十九話
スキンヘッドの男は小さくうめいている。
他の仲間たちのように叫び声を上げるような事はない。
「クソッ!?何をした?」
「握手」
-握手なのだ-
男の体は震え始める。
痙攣しているのだ。
-よほど強力な毒じゃないとこうはならないのだ-
スキンヘッドの仲間たちが、俺を遠巻きに見つめている。
急に攻めてくることはもうなくなった。
まだスキンヘッドの男には意識があるようなので、話しかけてみる。
「それで?仲間は戦意がなくなっちゃったみたいだけど」
「黙れ」
「とりあえず君たちの正体から教えて欲しい。多分悪い人たちではないでしょ?」
スキンヘッドの男は口を開くことはない。
どうやって聞き出そうかと考えを巡らしていると、巨人族の家の内、一つの扉が開いた。
そして中から見覚えのある男が姿を現した。
「…君は確か」
-間違いなくあの時に王国にいた勇者の一人なのだ-
黄金の鎧、黄金の髪、黄金の瞳、その全てに見覚えがあった。
「久しぶりだな。お前は哀れなやつだ。できれば殺したくはなかった」
「あぁ…なら見逃してくれると助かる」
これが【G】としての本能なのかは分からない。
だが俺の全身が目の前のこと男に危険信号を発信している。
今すぐにでも後ろを向いて逃げ出したい。
そんな感情が一瞬で俺の心を何回も廻った。
「ゴキブリ…だったか。人間じゃないなら、殺すのにためらいはない」
黄金の勇者は一瞬にして俺の目の前に現れた。
【G】集中していたはずなのに、全く目で追うことはできなかった。
その事実に驚愕していると、いつの間にか黄金の勇者は俺に蹴りを放っていた。
反応できない速度じゃなかった。
でもいろんなことが気になって、俺の反応速度は鈍っていた。
そのまま黄金の勇者の蹴りが直撃した。
後ろにあった木を何本もなぎ倒し、後ろに飛んで行った。
木にぶつかってもそこまで痛くはない。
問題は蹴られた箇所だ。
俺は地面に何回かバウンドして、ようやくとまった。
痛んでいる箇所を確かめるために口元を指で拭った。
手には血が付いている。
-ほう…神聖装甲を貫通しているようなのだ-
どおりで痛いわけだ。
でも神聖装甲はある程度ダメージを軽減してくれたらしく、口元に血が滲むだけで助かった。
それにしても彼が出てきたということは、いよいよフォークイエリア王国が関わっている可能性が有力になってきた。
グリムが言っていた通り、国ぐるみで俺は抹殺されようとしているのだろうか。
-ご愁傷様なのだ-
いや、あきらめないでよ。
「先ほどの戦いも見ていたが、お前は随分頑丈なようだな。だが攻撃手段は毒だけ、手に気を付けさえすれば不足をとることはない」
またいつの間にか目の前にいる。
もしかすると俺より移動速度が速いんじゃないのか?
勇者は今度は俺を蹴り上げた。
勇者の蹴りが顎に直撃し、全身が十五センチは浮いた。
その衝撃に脳が全力で揺れる。
そのまま側に崩れ落ちていく。
でも勇者は全く容赦しれくれない。
そのまま俺の顔面を、今度は正面から突き出すように蹴った。
またさっきみたいに後方に吹き飛んだけど、今度は止まる前に背後に勇者が現れた。
俺が吹き飛ぶ勢いに反発するように後頭部を蹴り飛ばしてきた。
いわゆるカウンター(相手の勢いを利用する技)を勇者手動で強引に発生させれた状況だ。
今度は後頭部に凄まじい衝撃がはしり、頭を地面にめり込ませた。
この時にはもう何が起きているのか分からなかった。
脳がダメージを受けすぎて、意識があるだけでも奇跡だった。
たったこれだけのやり取りで彼と俺の次元の差が分かる。
足を持って地面から引き抜かれた。
「ふむ…これでも生きているとは。後頭部の蹴りで死ぬはずだったんだが」
勇者は顎に手を当てて何かを考えている。
「お前を殺すのに打撃は適切ではないのか?」
そして何を思いついたのか、俺を上へ投げた。
丁度うまい感じに木の枝に後ろ襟が引っ掛かる。
彼は手の平をこちらに向けた。
「【ロスト・ホライゾン】」
今までも何とか見えていた周囲の景色を、俺は失った。
いきなり目の前が光輝いたと思ったら、いつの間にか俺は地面に落ちていた。
何をされたのかもわからない。
たださっきよりも意識がはっきりしている。
痛みが俺の意識を正常にさせた。
本文から上を失った木が、俺の周囲に大量にある。
せっかくの森だというのに、それら全ては緑を失っていた。
俺はその先頭の木の幹に寄っかかる形で地面に座っていた。
落ちて偶然その形になった。
体に一切力が入らない。
体の全細胞が悲鳴を上げているのが分かる。
何とか自分の体を見れば、左足と左手の両方がなかった。
どうも死ななかったのは、魔法が俺の中心から逸れていたからのようだ。
自分で何とかそらしたのかも分からない。
今俺の体を支配するのは疑問ではなく痛みだけだった。
黄金の勇者は俺の目の前にゆっくりと歩いてくる。
俺は最後の頼みごとをしようと口を開けたが声が出ない。
口の中の水分が全て蒸発しているからだ。
随分強力な魔法を食らったらしい。
「まさかまだ生きているとはな。左半身の状態を見るに、魔法は逸れたか。それでもお前を絶命させる十分な殺傷能力は持っていたはずだが…」
黄金の勇者は疑問気にこちらを見つめている。
もはや口をきくこともできない俺は、黄金の勇者をぼんやりと見つめた。
彼が虚空に手を伸ばすと、そこに突然剣が現れた。
あれは勇者として召喚された時に姫から渡されたもののはず。
「お前はもう死ぬ、最後に俺の話を聞いていけ」
黄金の勇者は俺の首元に剣を当てる。
まるで軌道を確認するように、そこから剣をゆっくりと振り上げた。
「召喚されたばかりの俺がなぜこんなにも強いのか…理由を教えてやる。俺はこれが初めての勇者召喚じゃない。幾度も世界を渡り歩き、幾度も魔王を討伐している。だがもう疲れた。この世界にはもう魔王がいないらしい。もしかするとここは俺の安寿の地かもしれない。全ての人類の犠牲、勇者だった俺からの唯一のお願いを聞いてくれ。俺の安らかな余生の為に、お前はここで死んでくれ」
勇者は最後に俺に同情するような顔を向けた。
どうも彼も何かしらの事情があるらしい。
まさかこんなところで終わるとは思わなかったけど、仕方なく思えた。
だってこれから死ぬ俺よりも、これから俺を殺す彼の方が、辛そうな顔をしていたから。
勇者は俺の首に、容赦なく剣を振り下ろした。




