第一話
我が名はグリム・ノワール。
かつてこの世界を混沌に陥れた魔王である。
それから約三百年、私は人間たちを支配し続けた。
そして魔族たちが支配する世界はやがて終わりを迎えた。
どうも私は世界中を恐怖で支配した達成感に胡坐をかき、不摂生をしすぎたらしい。
普通に病死したのだ。
あらかじめ死期を悟っていた私は、すでに準備をしておいたのだ。
そう、転生の。
世界中をもう一度恐怖に陥れ、全てを支配し、私が私の為の世界を作りあげるために。
だがどんなに重要なタイミングでも手違いというものはあるらしい。
私の場合は転生先の生命体だ。
もちろんこの生命体を私は知っている。
ある意味人類を恐怖に陥れてきた私には丁度いい姿なのかもしれないが。
転生先は【G】だった。
奴は黒く脂ぎった姿を見せるたびに私すら恐怖に陥れるほどの存在だ。
何とかかっこよく呼んで自我を保っているが、最初のうちは絶望に支配された。
だがしかし!それは今日で終わる!
この状況を打開するための手段を思いついたのだ。
幸いにもこの体はかなり小さい。
出せる力もそれなりだが、内側からなら人間も支配できるはず。
口から人間の体内に侵入し、支配する。
非常に単純な工程だが、失敗ができない状況の為、条件がある。
それは相手が赤子に限るということだ。
この体で出力できる力では、自我が形成されている大人を支配することは困難。
無理に魔王である我が力を解放すれば、反動で死ぬ。
まさしく砂漠で針を探すようなものだ。
自我が形成される前かつ、抵抗力の低い赤子の体なら支配できるはず。
正直このアイデアを思い付いたときは、自分の恐ろしさに震えたものだ。
まだ生まれたばかりの子供を殺すのに等しいのだからな。
そして今日…ようやく依り代となる赤子を見つけた。
この小さな体では、飛行可能とはいえ、かなりの時間を必要とした。
この体の寿命は短い。すぐにでもあの赤子に侵入する必要がある。
人間の赤子とは本当に愚かだ。
あのように口を大きく開けて寝ているとはな。
私に侵入してくれと言っているようなものではないか!
あぁ…ようやくこの生活が終わる。
古より伝わりし転生神よ、私に惨めな思いをさせた罪は大きいぞ。
今度は天界すら支配してくれようぞ!
…むぅ!?赤子の口内とはここまで唾液が多く、動きにくいのか!?
意外な事実だったが、この程度なら問題ない。
よしッ!とうとう腸内に侵入したぞ!
ハッハッハッハ!あとはこの子供を支配するだけだ!
なんと簡単なことか!
世界よ!そして神々よ!
もう一度私がお前たちを恐怖のどん底に突き落としてくれようぞ!
永劫なる支配を受け入れ、ただ惨めさだけを噛みしめるのだ!
…ムムッ!!??
な、なんだこの子供の抵抗力はッ!?
馬鹿な…これは神聖装甲!?
腸内になんてものを仕組んだ子供なんだッ!?
無作為に選んだとはいえ、そんなことあるか!?
ク、クソガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!
こ、これでは胃袋を噛みちぎって脱出することもできんぞぉぉぉぉ!?
ま、まずい!胃液が分泌され始めたッ!?
このままでは、しょしょしょ…消化されてしまうッ!!!
や、やめろぉ!!!来るなぁぁ!!!私は魔王だぞぉぉぉ!!!
