表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リュナの王国  作者: イヲ
第二章・爾後の嵐
8/49

「おれは、別にかまわない」

「死ぬのが怖くないのか」

「………」


 ルカのその言葉は、たしかに真摯なものであったし、嘘はついていないようだった。

 そしてこの沈黙は恐ろしい、という意味だろう。


「死ぬのが怖くないと豪語出来る奴は信用ならない。そういう奴に限って、死ねと言われて死ねない奴だからな」

「あんたは死ぬのが怖いのか」

「そりゃそうだろ。死んだら終わりだし意味もない」

「……殺すのに、殺されるのが怖いのか? 変なやつだな」

「殺されるのは、そいつが俺より弱いからだ」


 イリスは、迷いなどない。人の命を奪うことに。

 弱肉強食といえば聞こえはいいが、そういったところで過ごしたせいもあるだろう。

 もとより、そう去勢(・・)された。

 武器を持たぬ人間も殺した。女も、子どもも、みな殺してきた。

 この国にいらぬといわれれば、イリスにとってはみな平等だった。


「だが、俺よりも強い奴が俺を殺すのなら、それは仕方のないことだ。俺が弱かった。ただそれだけのことだからな」

「……あの」


 おそるおそる、といったふうで、ヤナが台所のある部屋から顔を出した。

 話を聞いていたのだろう、ヤナの目には、恐怖がありありと浮かんでいた。


「お夕食を、作りしました。いかがなさいますか」

「――もう、そんな時間か」

「はい。ルカ様。もしよろしければ、こちらにお持ちいたしますが」


 イリスのほうは全く見ずに、ヤナは囁いた。


「いい。そこに置いておいてくれ」

「かしこまりました」


 彼女はこうべを垂れると、すぐさま廊下の奥へ小走りで消えていった。


「ヤナは、あんたのことが恐ろしいらしい」

「慣れている。別に好かれようなんて思ってねぇからな」

「……夕食が冷める。こっちだ」


 ルカは立ち上がり、食事が置いてある部屋へ案内をした。

 リビングルームであった、今までいた大きな部屋とは違い、若干小さい部屋だった。

 ただ、本当にここは食べるためだけの部屋で、食器棚や、食事を作る道具や場所の一切はここにはない。


 木の木目が目立つテーブルには、冬ジカの肉を焼いたもの、わずかばかりの葉野菜のサラダ、鶏肉のハム。

 コンソメの、具が入っていないスープ。硬そうなパン。


「随分、豪勢だな」

「葉野菜は貴重だ」


 ぼそりと呟くルカに倣い、椅子に座る。

 味は、見た目よりも濃かった。濃厚なソースがかかっている肉は、イルマタルではあまり見かけないし、ほかの場所でも食べたことがない。

 

「最近干し肉ばかりだったからな。野菜は助かる」

「シグリは、稼げないのか」


 ルカは、ひどく不思議そうに問うた。


「いや、そういうわけじゃない。給料はそれなりに貰っている。暇がなかっただけだ。それに、今どきの干し肉は味も種類があるからな。飽きることはあまりない」

「栄養は偏らないのか? 肉ばかり食って。首都には野菜なんてたくさんあるんだろ」

「なんだ、体の心配してくれんのか」

「別にそんなんじゃない」


 ふいと顔をそらしたルカは、硬いパンをかじった。

 ぼそりとした触感のそれは、よく噛まなければ飲み込めないが、それが目的に作られているのだろう。

 結果的に、腹が膨れるからだ。

 冬ジカや熊とて、そう簡単に狩れるわけではない。


「いつ出る」

「できるだけ早い方がいい。だが、まず目的地を決めなけりゃどうすることもできねぇ。あいにく、俺はこの辺りに詳しくはない。おまえに任せる」

「分かった。おれがあの男を最初に見た場所に行く。ここの、さらに北に行ったところだ。ただ、行くには犬は連れていけない。道が悪すぎる」

「そうか。分かった」


 夕餉をすべて平らげたあと、風呂に入れ、といい、ルカは自室へ戻って行った。

 この家の間取りをざっと見る。

 家には、階段がない。

 長屋のような造りだ。首都に近い、あまり裕福ではない村も、こういった家の造りをしていた。

 ただ、広さはこの家のほうが断然広く、横に相当長いが、縦もかなりの広さがある。

 屋根は三角形の形をしていて、雪が降っても屋根に積もりにくくなっているようだ。


 イリスは屋根を見上げてから、ルカから聞いた風呂場がある廊下へ出る。

 廊下はただ長く、壁は白い。思いだしたかのように扉があった。

 いつものくせで、足音をたてずに歩いていることに気づき、失笑する。

 職業病だな、と。


 風呂場へ続く扉は、薄い茶色をしていた。

 ドアノブを引くと、脱衣所があり、さらにその先に引き戸の扉がある。


 ゆっくりと風呂に入れることなど、かなり久しぶりのような気がした。




 ルカは、自室にこもって部屋の隅に座っていた。

 こぶしが、珍しくふるえていた。

 イリスが恐ろしかった。

 容赦ない殺意を、人間にむけることの、恐怖。

 だが――だが、ルカとて。

 何頭もの動物を、食べるために殺してきた。

 それと、何の変わりがあるのだろう。

 人間と動物。どちらも生きている。

 その命を絶つ。

 それに何の違いが、あるのだろう――。


 頭では分かっている。

 だが、心では追いつかない。

 

 膝を折り曲げて、頭を膝につける。

 そして、思いだす。


 あの男のことを。


 あの男は、イリスとよく似ていた。

 影のような、霧のような、気配だった。

 ただただ、不気味だった。

 この目と、髪の色をもって生まれたことを、これほど呪ったことはない。

 あの男をみた日、眠れなかった。

 あまりにも不気味で、恐ろしかった。

 肌が粟立って、ただ、立っていることしかできなかった。

 顔も見られなかった。

 だが、一目見ればわかる。あんな「悪」で塗り固められた人間は、今まで見たことがなかったからだ。



 死に神の目も、時には役立つ。


 そう言った父の目も恐ろしかったが、だが。それ以上に――。


「イリス……あの男は……一体」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