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僕の夢 1

作者: 蒼


「ねぇ のぶさん 怒ってるの?」

「怒ってない・・・・・かもしれない」

「どっちなんだよぉ、もう・・・・・」




結婚式の翌日、ノブさんの家に朝からお礼がてら伺って

その帰りの車内での会話がこれ。

夫婦生活一日目のこの不穏な空気は、そもそも私の無理なお願いから始まってる。


お義母さんと新婚旅行で行く予定の温泉の話をしていて

ちょっとしたことが原因でノブさんが不貞腐れてしまった。



いや・・・ちょっとしたこと・・・・・でもないかも。



「明日から行くんでしょ、新婚旅行」

「はい、でもあまり派手な事はしたくないんで近くの温泉に行って一泊してから、翌日にちょっと車でドライブがてら遠出してもう一泊してから帰ります。無駄遣いしたくないし」

「だけど今時は海外とかに行くんじゃないの?」

「香織が飛行機嫌いらしくってさ。鉄の塊が空を飛ぶってのが信じられないんだって」


ノブさんってば、もうっ!

そんな事言うから、おとうさんにも笑われちゃったし。

まぁ事実なんだけどさ。だって基本的に高いところは苦手だもん。


それからおとうさんとノブさんは休暇中の仕事の話をするために場所を変えた。

私とおかあさんは女同士、温泉の話で盛り上がってた。



「いいわねぇ、温泉かぁ」

「ちょっと新婚旅行って感じでもないですけど」


本当はこの時期の北海道とかにも行きたかったんだけど

ノブさんの仕事が忙しそうだったの知ってたから

あまり無理はさせたくなかった。



「私ね、実は新婚旅行って行ってないのよ」

「え?そうなんですか?」

「うちの人ね、ほんっとにお金ない人だったから。結婚式は近くの神社で二人きりで挙げたぐらいだもの」


おとうさんは今でこそ会社の社長さんだけど昔は本当に苦労をなさったそうだ。


「お母さん、一緒に行ったら?お父さんの面倒は私がみたげるよ」

「あんた、いつの間に帰って来たの?」

「さっき。またすぐ出かけるけどね。友達がランチ一緒にしようって言うからさ。独身でバリバリ働いてんだよね。でさ、お昼休みに会うの。それよりいいんじゃない?温泉」

「あんたって子は・・・まったく何言い出すかと思ったら さすがにそれはないでしょ」


そんな突飛な提案をしたのはノブさんの妹さん。

彼女の名前は美幸さん。

結婚式で初めてお会いしたけど、ざっくばらんで自由奔放という感じの人だ。

今は遠くにお嫁に行ってるけど、私たちの結婚式の後、こっちの友達と会いたいからと

先にご主人と子供さんをさっさと帰らせてしまった。

子供さんはご主人の実家に預けて自分は何日かこっちにいるらしい。


「ねぇ香織さん、ナイスなアイデアだと思わない?」

「え?あ・・・はい。でも・・・今からホテル、取れるかな」

「電話して聞いてみようか?」

「やめなさい。私、行かないわよ」

「何でさ。たまにはゆっくりして来なさいよ。お父さんいつも忙しくて、旅行なんて連れて行ってもらってないでしょ」


あまりの勢いに圧倒されてしまって何も言えなかった。

でも、正直なところ、普通はないよね、親同伴で新婚旅行って。


「あ、あの・・・もし良かったら・・・・・」

「やだ、本気にしなくていいのよ、ほんとに気にしないで。旅行なんてまたいつでも行けるんだし。新婚さんの邪魔なんかしたくないわよ」

「じゃ、また今度はみんなで行きませんか?近いうちに」

「ありがとうね。美幸は余計なことばっかり、もぅっ!」

「そぉ?せっかくあの作文の通りになるかなって思ったのに」

「え、作文って?」

「お兄ちゃんね、小学校の時、作文にね・・・・・・」



「なんだ?美幸、帰ってたのか」

「げっ」

「げって、お前なぁ」



何も知らないノブさんは、私の横に座ってそろそろ帰ろうかと声を掛けた。

でも “ノブさんの作文 ”というその謎めいたフレーズが、私の興味を多いにそそった。


「もう少し美幸さんと話してもいい?」

