第四話
俺は今ドラゴンに乗っている。
と言っても空を飛んでいるわけではない。
どうもこのドラゴン、地中を移動するタイプのドラゴンらしい。
ドラゴンにも色々ある、ということを知った。
目が覚めて普通に人語で殺さないって言ったら通じた。
なんか乗り心地が良さそうだったから乗せてくれって頼んだ。
結果はこの通りだ。
「それで?神聖装甲ってぶっちゃけ何なんだ?」
-古の戦争で神々が下界の者の干渉を嫌い、自らを保護するために拵えた防御技術だ。魔法とか、そういう不思議な力とはまた別の力だ。私が生前神と争いになった時、そんなものを使っていたのだ-
「お前、神とも戦ったことがあるのか。」
-あいつらが勇者でも討伐出来なかった私を、直接世界から切り離しに来たのだ-
「世界から切り離す?」
-奴らは直接地上にいる生命体を処分できない。詳しくは知らないが、ルールだとか言っていたのだ。だから寵愛する人間に問題が起きても、人間に力を与えることしかできない。それがいわゆる勇者だな。だが私は勇者を倒した。それで直接殺してしまうことができないなら、世界から切り離して別の世界との間にある狭間に捨ててしまおうと考えたんだ-
「世界から…捨てられる。」
-神隠し。聞いたことくらいあるだろ?あれは意図的に神々が天使を使って起こす現象なのだ-
「マジかよ。怖いな。」
-おい、そんなことより本当にそいつの名前はそれでいいのか?-
「そんなことって、結構すごい話じゃん。」
-馬鹿が!そもそも今は別世界に来ているのだ!前の世界の話などなんの意味もない!-
まぁ確かにその通りだな。
それにしても名前でそんな怒られるなんて…どうしてだ?
「おいベン。お前の名前はベンだよな?」
「ンボッ」
先ほどまで失神していて、現在は便利な乗り物と化したベンが返事をする。
正直変な鳴き声だと思うけど、まぁ死んだふりとかかわいいし、どうでもいいさ。
-そのベンって名前なのだ!お前の考えていることは私にもわかるのだぞ!だからその名前の由来だって知っている!-
「おいおい、そんなに怒ることか?俺の世界の著名人ベン・ウィラットを知らないわけじゃあるまい?」
俺は魔王をたしなめるために、優しく由来を教えてやった。
こいつは少しだけやかましいところがあるけど、もう慣れた。
それに一人旅ってのもなんとなく寂しいし、丁度いい。
旅は道連れ世は情けってな。
-何勝手にまとめに入っているのだ!そいつの由来は大便ではないか!うんこみたいな見た目だな~って考えてたことは知っているんだぞ!-
「おいおい、あんまりベンに失礼なこと言うなよ?はぁ…全く。」
-おおおおお前!?私は魔王だなのだぞ!ないがしろにしすぎなのだ!-
魔王の怒声をBGMにどこまでも続く草原をベンに乗って歩く。
まだ時刻は昼間、ベンの背中は俺の元いた家よりも広い。
俺は太陽光を全身で浴びたくて、ベンの背中であおむけに寝た。
幸いなことに鱗も平らだし、寝心地は悪くない。ちょっと堅いけどな。
「ンボッ」
「ん?どうしたんだ?ベン。」
次の国につくまで昼寝でもって思ってたのに。
俺はゆっくりと上体を起こし、ベンの背中で胡坐をかく。
「ンボッ」
-なんか遠くから馬車が来てるって言っているのだ-
魔王翻訳機、今なら脳内に標準搭載。万能だよ。
「遠くから馬車?一切見えないけどな?」
-はぁ。お前は本当に悲しい奴だな。最高級の馬車に、最低ランクの御者-
「おいおい、そんなひどいこと言うなよ。」
-私のイメージを渡してやるから、それを使え-
「イメージを渡す?」
-私がお前の思考を読むように、お前が私の思考を読むのだ。まぁいい、習うより慣れよ…なのだ-
「うおっ!?なんだこれ?魔法…の使い方が…勝手にわかる。す、すげぇ。」
俺は魔王が送ってきたイメージ通りに動き始めた。
左手の人差し指と親指で輪を作り、そこに魔法を展開する。
左手に魔法陣が現れた。イメージ通りならこれで魔法は成功したはず。
早速指で作った輪っかを覗き込んだ。
「お~凄い。遠くが見えるぞ。魔法って便利だなぁ。」
-ま、私もお前が見えないものは見えないのだ。たまにこうして力を貸してやろう。…というかあの馬車、なにか焦ってる?-
馬車は二台。遠くからこちらに砂煙を巻き上げて走ってくる。
「ンボッ」
-かなりの速さだからこのままだとすぐに見つかるって言っているのだ-
「と言ってもなあ?俺はただの通行人だしなぁ。」
俺は気にしないという選択肢を選んだ。
だが向こうが気にしないとは限らない。
ベンの上でそのまま前進していると、向こうの馬車が突然曲がろうとした。
もちろん馬車が急カーブに対応しているわけがない。
そのまま馬車は転倒してしまった。
-お前、一般人が竜を見てどういう反応をするか分からんのか?-
「まぁ、今学習したよ。今度からは気を付ける。ベン!馬車まで頼む!」