こんなところで死んでなるものアボボボボボボボボッボボボボオボボボボボボボッボオボボボオボボボボボボッボボボッボボ……ゴパァッ。
●
俺の名前はイクス。
貴族たちとは違って苗字も何もない、ただのイクスだ。
ま、そんなことは毛ほども気にしちゃいないが。
生まれは西の最果て、アルバス。
特になんてことのない小せぇ村。
そんな小せぇ村でも特産品がある。
それはペトスという織物で、青を基調とした非常に美しい代物だ。
といっても俺からしたらただの布であることは間違いない。
俺は十歳からペトス工場でそれを作り続け、今年で十六になった。
意味のない人生で意味のないことを繰り返している。
といっても旅立ちたい願望があるわけでもないし、どうにかしようとしたこともない。
ただ毎日を何も考えずに生き、ペトスを作り続けている。
俺は片親で、母さんにずっと育てられてきた。
だから小さな村の男でも、父親のいない俺が狩りに出ることもない。
狩りを教わる環境がないからそれは仕方ないし、ペトス作りは楽だから好きだ。
俺がペトスを作り始めたのは母さんがペトスを作ってたからだ。
そして今日も下らない一日が始まるもんで、ペトスを作りに行くことになる。
だが今日、俺には工場のみんなと別の作業があった。
ペトスの原料、ペペトトスの花を集めること。
ま、週替わりで係が回ってきて、先週は母さん、今週は俺っていうだけだ。
村の近くには森があって、ペペトトスは森に入ってすぐに生えてる。
簡単な仕事だし、ずっと工場内にいると疲れるからこれはこれでありがたい。
ちょっと腰が痛いけどな。
でもペペトトスの花畑はすげぇ綺麗だ。
流石に村の特産物の元だけあって、綺麗な青色の花畑が最高。
この場所を観光地に出来たらこの村は潤うけど、辺境過ぎて無理だ。
ペトスを買いに来る行商人がいることすら奇跡に近い。
それだけペトスが評価されているってことかもしれないけどな。
おっ、こいつはいいペペトトスだな…これもいいペペトトスだ。
こいつは…まだちょっと若いな。でも隣のこいつは凄くいいペペトトスだ。
おいおい、今日は大収穫だな。ペペトトス祭りでもできるんじゃないか?
待てよ…あれなんてもっといいペペトトスじゃないか?
いや…これはペペトトスじゃないな。…てかここどこだ?
俺は間違いなくさっきまでペペトトスを採集していたはず。何が起きたんだ?
あれ?ちょっと目を離したら地面が床になってる。
あれ?床に目をやったら目の前に人が立ってる。結構な人数だな。
一人は凄い豪華な椅子に座ってるし、ペペトトスのぺの字もないぞ。
中を見る限り、城みたいな建物にいるみたいだ。
「あの!ここは一体どこですか!?」
うぉッ!?いつの間にか左隣に女が立ってる。ん?女の隣にさらに男が立ってる。
女は紺色の服を着て、スカートを履いているな。首にハンカチみたいなのを巻いてる。背中に小さな黒いマントみたいのが付いてるな。白いラインがところどころ入ってる。黒い髪に黒い瞳、身長もさほど高くないけど、百六十ないくらいか。少なくとも俺の村の女じゃないな。というか周辺の村でもあまり見ない見た目だ。
男の方は鎧を着てる。金色で綺麗だ。髪の毛も鎧と同じ金色、もれなく瞳も金。金で統一されすぎてもはや眩しいくらいだ。背は俺よりも高い、百八十以上あるな。貴族みたいな見た目だけど、あそこまで金色な奴は見たことがない。
そもそもなんで横一列に三人並んでるんだ?
「落ち着いてください。今から説明いたします。」
なんだこの女?偉そうな男の横にいて、立場は結構いいのか?
