第九話
気付いたらこうだったと言ったほうが正しい。
いつの間にか俺は彼女の胸に飛び込み、そのままクレータの壁面に突撃したらしい。
彼女と俺はクレーターに深くめり込んでいた。
「ご、ごめん!?」
女性の胸に飛び込んだのなんて初めてだったから、思わず誤ってしまった。
-童貞かよ-
マナーだわ!…童貞だけど。
俺が起き上がっても、彼女はその場から起き上がらない。
彼女の方を見ても、目を開けているし、呼吸をしてるのも感じる。
間違いなく生きているけど、動く気力がないように見える。
「くそ…体が万全ならお前など…」
彼女は苦しそうに、そうつぶやいた。
「まぁいい…。やっと終われる…。殺せ」
そういって彼女はうつむいてしまった。
何もかも受け入れるような姿勢で、項垂れている。
「殺さないよ?」
「は?」
彼女はキョトンとした表情でこちらを見返している。
「いや、最初から殺す気もなかったし、そもそも人を殺したこともない。だからできない」
「甘えたやつだ…。だが私にはもう生きる気力も、理由も、何より場所もない。最後は戦士として死にたいんだ。恥を忍んで頼む。私を殺してくれ。お前が私を殺しても、それは情けだ。非情ではない」
「…いや、普通に無理だわ。生理的に無理なんだよね」
「ちっ、まさか最後の最後で負けた相手が、こんな腰抜けとはな。私も運がない」
彼女が未だに手放していなかった自分の剣を、ゆっくりと振り上げた。
「いや、目の前で死なれるのも無理だわ」
握られていた剣を一瞬で奪った。
手にほとんど力が入っていなかったので、いとも簡単に奪えた。
「…自分で…死ぬ権利すら奪うのか?」
「う~ん、そもそもなんで死にたいの?」
「見ればわかるだろ?片目を失い、片腕も失い、住む場所も失い、名誉も、尊厳も、志も、生きるのに必要な物を私は全て失った」
「…なるほど」
確かに彼女の目と片手、それに住む場所がないのは大問題だろう。
名誉も尊厳も、【G】ってわかった時点で俺にはないから、そこら辺は分からなない。
志に関しても難しい問題だ。
でも目と片手は…魔王さん、何とかできませんかね?
-ふむ。…相手が魔族なら可能性はあるのだ。魔法を送るぞ-
お、おう!?今回は今までで一番凄い量の情報だな。
-む?お前が行使するには少し複雑なようなのだ。どれ、イメージを少しずつ流してやるから、それ通りに使ってみるのだ-
そっと彼女の側にかがみ、失われている右目と、左腕の付け根に手を当てた。
そこに魔法陣が展開される。
「ぐッ!?何を…するつもりだ?…あ…あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
うお、凄い!?動いていく魔法陣に沿って腕が再生していく。
-魔族のように生命力が強い者には使えるのだ。でも人間みたいな種族に使うと、死んでしまう可能性もあるぞ-
「はぁッ、はぁッ!?そんな…馬鹿な!?」
そこに生えている自分の腕を見て、魔族は驚いている。
彼女は握ったり開いたりを何度も繰り返した。
「さぁ…ゆっくり目を開けて」
「そ、そんな…ありえない」
唖然とする中、普段よりも広い視野を手に入れた彼女は、それが右目のおかげだと気付いた。
「これで六項目中、二項目はどうにかなったな」
でも後四項目か…う~ん、どうしようか。
「す、凄いな…。こんなことが聖女以外に可能とは…感謝する」
先ほどよりは目に希望が宿っている気がする。
「…だが…」
手や目を取り戻した安堵か、それともそれ以外の感情が溢れ出したのか。
彼女の頬に涙がつたった。
「はは…本当に凄い。両目から涙が流れる感覚がある。…だが私は…やはりもう生きていくのが辛い。魔族というだけで迫害され、淘汰されてきた。何人も仲間を失い…愛する人も失った。腕や目を取り戻してなおさら実感がわいた。私はもう…この辛い世界を生きたくない。こんなに良くしてもらって感謝している。もう私を殺してくれとは言わない。せめて…恩人の目につかないところで命を絶つから…もう行ってくれ」
溢れる涙が、ここから離れることが正しいと、俺に思わせる。
そして俺は、彼女の涙に考えさせられた。
…なぁグリム。魔王が倒されて、人間が繁栄して、それって本当に平和なのかな?
-さぁ、私には分からないのだ。いつの時代も勝者が繁栄し、勝者のみが幸せを味わってきた。争いが生む幸せとは、必ず一方通行だ。この世界では魔族が負けた。だから彼女は涙を流すしかない。争いとは、平和とは、そんなものなのだ-
…俺さ…【G】だよな。
-まぁ…そうなのだ-
いつか、彼女みたいに全てを失う日が来るのかな?
