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リュナの王国  作者: イヲ
第二章・爾後の嵐
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 怯えるヤナに案内された客人用の部屋は、ベッドが一つ、スツールと机がひとつずつと、トイレが別にあった。

 かなり広く、立派な部屋だ。

 客人用の部屋というよりは、要人部屋のようだった。

 ただ、窓だけはなかった。

 それは意図されているものだと理解する。

 わずかな、悪意を感じた。

 ここから出ることはまかりならないと。

 隠し事などできないと。

 少なくとも、この家のなかでは。


 イリスはベッドの上に座り、腰に下げた剣を壁にたてかけた。

 すぐに手に取れる場所が一番安心する。


 そして、すぐにベッドの上に横になり、目を閉じた。

 眠るためにベッドに横になるなんて、久しぶりだった。

 任務以外だと、大体がけがをして動けなくなった時だ。

 流石に任務がないときにはベッドで寝るが。


 やがて、ぼんやりとした眠気がイリスを襲った。

 かたちもなく、影のようなもの。

 不気味さを隠しきれないもの。

 イリスにとって、眠気とはそういったものだった。


 どれほど眠っていたのだろう。

 奇妙な閉塞感で目を開ける。

 目を無理やり開けるのは得意だ。そして、壁に立てかけてあった剣の柄を掴む。

 

「誰だ」


 夜目がきくとはいっても、数秒かかった。


「……おまえは」


 セヴェリ・ルカ・エクロス。

 少年よりも年齢が上で、青年というよりは下の、その体は汽車のなかで見た夢と似ていた。


「何をしている」

「………」

「夜襲でもするつもりだったか? それとも、おまえの依頼はシグリの男を殺すことだったか」

「ちがう」


 ルカは暗闇のなか、かぶりを振った。

 ただ、居心地が悪そうにしている。


「そうか。もしそう(・・)だったら殺すところだった。何か用でもあるのか」

「……父親が」


 ぼそ、と、床に敷いてあるカーペットをにらみながら、呟く。


「シオンの誰かと、話をしていたのを聞いた……」

「シオンか……。それで? 俺に告発して、どうしろと?」

「殺さないのか? セハカは、シグリの敵なんだろ」

「別に、敵というわけじゃねぇ。邪魔になるなら、殺すだけだ。……おまえと、セハカ殿の間には、何かあるみたいだな。夕方、言っていただろう」


 お前のことを知らなすぎた。と。


 ルカの表情がわずかに凍る。

 

「――まあ、俺には関係ないが。ただ、依頼の邪魔になるなら――分かってるな」

「……ほしい」

「あ?」

「殺して、ほしい」


 セハカの実の息子であるルカが、父親を殺してほしい、という。

 だが、イリスは確信はしていなかったが、分かっていた。

 ルカとセハカは、何らかの因縁がある。

 一方的にルカだけが嫌っている、というわけでもなさそうだった。


 一生分の勇気を使い果たしたように、ルカは大きく息を吐いた。


「それはなかなか、物騒な話だな」

「……おれは……」

「理由がどうあれ、エクロス大陸の族長を殺すとなれば、女王の許可が必要だ。無論、精査に時間もかかるし、部隊長の許可もいる」

「今でなくていい。エクロス大陸(ここ)の、裏の歴史をたどれば、殺すにふさわしい、理由がある」

「――おまえも殺されるかもしれない、ということを頭に入れておけ。(おさ)を殺すということはそういうことだ」

「……分かった」


 ルカはかたくうなずき、そのまま背を向けた。


「ルカ」

「なんだ」

「おまえ、セハカ殿に……虐待されていたか」

「……!」

「図星か」


 ルカとセハカが一緒にいるとき、ルカは一回もセハカと目を合わせなかった。

 それは、恐怖を示していた。


「勘違いするな。……おれは私情で、殺してほしいといっているわけじゃない」


 イリスは、かすかに驚いた。

 自分のために殺してほしいという人間は、多い。

 それこそ、シグリではなくシオンに依頼するまでに。

 だが、ルカはちがう、とはっきりと分かった。

 そうでなければ、シグリに依頼するはずもなく、自分の命の危険にさらすはずもない。


「おまえのように強い殺意があったとしても、殺すのは俺だ。いいな、どれだけおまえが恨み、憎んでいてもだ」

「――分かっている」


 それは、まるで諦めているかのような声色。

 ほんのわずかな出来心だった。

 ルカの手首を握った。


「なにを……」


 手首をひねるようにして逃げようとするルカを、イリスは強い力で引きとめた。

 わずかに顔が痛みにゆがむ。


「傷がある。セハカ殿にやられたか」

「……夜目がきくんだな。シグリは」


 イリスの目には、はっきりとルカの腕に蚯蚓腫れのような赤く腫れあがった線が、肘まで続いていた。

 おそらくだが、鋭く細い鞭かなにかでぶたれたのだろう。


「そう教育されている」

「……放せ」


 イリスはそれ以上、触れなかった。

 腕だけではなく、体中腫れているはずだった。

 「夜目がきく」という皮肉ったことばを、軽くいなされたルカは、顔をひずめたままドアノブを引く。


「………」


 なにかを言いたげにくちびるを開けたが、とうとう言葉を発することなく、扉を閉じた。

 

 残されたイリスは再びおとずれた、静寂に目を閉じる。

 剣の柄を握り、壁にたてかけた。

 そして、そのままベッドに横になる。毛布はかけない。何かあったとき、動きが鈍くなるからだ。

 もっとも、寒いせいであまり変わらないかもしれないが。


 ――夢は見なかった。

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