「それはいいけど、疲れてないか?昨日の今日だからさ」

「大丈夫。明日の準備はもう出来てるし」


それならばと、ノブさんは自分の部屋にいるからと言って腰を上げた。

おかあさんはそんなノブさんにお茶を入れてあげようと席を立った。



「お兄ちゃんさぁ、どうでもいいけど鼻の下伸びまくってるよ。恥ずかしいなぁ」

「煩いよ。そんなことよりお前、うちの嫁さんいびってたんじゃないか?小姑みたいにさ」

「んな訳ないでしょ。せっかくお姉さんができたんだしさ、ね?香織さん」

「あ、はい。私も一人っ子だから嬉しいです」

「言っとくけど、お前が妹って事忘れるなよ。香織は義理の姉さんなんだからな」

「わーかってるってばぁ。ったく、うざいなー」

「うざい言うな、ていうかお前早く帰れ。旦那と子供ほったらかしにしていいのかよ」

「いいんですぅ。優しいお姑さまがみてくれてますから」


兄妹喧嘩って・・・割と面白いかも。


ノブさんが自分の部屋に入っていくのを確認してから、私は美幸さんに詰め寄った。


「美幸さん、あの・・・さっきの作文の話ですけど」

「あー、あれね。教えたら叱られそうだから止めとくわ。んー、でも・・・聞きたい?」

「そんなもったいぶられたら尚更聞きたくなるんですけど」

「じゃー絶対に内緒ね。あとで怖いからさ」


美幸さんは何度も私に念を押してから、それでもとっても楽しそうに

その"気になる作文"についての詳細を教えてくれた。

そしてそれを聞いた私は、真剣に考え込んでしまったのだ。




「やだなー。香織さん、さっきのはホント冗談だよ。有り得ないから」

「でも・・・私できたらそうしてあげてもいいかなって」

「ちょっとぉ、ほんとに言ってみただけだからさ」

「ノブさんに聞いてみるだけでも・・・どうかな」



美幸さんは、怒られても知らないよって、お道化て見せたりしながらも

友達との約束の時間になったらしく、さっさと出掛けてしまった。

てな訳で、とりあえず帰りの車の中でノブさんに相談してみたんだけど。



「奥さん?今なんておっしゃいましたか?」

「なんで奥さんって呼ぶのぉ?香織って言ってくんなきゃいやだもん 」

「じゃ香織、冗談も程々にしろよ。何でそうなるんだ?」


ノブさんに分かってもらうためには全部話さなくっちゃいけない。

でも言っちゃだめって美幸さんから口止めされてるし

最初っから口の軽い義姉だとか思われたくないし。


「え?なんでって、ほら、おかあさん最近、温泉とか行ってないって言ってたし、それに母の日って、式の準備で何もしてないし、遅ればせのプレゼントって言うかなんていうか、そのぉ・・・・・もしかして怒ってる?」

「香織の気持ちは非常に嬉しいが、今回は却下ってことでよろしく」



・・・・・・とまあ こんな感じで


やっぱり怒ってるか、うん。

一応 ハネムーンだもんね。

だけど美幸さんの話を聞いてしまった以上、こんな事では簡単に諦められなかった。


平日の旅行なんだし もしかしたら部屋が取れるかもしれない。

ホテルの変更ありのキャンセル料も覚悟の上

一応ホテルに電話しようとこっそり携帯電話を持ってトイレに篭った。

電話が繋がって空室を向こうが調べてくれてるその時

ちょうど家の電話が鳴って、ノブさんが出てくれたんだけど


「香織、お袋から電話があったぞ」


お義母さん? 何だろ?


携帯電話を持ったまま慌ててトイレから出たところをノブさんに見つかってしまった。

咄嗟、そのまま先方の返事も聞かずに携帯を切って慌ててポケットに入れた。


「ちょっ・・・ちょっとぉ、何でトイレの前まで来るの?恥ずかしいじゃん」

「夫婦だから何も恥ずかしくない。ちょっとこっち来なさい 話あるから」

「いくら夫婦でもここはプライバシーでしょ」

「トイレの中で誰かに電話するのがプライバシーなのか?」

「へ?・・・・・で・・・電話なんかしてないよぉ。ポケットに入ってただけ・・・・んっ・・・」


ぶつくさ言う私の口を優しいキスで塞いでしまう。

もうそれだけで溶けてしまいそうになるくらいノブさんが大好き。

新婚さん、最高!