-さあな。お前が争いを産む存在になるのなら、そうなるのではないか?-
…俺は勇者じゃないし、ましては人間ですらない。でもこの世界に召喚された。
-そうだな-
生きる目的がないから、それを探す旅に出ようと思ったけど、それはやめようと思う。
-は?-
気付いたんだ。俺がやるべきことを。
-何を言っているんだ?-
ティナは盗賊にさらわれて泣いていた。それはきっと、人間じゃなく商品として扱われているからだ。でもエルフは、俺たちのいた世界では人間だった。別に人間とだって暮らしていたし、エルフが国を持って独立していた。でもこの世界では、エルフは人間じゃない。
-…まさかお前の価値観を押し付けるために、世界を征服するのか?-
それじゃ魔族と同じになっちゃうだろ?違うよ。ただの差別で、誰も泣かない世界が作りたいんだ。
-そんなこと…本当にできると思っているのか?-
どんなに可能性が低くても、俺はやるよ。
きっと俺は、そのためにこの世界に来たんだ。
人間でも、ましては勇者でもない俺が。
俺は涙を流す彼女の頬に手を当てて、優しくその涙をぬぐった。
「君に頼みたいことがあるんだ。君が今、生きる理由を失っているなら、その命に価値なんかないっていうのなら、その命を俺に預けて欲しい」
「…」
彼女は涙を流すのをやめ、じっと俺の目を見た。
「君がもう泣かなくていい世界を、必ず俺が作る。だから俺に、力を貸して」
彼女は俺の目を見つめた。
でもしばらく経つと、頬に触れていた俺の手を、優しく握り返した。
「我が名はジゼル・ゾグラフ。一度は捨てた命、救おうとしている君の為に使わせてくれ。永遠の忠誠を君に誓おう」
「俺はイクス。欲しいのは忠誠じゃない。仲間だよ」
いつの間にかお互いの手の形は、握手になっていた。
●
「あの黒い爆発は…まさか本当にお前の言っていることが!?」
ティナは先導する長老である自分の父に返答する。
「あの人は悪い人じゃないって、だから言ったじゃない!」
「そんな愚かな男がいるとは、私とて想像もできん。このままじゃ森が壊される!」
「彼は私たちの為に戦ってくれているのよ!ここで私たちが戦わなきゃ永遠の恥だわ!」
エルフの中でも戦闘に特化した10人が、森の異変に気付き、集落跡に向かっていた。
ティナが処刑されるはずの男を助けたというのは大問題だが、その男が魔族に戦いを挑んだとなれば更なる大問題となる。
おそらく怒り狂った魔族は、森を破壊するだろう。
少なくともエルフという種族が抱く魔族のイメージはそうだった。
あまりに危険な状況に、彼らは戦える者達をすぐに集め、急行していた。
「クソッ!お前に遠慮などせず、その場で首を切り落としておけばよかった!そうすればこのような災いを招くこともなかった!最悪森が滅ぶことも覚悟しておけよ!」
長老は怒りの視線をティナへと向ける。
だがティナがその視線にひるむことはない。
「違うわ!私たちがやるべきことは彼を受け入れることだったの。優しい彼なら父さんが警戒するようなことをするわけがなかった。でも私達エルフが彼に行ったのは残酷な裏切りだった。父さんは何もわかっていない!一は全じゃないの!信頼することを忘れれば、いずれにしろエルフは滅んでいたわ!」
愛娘の怒りの視線に当てられ、怯んだのは長老の方だった。
そんな論争のさなか、木々を飛び移るエルフ達の森の行軍速度はすさまじい。
一時間もたたずして、集落跡へと到達していた。
ただの人間が同じ距離を森の中で移動すれば、その十倍はかかっていたかもしれない。
長老が先陣を切り、警戒しながら集落跡を進む。
先ほどの爆発があった割には、そこまで酷く破壊された様子はない。
戦闘音もしない為、すでに戦いは終わっているようだ。
長老は唯一派手に残っている戦闘の跡であるクレーターを覗き込んだ。
その深さは想像を絶するものだった。
およそ十メートルの深さがある大穴が開いていた。
それほどの衝撃がここで起こったのだろう。
「…ティナ。彼に関してはもうあきらめた方がいい。恐らく跡形もなく消し飛ばされたんだ」
長老が戦いの跡をみて、青年がどうなったかを推測した。
「そんな…」
ティナも長老の横に立ち、大きなクレータを覗き込んだ。
そしてそれが何を意味するか感じ取り、その場で膝から崩れ落ちた。
「…魔族の気配がない。今のうちに撤退しよう。現集落も速やかに移動し、安全を確保するべきだ」
