た。ど、どく、操、師が、つ、罪を、認、めたと。わ、我われは、て、撤収、す、するとこ、ろ、だったの、だ」
聞き取りづらいルース子爵の話をみなまで聞かず、サイクレスは勢いよく立ち上がった。
「緋殿が?馬鹿なっ」
「ジュ、セ、ジュセフ、こ、皇、じょ、は終わ、りだ」
かふかふと口を開け、奇妙に喉をひきつらせるルース子爵。身元がバレたので完全に開き直っている。
と、そこへすかさず蒼がいつの間にか手にしていた別の小瓶を開けて、中身を大きく開いたままの口へ一気に流し込んだ。
嚥下するまでも無く喉まで届いた液体に、カッと目を見開いた瞬間、ルース子爵はそのまま意識を手放した。
「これで丸一日は意識が戻らないでしょう。まあ、例え意識が戻っても、麻痺で3日はまともに動けませんからどうにもなりません。他の方も麻痺が抜けた頃には疲労と空腹で審議会開催に間に合いませんよ」
蒼も立ち上がって薬瓶を格納する。一体幾つ持っているのかは不明だ。
「行きましょう。どうやら状況が変わったようです」
その言葉に蒼の行動に若干引いていたサイクレスも我に返る。
「ああ、帰らなくては」
かくして毒薬の依頼から話が大きく逸れて行くことを激しく感じながらも、蒼はサイクレスと共に一路エナルを目指すことになったのだった。
更なる波乱に胸騒ぎを覚えながら........。




