表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リュナの王国  作者: イヲ
第二章・爾後の嵐
7/49


「おまえがセヴェリ・ルカ・エクロスで間違いないな?」

「………」


 返事はない。

 赤い目は、敵意をむけるようにイリスを見上げている。


「返事がないということは、それであっているということだ。俺はそう捉える。問題はないな」

「ああ、これが、私の息子だ。極度の人見知りでね。ルカ。こちらがシグリのイリス殿だ。分かるな?」


 セヴェリ・ルカ・エクロス。

 彼は、黒い髪の毛に細い紫色の布を巻き、冬ジカの皮を肩にかけ、その下にセハカと同じような綿の白い長そでを着込んでいる。

 腰で縛っているのは、父親のセハカとおなじ布ではなく、皮のようだった。


「女王からおまえに会うように言付かってきたんだが。用事があるんだろ。だからシグリが動いた」

「ああそうだ」


 ここにきて初めて、ルカは口を開いた。

 だが、赤い目は未だ敵意をむき出しにしてイリスをにらんでいる。


「おれが、あんたを呼んだ。シグリの、あんたを」

「そうか。で、用件はなんだ。こっちは休日返上でイルマタルから来たんだ。手短に頼むぜ」


 家の中には、セハカとルカ、そしてイリスしかいない。

 そのとき、暖炉の音以外、音を発するものはなかった。


「ある男を殺してほしい」

「……へえ、これはまた、シンプルでいい話だ。女王からは候補がいる、としか聞いていなかったからな。誰だ? 誰を殺せばいい」

「名前は知らない。おれがこの目で見ただけだ。その男は、この国を殺そうとしている。知っているのは、それだけだ」

「………」

 

 この国――カレヴァ王国を殺す。

 死神の目で見るという善悪を見極める力は、夢物語ではない。

 ここにきて、イリスは初めて気を引き締めた。


「それだけじゃ、足りねぇな。名前が分からなければ、俺も動くことはできない。必然的におまえも、男を探すために手を貸すことになるが、それでもいいのか?」

「……かまわない」

「ルカ、お前……」

「族長の息子が人殺しに加担するのが嫌なら、勘当でもなんでもすればいい。おれはひとりでも生きていける」


 セハカは、いいや、とかぶりを振った。

 そのしぐさに、ルカはすこし、驚いたようだった。


「私はお前のことを知らな過ぎた。そんな私に、勘当しろなどと言う資格はない」


 イリスはこの奇妙な親子関係に興味はないが、ルカの言う「この国を殺す」男に興味がわいた。

 平和な国を、どうやって殺すのか。大勢の人が死に、大勢の人が苦しむ。そんなことが本当に可能なのか、と。

 

「……イリス殿。長旅で疲れただろう。部屋は用意してある。出立まで、ここで過ごすといい」

「どうも」

「私は書斎にいる。何かあれば声をかけてほしい。ヤナ。ヤナはいるか」

「はい、旦那様」


 ヤナ、と呼ばれた女は、隣の部屋からそっと出てきた。

 イリスと同じくらいの年の女だろう、上品そうな彼女は、イリスを見るとあわてて頭をたれた。


「私は旦那様とルカ様のお世話をさせて頂いています、ヤナと申します。お食事のご希望がございましたらなんなりと」


 そういうと、彼女はまた別の部屋に入って行った。


「家事はすべてヤナに任せてある。何かあれば言ってくれ」


 イリスが頷くのを見届けると、疲れた顔をしたセハカは書斎へこもったようだった。

 

 沈黙が流れる。


「……イリス、っていったか」

「ああ」

「よく、こんな無茶な依頼をうけたな」

「仕事だからな。これでも」


 ルカはそれでも納得いかないのか、じっとイリスを見つめている。


「不気味じゃないのか? 俺のことが」

不気味だと(・・・・・)思うのなら、それはおまえのせいだ。俺はそうは思わない。そういう感情は俺にはないからな」

「――シグリは」


 ルカは未だ部屋の隅に座り、イリスのことを警戒しているようだった。

 だが、先ほどのような敵意はすこし、和らいだようだ。


「シグリは、あんたみたいな奴ばっかなのか?」

「俺みたいなやつ? さあな。シグリの連中と顔合わせることなんてないから分からねぇな」

「……そうか」

「で、女王とどこで知り合った?」


 イリスはルカと距離を取りながら、腰に下げていた剣の柄に触れた。

 ルカはそれをじっと見つめながら、緊張した面持ちでくちびるを開く。


「……それは……」

「言えねぇか。まあ、別に構わないが。俺には関係ないことだ。任務に支障がなければそれでいい」


 この男はどこか、違うと思った。

 ルカが、他の人間に何かしらの感情を持ったのは、久しぶりだった。


「これだけは言っておく。セヴェリ・ルカ・エクロス。おまえが依頼者だとしても、それが任務と認めたのは女王だ。おまえじゃない。おまえは、ただの協力者にすぎないし、対象を殺すのは、俺だ」

「……おれも殺せる」

「いや」


 ルカの、弓の腕は確かだ。

 それは自負できる、唯一のものごとだった。

 イリスもそれは知っている。

 弓で獲物を狩ることは、エクロスの民であれば当然のことだ。

 それに、弓を扱って長いことも分かった。部屋の隅に、弓がかけられている。それは使い古され、それでもよく手入れされていた。それを見れば、誰でもその腕はたしかなものだと、分かるだろう。


「おまえは殺せないし、俺が殺させない。カレヴァ王国は、平和な国だ」


 平和な国。

 それは、イリスにとって滑稽なものだった。


「エクロス大陸の族長の息子が人を殺したと女王に知られれば、俺がおまえを殺すことになる」

「………」


 ルカは、真っ赤な目をきつくつむり、細い声で「おれは」と呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