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リュナの王国  作者: イヲ
第二章・爾後の嵐
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 男は、警邏を両手に侍り、まっすぐにイリスを見つめていた。

 口のなかの干し肉を何とかして飲み込むと、その男のそばへ歩く。

 

 警邏は、腰に弓筒を下げていた。

 男も、またおなじように。

 その男は、冬ジカの皮を筒のように切り取り、腰布で縛り、その下に黒い長そでを着ているだけの簡素な服を着ているが、イリスが気づいたのはその目だった。

 険しい目をしている。

 値踏みをしているとか、そういったものではない。

 ただ、的確に(・・・)イリスを見据えている。


「イリス殿とお見受けする」


 いくばくか、男がイリスを見ると、ようやく口を開けた。

 しわがれた声をしているところを見ると、あまり見えないが、年をそれなりに重ねているのかもしれない。


「……私は、エクロスの民の族長。セハカ・ナル・エクロス。女王陛下からお聞きになっていると思うが、私の息子に会ってほしいのだ」

「了解した」


 イリスは言葉短く頷いた。

 警邏二人を連れだって、セハカ・ナル・エクロスはイリスに背を向けた。

 無用な言葉はいらない、とでもいうかのように。

 イリスはそのほうがありがたかった。

 シグリであるイリスに、根掘り葉掘り口を開くことは、あまりよくない。

 聡明な族長で助かった。


 駅から出ると、そこはただ真っ白な世界が広がっているだけだった。

 ただ、雪と風はもうやみ、耳が痛くなるような静寂があるだけだった。


「イリス殿。ここから住まいまでは1時間ほどかかる。犬橇(いぬぞり)を用意させた。こちらへ」


 セハカは手招きをし、駅のそばにいた20頭はいるであろう、たくさんの犬が止めてある場所へ案内した。

 犬たちは、みな毛が長く黒く、緑色の目をしていた。爪はすこし長く、雪の上を駆けるに便利そうだった。

 犬の前足にはロープがかけられ、後ろには大人5人は容易に座れるだろう、(そり)に繋がっている。


「乗ってくれ。心配せずとも、この犬たちは私たちのいつもの足だ。慣れている」

「ああ」


 黒い色の橇にのると、警邏のうちの一人が先頭に座り、ロープを引っ張った。

 犬はそれが合図だと分かっているのか、ざっと雪を前足で掻いて、走りだす。

 冷たい風がイリスの頬を打つ。

 黒い犬が懸命に走っているのを、イリスはぼんやりと眺めた。

 寒さには、もう慣れた。


「イリス殿。耳に入れておきたいことが」

「なんだ?」

「私の息子、ルカについてだ」

「なにか問題でも」

「ああ。息子は、死神の目をしている、赤目の子どもだ。息子はそれを嫌がっている。外見をあまりとやかく言わぬようにしてほしい」


 黒髪に赤目。

 それは天の御使いと反し、死神の目と言われている。

 人びとの魂を、地獄に引き落とす存在だ、と。


「あいにく、俺はそういったものに疎くてね」

「それはよかった」

「あんたの息子は、どんな人間なんだ? 女王には、会ってほしい、とだけ告げられている。詳しいことは、候補がいる、としか聞いていない」


 セハカの目が難しい書物を読むかのように、すぼまった。

 しわのある手が、ぐっと握ったのを、イリスは見逃さなかった。


「あれは、たしかに、そうだ。死に神(・・・)だ……」

「死神、ね……。死神なら、シグリに五万といるぜ」

「そういったものじゃない。人の命をどうとか、そういったものじゃないんだ。ルカは。人の、善悪を見定める目をもっている。それだけだ」

「なるほど。そりゃ厄介だな」


 「厄介だな」という言葉は本心ではないのだと、セハカは知った。

 シグリの部隊を知っているからこそだ。

 大切なものを持たない。

 それが第一だった。

 そして、他人に情をうつさないことも。

 徹底して、それは行われてきた。


 無意識だろうが、イリスが鍔のない剣の柄をさするように触れるたび、セハカはぞっとする。

 その剣で、何人の命を絶ってきたのだろう、と。


「恐ろしいか?」

「恐ろしいなどと」

「シグリは、そんな人間の集まりだ。俺はもう、慣れたがな。シグリを知る他の人間にとって恐怖であればいい」

「……そうかもしれぬ」


 犬が駆けて、1時間ほどたっただろうか。

 ぽつりぽつりと家が建っているのが見えた。

 赤茶の、丈夫なつくりの家だ。庭に、冬ジカが開かれてつるされている。乾燥させているのだろう。


 それから数分後、他の家々とおなじようなつくりで大きさの家につくと、犬たちはゆっくりと走るのをやめた。

 ここが、エクロスの民の、族長であるセハカの家だった。


「こちらです。足元に気をつけて」

「どうも」


 ひとりの警邏が心のこもっていない言葉を軽くいなして、黒革のブーツを地につける。

 雪が積もっているからか、滑りはしないが、だいぶ雪は深かった。


「私も忙しい身でね。雪の処理はあれに任せているのだが、しばらく外には出ていないらしい」


 セハカはため息をつくと、警邏に手のひらを向ける。

 二人の警邏は彼に頭をさげると、犬橇に再び乗り込んで、どこかへと駆けて行った。


 家の扉までは、階段がある。そこにもすこしの雪が積もっている。屋根が突き出ているため、それほど積もらないつくりのようだ。


 セハカは扉の取っ手に手をかけて、引く。


「ルカ、戻ったぞ」


 しわがれた声に、返事をするものはない。

 再びため息をつき、イリスに靴を脱いで上がれ、と手でさし示した。

 イリスはそのとおりに、膝までのブーツの紐をほどき、脱ぐ。

 家の中は思った以上にあたたかかった。


「………」


 イリスは、ふいに奇妙な感覚におちいった。

 部屋の隅に、まるで警戒する動物のような、少年とも、青年ともつかない年齢の男がいた。

 

 その眼は夢と同じ、そして死に神の象徴である赤目をしていた。

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