「ンボッ」
ベンは土の中で暮らしているが、地上を走っても意外に速いらしい。
馬車まですぐにたどり着いた。
状況を確認しようと思って、一度ベンから降りた。
だがその瞬間俺は何者かに掴まった。
背後から両腕を拘束されるように、抱きしめら、同時にナイフを首に突きつけられた。
「おいおい、こいつ竜のテイマーなのに、馬鹿だぜ。簡単に降りてきやがった。」
転倒した馬車の陰からボロ臭い服装をした、黄ばみTシャツ頭バンダナ髭モジャ軍団がでて来た。
俺を捉えて安心したのだろう。
全員で十人いる。
テイマーは聞いたことあるな。魔物を使役して戦う魔法使いだっけ。
でも俺は魔法使いですらないけど。
「おい、まずはこの危険な竜をしまえ。」
「息臭ッ!」
-オウェッ!!!こいつの部族は歯にうんこでも塗るのか!?-
俺は思わず不快感を声に出してしまった。
魔王は俺よりもさらに手厳しい。
「テッ、テメェ!さっさと竜をしまえ!どっちにしろお前は死ぬんだ!」
テイマーにはいろんな段階があって、下級の魔物はテイマーが自分で生み出した魔法空間に飼うことができるけど、強力な竜種は召喚石にしまう場合があるらしい。
まぁ俺の場合はどちらも当てはまらない。
「ちょっと待ってくれ!冷静に話し合おう!」
とりあえず交渉の席についてもらおう。
俺の弁論を聞けば、この人たちも考え直してくれるはずだ。
「ふざけるな!人に暴言吐いておいて、今更話合う訳ねぇだろ!」
忘れてた。
だめだ…息が臭すぎてこのままじゃ意識が飛ぶ。
-たぶんこいつらは盗賊なのだ。服装とか見るにな-
え?盗賊?
-ほぼ間違いなく-
まぁでも俺戦ったことないしな、素直に降参するしかないだろ。
-竜の爪でも傷一つつかないほどの存在の癖に何を言っているのだ?そもそもお前はテイマーじゃないから竜をしまえない。その時点でもう交渉は終わっているのだ-
確かにその通りだな。
-どうせこいつらは悪事を働いてきた奴らなのだ。気を使ってもしかたないし、力を試してみてはどうだ?-
…魔王の癖に意外にいいこと言うな。
-気にすることないのだ-
そういえば今更だけど、お前の名前は?
-い、今聞くことかそれ!?-
いいじゃん、聞きたいんだ。
-…まぁいい。我が名は-
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!???????」
盗賊が突然叫び声をあげた。
-息臭ッ!!!???-
ちょっと苦しかったから盗賊の手に触ったけど、それがまずかったのか?
さほど力を入れたつもりはなかったけど。
何が起きたかは分からないが、俺の後ろにいた盗賊がそのまま倒れた。
ベンとは違い死んだふりではなく、本当に失神している。
それもめっちゃビクンビクンしているし、口から泡が出てる。
するとその様子を見た盗賊たちが騒ぎ始めた。
「あ、あいつの爪を見ろ!あの青い爪!間違いなく毒を仕込んである!なんて危険なやつなんだ!」
ペトスだわ。それペトスなんだわ。
…でも盗賊の反応を見る限り否定できないな。
この世界のペペトトスって…もしかして毒なのか?
だとしたら今まで被害者が出なかったのは奇跡だな。
「く、クソッ!!!お頭をよくもやりやがったな!!」
盗賊が一斉に俺の方へと突っ込んでくる。
もはや戦うという選択肢しかなくなったらしい。
俺はなんとなくどこかで見たことがあるような構えをとった。
「フッ、とうとう俺が本気を出す時が来たようだな!」
かっこつけたくなってセリフも付けてみた。
「ンベッ!?」
「カペッ!?」
「ボべッ!?」
「ゴパッ!?」
「ゴポッ!?」
「ンボッ!」
最後の声を聞いてもらったらわかる通りだ。
俺が盗賊から解放されたのを見るや、ベンが尻尾で全員を薙いだ。
十人くらいで一斉に突撃してきた盗賊たちはそのまま草原を飛んで行った。
数回バウンドして勢いが落ち着くと、その場に倒れて動かなくなった。
タイミングを失った俺はその場に立ち尽くして、その光景を眺めた。
-ぷぷッ!とうとう俺が本気を出す時が来たようだな!…ぷぷぷッ。ダサすぎなのだ-
「それいくら払うと忘れます?」
-あっはっは!まぁいい。我が名乗りを妨げた愚か者を倒したのだ。忘れておいてやろう-
「なんだ、案外優しいところもあるんだな。ありがとう。でも魔王の名前なら聞こえてたよ。」
-むっ?-
「イキクサだろ?」
-グリム・ノワールなのだ!!!-
「ンボッ」
「え?どうしたんだベン?」
-えっ?嘘でしょ?魔王の真の名前より、竜のンボッにいく?え?私魔王?魔王だよね?-
ベンが転倒した馬車の内一つを鼻でつついてる。
中に食い物でもあるのだろうか?
-人が入ってるっていっているのだ。-
おそらく人が入っていると俺に伝えているのだろう。
俺は馬車の中を見た。