身長も俺よりちょっと低いくらいで百六十後半に差し掛かるくらいだな。ペペトトスみたいに綺麗な青色の髪の毛に、ペトスみたいに透き通った美しい瞳だ。こんな美人見たことないぞ。
「あなたたちは私たちの世界に召喚された勇者です。勇者という概念は分かりますか?」
「チッ、やっぱりそうか。」
す、すげぇ態度悪いな一番端の金髪のやつ。普通に偉そうな人にそんな態度まずいだろ。
「そ…そんな…私が…勇者?」
黒髪の子はそれなりに嬉しそうだな。
てか待てよ…勇者だと?おいおい嘘だろ?伝承で聞いたことあるけど勇者だと。
「この世界はフォークイエリア・ファシクラータ。そしてこの国はフォークイエリアと言います。私はフォークイエリアの姫、アリアナ・フォークイエリアですわ。後ろに座るのは父であり国王、ガイアス・フォークイエリアですわ。」
アリアナは美しく御辞儀をした。
…すげぇ綺麗な御辞儀だな。貴族でもあんなことしているのを見たことない。いや、まぁ俺が辺境の村に住んでるせいもあるけど。
対して椅子に座る王様は特に変化なしか。まぁ立場的にも頭を下げるような人じゃないしな。娘と同じ青い髪だけど、短くそろえられた短髪だな。青いチョビ髭なんて初めて見たぞ。
「あなた達をこの世界にお呼びした理由は、この国の守護者として国を守っていただきたいからです。」
「え?それってどういうこと?勇者って魔王とかと戦うんじゃ?」
黒髪の子、俺も全く同じことを考えていた。俺の世界じゃ魔王はいつの間にか死んでたらしいけど。
「いいえ、それは違います。私たちの世界では、すでに魔王は討伐されているのです。ですがいつまた脅威が現れるかわかりません。そこで私たちは自国を防衛するために、勇者を召喚しているのです。」
「そ、そんな自己中な!?」
黒髪の子がアリアナに反論した。
「仕方がないのです。生き残った魔族は数知れず、この世界は未だに脅威にさらされているのです。魔王を打ち取ったとはいえ、魔族との戦いが終わったわけではありません。力のある魔族に抵抗できるのは勇者だけです!」
こんなこと言えないけど、凄い芝居がかってる気がするな。芝居なんて見たことないけど。言っていることもなんか違和感があるし。
「な、なるほど。」
うわぉ…納得しちゃったよ。
「来ていただいた皆さんには申し訳ありませんが、まずは鑑定をさせてください。あなた達にどのような才能があるのか、知っておきたいのです。」
金髪はしぶしぶ、女の子は仕方なく、俺はなんとなく頷いておいた。
鑑定については俺の世界にもあったから知っている。何も人生の全てがペトス色だった訳じゃない。魔王の侵略によって少なくなってしまった人々をより適材適所に割り振るために開発された魔法で、人々の能力を数値で表すものだ。敵の分析にも使えるらしくて重宝されてたな。でもまぁ実力が離れていると抵抗することもできるらしいけど。
アリシアの背後からローブの男が現れた。
いかにも魔法使いって感じの見た目だな。紙を持ってるけどあれに鑑定結果が出るのか?俺の世界では脳にイメージとして出るって聞いたことがあるけど。
「それではこの紙をお持ちください。」
俺はローブの男から紙を受け取った。他の二人も同じだ。
するとローブの男が手を前に出し、何かぶつぶつとささやき始めた。俺たちの足元に魔法陣が現れると、徐々に紙に文字が刻まれていく。
初めて見たな。これが俺の能力値か。名前まで書いてあるし、ちゃんとしているな。…あれ?なんか俺の世界とは違うな。う~ん…アルファベットで書いてあるぞ?
「それでは紙を預かります。」
アリシアが紙を回収しに来たので、渡した。そして彼女はそれをガイアスに渡した。
ふむ、ジロジロと紙を見ている。この国の勇者になる俺たちの能力値だし、よほど重要だろうしな。
「イクス君、君の種族なんだが…人間かね?」
王様の声始めて聴いたな。低くて響く声だ。
ていうかなんだその質問?人間かどうかなんて見た目でわかってくれよ。同じだろ?…同じだよな?
「人間ですけど。」
「ではこれについて何か知っていることは?」
おいおい…なんぞそれ?
王様が指さした鑑定結果の用紙にある俺の種族欄には「【G】etc.」とだけ記載されていた。
第一話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
第二話は、同日(2019/08/09)夜七時頃に投稿します。
お時間がありましたらそちらもよろしくお願いいたします。