「・・・で?香織はどこのどなたに電話してたのかな?」



・・・っとぉ  やっぱり 誤魔化せてなかったか・・・・・



何も答えられない私は手を引かれて、ソファーに並んで座らせられた。

たぶんさっきの話の続きだろうとは思ってたけど

ノブさんは基本的にあまり自分の気持ちを顔に出すほうじゃない。

まだ怒ってるのか、はたまた機嫌がなおってるのかわからず

でもお義母さんからの電話も気になってたからとりあえず



「それで・・・何でしょうか?お話というのは」

「お袋が、きっとお前が気にしてるからって心配してたぞ」

「え?何のこと?」

「自分は行かないからって、二人で楽しんでらっしゃいってさ」


お義母さん、わざわざ電話してきたんだ。


「そう・・・わかった 」

「美幸の奴が 言い出したんだって?あいつはまったく・・・っておいおい?香織?何でそんなに一気に落ち込むんだよ。」

「やっぱおかしいよね 私。ごめんね、困らせて」

「別に、お袋がお前を気に入らないって言ってる訳じゃないんだから」

「そうだけどさ、私 お義母さんと一緒に行きたかったの」

「マジかよ、嘘だろ。何でそんなに連れて行きたがるんだ?」

「ううん、もういいの」

「何か理由があるなら言えよ?ほんとに納得したのか?」


心配そうに私を覗き込んでくるノブさんのほっぺにキスをしてから

いつものように にっこりと笑って見せた。

ノブさんは そんな私を見て安心したらしく

油断してたら彼の口が耳元までやってきてた。

私の弱点知ってるから知能犯だ。

それを何とか交わしてキッチンまで行ってエプロンをつけた。



「ところでノブさん、お昼ごはん何がいい?」

「そうだなぁ、香織がいいかな?」

「ちょっと//////// 真剣に答えてよね」

「至って真面目に答えてますけど?」

「私は食べ物じゃありません。もうっ!」

「何しろ俺の新妻は初夜に何もしないで寝ちゃうからさ」

「うっ・・・・でも・・・・・それは今朝ちゃんと・・・その・・・」


ノブさんってば、昨夜先に寝てしまった私を

まだ目も覚めないうちから襲ったくせに!


後ろに回られたと思ってたらあっという間に

せっかくつけたエプロンは床にすとんと落とされて・・・


「あれじゃ足りない。昼飯いらないから香織がいい。ベッドいこ」

「ちょっ!ノブさん、駄目だってば・・・・・まだ明る・・・あんっ・・」


何でこうなっちゃうんだろう。

そりゃずっとこうしていたいけどそうもいかないでしょって。


でも新婚さんってこんな感じなのかなぁ。

こんな風に昼間から抱き合って・・・・

まぁ、幸せなんだけどさ////


ひとしきり愛し合った後、私はノブさんの腕の中で彼の心臓の音を聞いてた。

トクトク・・・・・・と聞こえてくるその音に、そばにノブさんがいるんだなって

これからは一人で眠ることもないんだって安心してしまう。

そしてノブさんがここにいてくれることに心から感謝した。



「ノブさん、私お腹空いたよ。ノブさんは?」

「何時だ?・・・・・・おぉ、もうこんな時間か。俺、頑張り過ぎて明日はもう無理かも・・・・・」

「だから//////そういうこと言わないで、もうっ」

「いや、今夜もだから覚悟しといてな?」

「うっそでしょ?」

「それより何か食いに行くか?今度は香織の食いたいもん」

「うーん、じゃね・・・・・・ノブさんがいい!」

「おっとぉ、香織ちゃん。さすがにすぐには無理だからさ」

「うっそー 冗談だよ。パスタならすぐ作れるけど、いい?」



ベッドの中で いいよって答えながらも

なかなか私を離そうとしない腕から無理やり抜け出て

脱がされた服をもう一度着てキッチンに立った。




新婚といってもずっと前から一緒に生活してたせいかあまり違和感もない。

ノブさんの大好きなチキンと、ちょっと苦手なほうれん草でパスタを作った。

サラダに入れるトマトは皮を剥いてから。

そうしないとノブさん、トマト残しちゃうから。

小さい頃からお義母さんがそうしてたらしくて

嫌いなものを少しでも食べてもらおうという親心だったんだろう。


うちの父親は畑でよく夏野菜を作ってたから

夏休みのラジオ体操のあと、朝もぎのトマトやきゅりを

そのまま水道で洗って皮ごとかじってた私とはちょっと違うかな。


夫婦でも育ってきた環境が違えば色々と違うのが当たり前。

秋山家のお嫁さんになったからにはノブさんに合わせて色々覚えなきゃ。




我ながら美味しそうにできたパスタとサラダをテーブルに並べて

まだ寝室から出てこないノブさんを呼びに行った。


「あれ?のぶさん・・・どこ?」


ベッドにいるとばかり思ってたノブさんがいなくなってる。

トイレかな?そう思ってしばらく待ってたけどなかなか来なくて

半開きになっていた残りのもうひとつの部屋のドアを覗いてみた。

ここは将来、子供部屋にするつもりの部屋で今は何も入ってない。



「ノブさん?何してるの?」

「・・・ちょっと待って」

「あれ?電話中だった?ごめんなさい」

「香織、仕事の電話入ったから先に食ってろ。すぐ行くし」

「はい、待ってるね」



ドアをそっと閉めてキッチンに戻り、ノブさんが来るのを待った。

たった何日か休むだけでも仕事が大変なんだなぁなんて考えてたらノブさんがやってきて

少し冷めてしまったパスタを見て、旨そうだなって言った。



「ねぇ、仕事 大丈夫なの?」

「うん 急ぎの仕事は済ませてあるから。後は帰ってからでいい 」

「それなら いいけど・・・・・」

「そんな事 香織が気にしなくていい。それより早く食おう。腹減った。

ほうれん草が 俺を睨んでることだしな。はやいとこ成敗せねば 」


それでも美味しそうに頬張るノブさんは 何でも旨いよって言ってくれる。

きっとそう言ってくれるって分かってるんだけど それでも必ず聞いてしまう。


「美味しい?」

「うん 旨いよ 」


それだけで幸せな気持ちが何倍にもなってしまう。


ノブさんは 私を幸せにする天才だなって。



明日からの旅行は きっと楽しい時間が過ごせそう。


そんな素敵な予感を感じてた。





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