長老が他のエルフ達に指示を出す。
他のエルフ達もそれに頷いた。
だがその瞬間、高い位置から声がする。
「やぁ!待ってたよ」
総勢12人のエルフ全員が、祭壇の上を見た。
●
…うん、全部で12人か、結構多いな。
それにしても戦闘が終わってからまだ一時間も経ってない。
そんなすぐに来てくれるとは思わなかったな。
一応見晴らしのいい祭壇の上にいたけど、早すぎて気付かなかった。
とりあえず上から話すのは良くないか。
俺は祭壇の上から飛び降りた。
一人は見覚えがある。もちろんティナだ。
でもそれ以外は全員知らないな。話を聞いてくれるといいけど。
それにしてもティナ、最後の別れみたいな感じでいなくなったのに、直ぐにまた現れてごめんよ。
-最高にダサいのだ-
「…お前…どうして生きている?」
一人のエルフが怪訝な顔で俺の方を見てくる。
「それは俺を処刑したから?それとも俺が魔族に戦いを選んだから?」
「…お前が処刑から助かったのはティナから聞いた。そんなこと、助けられたお前が一番よく知っているだろう!無駄な問答をするつもりはない!あれは必要な処刑だった!…お前がどんな手を使ったかは知らないが、なんて愚かなことをしてくれたんだ!魔族がもう一度攻めて来れば、お前も、私達エルフもお終いだ!」
「父さんッ!なんて酷いことを!」
ティナが彼を父さんって呼んでるってことは…つまり長老ってことか。
-まぁ見るからに長老ヅラしてるのだ-
グリムが言うように、長老であるその男は口周りに立派な髭を生やしている。対照的に他のエルフは一切髭を生やしていない。
さらに言えば他のエルフは全員短髪だというのに、彼だけが長髪だ。女性の髪と遜色ない美しいストレートをしている。
長老とは言うが、別に歳をとっているという訳ではない。
実際の年齢は分からないが、見た目だけで言えば20代後半くらいだろう。
眉間にしわを寄せ、口をへの字にしている。
ここ最近の余裕のなさが、ハッキリと表情に出ていた。
そしてさっきの話を聞くに、どうも俺が何か卑怯な手で魔族をこの場所から追い払ったとでも思っているのだろう。当然ただの人間が魔族に勝てるとは思っていないわけだ。
「いや、魔族はもう攻めてはこない。そして俺がここに残っているのはあなた達エルフに提案があるからだ」
「まさか…魔族を倒したというのか?」
「倒した…と言っても過言ではない」
-何その変な遠慮-
「…お前の言っていることを信用するかは別として…提案とはなんだ?」
「あなたたちはこれから、魔族のいなくなったこの場所に戻ってくる選択肢があるはず」
どんどん長老が警戒心を深めていくな。
俺ってそんな交渉が下手なのか。
-内容の問題なのだ-
「…お前に知られているこの場所に戻ってくるかは分からないが、選択肢の一つには上がるだろうな」
-たぶん今の感じだと、お前がエルフを強請のではないかと警戒されたのだ。この場所に戻ってきたくば、取り戻した俺に○○○を、みたいな-
なるほど、流石は長老というだけあって、交渉が上手いな。
まるでこの場所が重要ではないみたいな言い方だ。
-ま、長く生きているだけはあるのだ-
…まぁ正直、今までペトスだけを作ってた俺に腹の読みあいはできない。
本題を言っちゃっていいよね?
-無駄に取り繕って、警戒されるよりはましなのだ-
「結論を言えば、俺はエルフ全員の命と、この居住地が欲しい」
-え?え?嘘でしょ!?交渉下手すぎるぞ!?絶対攻撃されるのだ!絶対言い方他にもあったのだ!-
「…あの時娘に遠慮せずに、お前の首を切り落としておくべきだった」
長老が腰に差した短刀を抜刀した。
いわゆる脇差くらいのサイズしかない。
そのまま俺の方へと短刀を構えて突進してきた。
だが俺はその場から一歩も動かなかった。
そして長老の剣は、容赦なくイクスの首を薙いだ。
「キャァァァァ!」
ティナの叫び声が響く。
「…嘘だろ?」
長老は眼を見開く。
今頃地面に落ちているはずのイクスの頭はそこにあり、首は無傷だ。
さらに言えば業物であったはずの短刀は半ばからへし折れていた。
イクスの目は相変わらず長老の目を見ている。
「ただの剣で、俺を殺すことはできない」
…めっちゃくちゃビビったわ。普通いきなり切る?
このひと脳が明るくなるハーブやってない?
-ハーブをやってるのはお前なのだ。ペペトトス野郎-
ただの花だから!あれにそういう効果ないから!
