十七話
イクスと巨人族の会合数日前。
王国フォークイエリア、魔術師協会支部マナトにゾーイはいた。
魔術師協会マナト支部長であるゾーイはマナト内の最も安全な部屋で座っている。
彼女の支部長という立場は、普段なら書類仕事などをしていればいいだけだ。
だがつい先日行われた勇者召喚により、彼女はとある仕事を受け持っていた。
それは謎多き少年、イクスの調査だ。
といってもこの仕事は誰に頼まれたわけではなく、ただ彼女が個人的に行っているだけだが。
監視を頼んでおいた魔術師たちは非常に優秀な者達だった。
この世界における大戦争、魔王大戦を生き抜いた猛者だ。
もちろんゾーイも活躍した一人だが。
この魔術師協会は魔王大戦以前からこの世界に暗躍していた大組織だ。
しかし魔王大戦をきっかけに世界を救うために各国に協力した。
結果暗躍していた大組織が表に進出し、今もその状態のままだった。
魔術師協会は各国にある。
そしてゾーイはマナト支部の長ということになる。
そして優秀な部下たちから調査結果が届いていた。
昨夜すでに目を通したその内容は非常に危険だと感じた。
今も手元にはその調査結果の紙がある。
昨日は一日中こめかみに指をあてながらその内容について悩んでいた。
そしてしっかりと結論を出した。
支部長室であるこの部屋の扉が、コンッコンッという音を鳴らした。
予定通りであればもうすぐゾーイが呼んだ男が来るはずだった。
「ふむ…ようやく来たか。入れ」
来訪者によって扉が開かれた。
「…何の用だ?」
男は部屋に入ってきた瞬間、座りもせずに用件を聞く。
「まぁ待て、焦る必要はない。まずはそこに座ってくれ」
金髪に金色の瞳、ただし今日は鎧を着ていない。
普段着でこの場所に来たようで、その服装はかなり地味だった。
平民が着ている服と大差はない。
男はようやく座った。
「さて…アベル。お前に今日来てもらったのは他でもない。頼みごとがあるからだ」
「だろうな」
剣の勇者、アベルは誰に対しても素っ気なく冷たい。
相手がどのような立場でも、彼の態度が変わることはない。
「この世界に来た時、二つとなりにいた少年を覚えているか?」
「…あぁ、あのゴキブリの男か」
アベルはこうしてゾーイが名前を出さなくては彼のことなど忘れていただろう。
「あいつはただのゴキブリで、もうこの国を去っただろう」
ただのゴキブリ、というのはブレイブウェポンに選ばれなかったことを示唆している。
「そう、そして去ってからが問題なのじゃ」
「…なぜだ?」
小さな魔法使いは手を顎まで持っていく。
自分の顎を数回撫でてもったいぶると、また話し始めた。
「あの男はアトラス大森林にて亜人を束ね始めている」
アベルは勇者召喚でこの世界に来たばかりだ。
詳しい土地名を言われても、いまいちピンとこない。
疑問気な顔をゾーイへと向ける。
「この国の側にある、最も大きな森だよ。強大な魔物が住み着いていると言われていて、未だどの国の土地でもない、未開の森だ」
「…そこで亜人を束ねることの何が問題なんだ?」
「大きな問題だ。この世界では亜人は人間に虐げられてきた。そんな者たちが集まれば、人間に対して何をしようとするか、想像するのは簡単だろう?」
アベルは少しだけ間を開けて、考える。
「反乱か?」
彼は片方の眉毛だけを器用に持ち上げた。
「その通りだ。せっかく魔王大戦を終わらせたというのに、面倒を抱えたくはない」
アトラス大森林からは、このフォークイエリア王国、王都イエリアが最も近い。
おそらく最初に標的になるとするのなら王都の近いこの国だろう。
少なくともゾーイはそう考えていた。
「早計な気がしなくもないが…俺に何を頼みたいんだ?」
「ゴキブリの駆除じゃ」
「…なるほどな。…だがどうして俺がそれをする必要がある?俺は魔族からの防衛手段としてこの国に呼ばれたんだぞ?虫の駆除はお門違いだな」
「クックック」
ゾーイは小さな声で笑い始めた。
その不気味な様子にアベルは表情を変える。
「だがお前はこの場所に来た。なぜだ?」
そう、別に勇者がゾーイの言うことを聞く理由はない。
そもそもこの場所に来る必要すらないのだ。
だがアベルはなぜかこの場にいる。
返事を待たずにゾーイがまた口を開いた。
「確認しに来たんだろう?お前の秘密について」
「チッ」
ゾーイがそういうと、アベルはバツが悪そうに舌打ちした。
「もちろん私はお前の能力値改ざんに気付いていたのじゃ」
彼女は小さな体で身軽に机の上に上ると、今度はそこに胡坐をかいた。
「お前は口留め、もしくわ私を口封じに来たんだろ?」
「お前の実力なら俺の改ざんを見破られてもおかしくないと思っただけだ。だがやはりバレてしまっていたか。…黙っているから手を貸せ…つまりはそういうことか?」
「そうじゃ」
ゾーイは満面の笑みでアベルの方を見る。
この少女のような見た目で、彼女が保有する力は人外の領域だ。
おそらくこの容姿も、その力のせいだろう。
「お前を誰にもばれずに無力化するのは無理だろうな。であれば…手は一つしかあるまい。その件は承知した。だが本当に俺が動く必要があるのか?俺の本当の能力値を知っているんだろ?」
未だにアベルは自分が動くことに疑問を感じていた。
「ふむ…奴に関してだが…会敵した魔族を無力化したらしい。魔族はだいぶ弱っていたらしいが、確実性を増すためじゃ」
「…そうか。まぁいい、手ごたえが全くないよりはましだな」
「こいつを持っていけ。ここにお前のやるべきことが書いてある」
アベルは一枚の紙をゾーイから受け取った。
「わかった」
彼は紙を受け取ると、支部長室から出ようとした。
しかしゾーイはまた口を開いた。
「最後に一つ聞かせてくれ。なぜそこまで自分の力を隠すのじゃ?」
「…今度こそ静かに暮らしたい。それだけだ」
アベルはその言葉を最後に、部屋を出ていった。
そして部屋に残ったゾーイは一人つぶやく。
「ふむ…おかげで私は最強の武器を手に入れた気分なのじゃ」
ゾーイは机の上で寝ころんだ。
彼女の小さな体は、丁度机に寝転んでも収まってしまう程度だ。
「国を守るのも楽じゃない」
そうつぶやくと、ゾーイはゆっくりと目をつむった。




