旅路②
「すっかり日が落ちましたねぇ。今日はこの辺りで野宿でもしますか。明日早朝に出発すれば、夜には城下町に入れるでしょう」
そう言って手頃な木の窪みを見つけると、肩に担いだ荷物を降ろす蒼。
「しかし、急がないと………」
一方、サイクレスは渋面だ。
服装から引き篭もり感満載の蒼だったが、予想に反して足は早くここまで順調に歩いて来た。
そうはいっても出発したのは昼過ぎ、もう少し進んでおきたい。いや、本音を言えば夜通し歩きたいくらいだ。
自分一人なら寝る間を削ってでも先を急ぐが、流石に蒼に徹夜の移動を強要するつもりはない。
後もう一刻くらいなら、と考えている程度だ。
と、健康で頑健そのものの若い男性の発想と不満が顔に現れていたのか、黙りこくるサイクレスに蒼は呆れを含んだ溜め息をつく。
「ですから、焦っても状況は変わりませんって。それよりも貴方の愛馬と貴方自身の疲労回復を優先させたらどうですか?」
背負っていた大きな袋を開け、何やらごそごそと掻き回している。
「馬はともかく、私は疲労など感じていない」
ヒュッ
子供に言い聞かせるような蒼の物言いに、やや憮然とした態度で返すサイクレスへ、袋から取り出した何かを軽く放る。
パシッ
顔めがけて飛んできた何かを反射的に受け止める。それはサイクレスの手の中にすっぽり収まるほど小さな茶色い瓶だった。受けとめた拍子に中の液体が揺れ、たぷんと微かな水音を立てる。
「疲労回復薬です。滋養強壮剤ともいいますか」
茶色い小瓶は蒼の店にあったものと同じ材質に見えるが、やはりラベルも何も貼られておらず、中身はわからない。
しばし瓶を無言で見つめるサイクレス。
「心配しなくても毒薬ではありませんよ。神経や筋肉の疲労を和らげる薬です。
貴方、馬を一昼夜走らせて来たんでしょう。どうやら一睡もしていないようですし」
怪しいものを見るような目つきになっていたサイクレスは、まだ袋をごそごそしている蒼に更なる反論をする。
「だから、私は疲れてなどいないと言っている。大体軍人が1日や2日眠らないくらいで参っていては話にならない。私は近衛騎士団の奴らと三日三晩眠らない演習も経験しているのです」
実際、心身ともに疲れを感じてはいない。
上官の危機を救済する為、そしてその為に蒼をエナルまで送り届けねば、といった使命感が彼の神経を張り詰めさせて感覚を鈍らせているのだ。
「そう言われましても、目は充血してますし、顔色もよくありません。どんなに頑強な人間でも休息は必要ですよ。まあ、一度騙されたと思って飲んでみてください」
「む.........」
そこまで言われ、サイクレスは改めて手の中の瓶と向き合う。
どうということのない茶色の小瓶。中に液体が入っている以外何もわからない。
「.........」
蓋を開けてみる。
やはり中身はよく見えない。しかしほんの僅かに甘いような芳香が鼻先を掠めた。
「一気にどうぞ」
促す蒼。
サイクレスはしばらく考えている様子だったが、意を決したのか、小瓶に口をつけると一気に煽り、中身を全て飲み干した。
「っ!」
とろりとした甘さが口いっぱいに広がる。
甘いものが得意ではないサイクレスには厳しい甘さだ。反射的に口元を押さえてしまうが、吐き出すのは体裁が悪いだけでなく用意してくれた蒼に失礼な行為である。そう思って甘い液体を何とか嚥下する。
ほんの少しとろりとした液体が喉を通った後、体の中を胃までゆっくりと降りていくのがわかる。
またそれとともに体がじんわりと温かくなるのを感じる。
良くわからないが何だか効きそうだ。
「すまない、ありがとう。効いた気がする.........?」
蒼に礼を言って小瓶を返そうと一歩踏み出したところで、突然視界がぐらりと揺れた。
「.....な.........に」
眩暈ではないそれは、立っていられない程の激しい眠気だ。
まばたきすると同時に意識が引きずられ、瞼が開かなくなってしまう。
たまらずサイクレスは膝をつく。
そして必死に蒼を見上げた。
「貴方には休息が必要ですよ」
蒼の厚い前髪で殆ど見えない顔。高い鼻梁の下、端正に見える小さめの口元は、淡い笑みをたたえていた。
出発前に垣間見た蒼の素顔と目の前の微笑が重なる。
「.....な.....んて、..........うつ..........く.....し」
サイクレスの意識はそこで途切れた。
どさりと音を立てて前のめりに倒れた瞬間に、眠りの世界へと引きずり込まれたサイクレスの脳裏には、微笑む蒼の顔がはっきりと浮かび上がっていた。
その双眸は金と青、左右色違いの金目銀目であった。