外見では何とか平常心を保ったが、俺の本心は焦りに焦っていた。
「さっきのは言い方が悪かった。最初から説明するから聞いて欲しい」
長老は警戒しながら俺から距離を取った。
さっきまでの好戦的な目はもうしていない。
どちらかというと長老の瞳には恐怖心が芽吹いている気がする。
もしかすると今ので魔族を倒したことを少しは信じてくれかもしれない。
-ま、好意的な印象じゃないけどな-
「俺にはやりたいことがあるんだ。エルフ達全員に、力を貸してほしい」
「な…なにをしたいというのだ?」
長老の警戒心は先ほどよりも強くなっている気がする。
でも今回はそこまで悪い状況じゃないだろう。
少なくともちゃんと話を聞いてくれている。
「率直に言えば、国を作りたい。その国には差別がなく、住む種族に制限はない。例えばエルフも、人間も、そして魔物すらも同時に暮らす国だ。そして他国にその価値観を共有できるような国が作りたいんだ」
「差別が…ない?そんなこと、お前に出来ると思うのか?」
「できるさ。でも一人じゃ無理だ。もちろん小さな集団でも無理。必要なのは国なんだ」
「国が…必要?…お前まさか…そんな、ありえない」
彼は何かを深く考えるように、地面を見下ろした。
「何を想像しているのかは分からないけど、たぶん間違ってない。俺が作る国の終着点は、世界同盟への参加、並びに世界会議への参加だ。そこで人外種族や亜人への差別をなくすこと、そして奴隷制度の完全撤廃を提案する。それを世界協定として決定することが出来れば、あなた達はもう奴隷になることはない」
実はエルフが来る約一時間の間に、ジゼルにこの世界のことを色々聞いた。
さっき俺が言った世界同盟とは、人種族が形成する各国が、宿敵である魔王を討伐するために形成した団体だ。魔王を討伐した現在でも、世界をより良くするために顕在している。そして数多くの国々が参加している。
だが世界というのは、人間社会でしかない。亜人や、それ以外の種族に関しては全く話合われていないそうだ。
そして世界会議とは、その同盟国が目標や協定を決めるために会議をする場だ。同盟国全てに参加する権利があるわけではなく、同盟国の中でも特に力を持つ国々だけが参加することができる。
なぜエルフが盗賊により攫われるのか、それは奴隷としての、商品としての価値があるからだ。人種族の奴隷制度はとうに撤廃されているが、亜人の扱いは未だに残酷なものだ。
もしも世界協定で、亜人の奴隷制度を、または魔物の強引な使役を撤廃できたなら、その時初めて世界中が平和になったと言えるのではないだろうか。
そしてそれは、彼らと同じく人間ではない俺にとっても必要なことだ。
いや、この世界の存在ですらない、俺だからできることなのかもしれない。
「そんなこと…できるはずがない」
長老が悔しそうに、そして苦しそうに口に出した。
「ティナの母親は、まだティナが幼い頃に奴隷として攫われた。人間たちは未だに我々を家畜としてしか見ていない。そんな奴らの価値観を変えることができると思うか?奴らからすれば我々エルフは牛や豚と同じ、魔物など害虫に等しい扱いを受けている。人間の価値観は不変だ。何も分からない。奴らはいつだって自分たちがこの世界の頂点に立っていると考えている。もう無理なんだよ。俺達エルフは、森でひっそりと暮らしていくしかない!」
俺は心底残念な気持ちになった。
「悔しくないの?」
いつの間にか、思わずそう口にしていた。
長老の視線が、また怒りを含んだ目に変わった。
「悔しいかだとッ!?ふざけるな!我々エルフは、人間を一度として許したことはない!」
「違う、そうじゃない。…そうだなぁ…ねぇ、海って知ってる?」
「ウミ…?なんだそれは?傷口から溢れる…あれか?」
-それは膿なのだ-
「世界には、終わりが見えないほど広がる水たまりがある」
「お前…なにを言っているんだ?」
「砂漠という辺り一面砂しかない地域がある。雪という小さな氷が地面に降り積もる地域がある。空には永遠に飛び続けている島もこの世界にはあるらしいんだ」
「…」
長老は俺が何を言いたいのか理解したらしく、黙ってしまった。
「森になる果実、湖面に住む魚。そんな大きさとはくらべものにならない果実や、見たこともない魚、食べたことのないほど美味しい料理だってあるかもしれない」
長老の周囲のエルフは、よだれを飲み込んだ。
「選んで。選択肢は2つに一つ」
彼は俺の目を、真剣な瞳で見つめた。
俺もその視線に答えるように、視線を返した。
「このまま森という名の小さな檻で、人間の家畜として一生を終えるのか。それとも俺と一緒に世界を変え、それら全ての可能性を自分の目で見るのか。言っておくけど、この場所はこの世界のほんの一部でしかない」
-ほう…なかなかいい演説をするではないか-
珍しく魔王が、俺に感心した。




